日本人はヤクザがお好き!? 山口組の知られざるブランド戦略

「ありのままで」生きたいと思っているのは、世の女性たちばかりではない。じつは、社会の鼻つまみ者である暴力団員(ヤクザ)だって「ありのままで」生きたいと願っている。 彼らは、何のために暴力をふるい、何のために勢力拡大を目指すのだろうか? ヤクザたちは自分らしくあり続けるために、これまで血で血を洗う抗争を繰り返してきた。ありのままに生きられるならば15年の実刑だって怖くない。風よ吹け。真冬の独房なんて少しも寒くない、というわけだ。レリゴーレリゴー。 ヤクザの歴史 江戸時代には、おおきく分けて2種類のヤクザがいた。ギャンブルを稼業とする博徒と、縁日などの興行を取り仕切るテキ屋(香具師)だ。そのあと明治~昭和初期にかけて、炭鉱や港湾などではたらく肉体労働者たちが形成した『組』も、一種のアウトロー集団として認識されていた。 日本最大の反社会的勢力である『山口組』。はじめは、神戸市にあつまった気の荒い港湾労働者たちの組合にすぎなかった。それがなぜ、年商8兆円の経済規模と全国3万人の構成員を擁する一大勢力になりえたのか?暴力や恫喝だけで、到底成しとげられることではない。巧みな組織運営術が存在するのだ。 山口組が日本一の組織になれた理由 ひとつは、暴力と経営の分離に成功したこと。もうひとつは、巧みなブランドイメージ戦略だ。 『ヤクザに学ぶ組織論』(山平重樹・著)によれば、山口組が大躍進をとげることができたのは、3代目組長の田岡一雄によるところが大きいという。 組長就任後の田岡が行動方針として挙げたのは、意外にも「合法事業の経営促進」だった。 当時の山口組は、事業を持つ(事業家集団)と持たぬもの(武闘軍団)とをはっきり区別する、二派路線を敷いていた。事業化集団には直轄の若い衆を持つことを禁じて、事業に専念させるという徹し方だった。この両者の見事なまでの連帯が、山口組躍進の原動力となったのである。 (『ヤクザに学ぶ組織論』から抜粋) このように、経営を担当する企業舎弟を通じて得た莫大な資金力を背景にして、旧来のヤクザ(博徒・テキ屋)を圧倒することで勢力を拡大していったという経緯がある。 巷にあふれるヤクザコンテンツ なぜ、ヤクザは日本社会に存在し続けるのか? この問いの答えは、ひとつしかない。ヤクザが、市民から少なくない支持を得ているからだ。つまり人気がある。 ヤクザは人気者。おかしな主張に思えるかもしれない。だが、日本社会をよく観察してみればおのずとわかることだ。 たとえば、レンタルビデオ店には必ずといってよいほど『極道・任侠』コーナーが用意されている。国民的俳優である高倉健や菅原文太の代表作を思い浮かべてみれば、ヤクザ作品の国民的支持率は明らかだ。さらにいえば、身をもって大衆が好むものを知り尽くしている「お笑いスター 兼 映画監督」がもっとも得意とするジャンルを思い出していただきたい。 反社会的勢力であるはずのヤクザを題材にした漫画の大ヒット作品も存在する。『静かなるドン』(4400万部)、『代紋TAKE2』(2400万部)、『本気シリーズ』(3000万部)など。新聞やテレビにおいても、暴力団の抗争事件はかならず報道される。ゴシップ週刊誌ならば、暴力団員たちの関係図や内情取材記事は欠かせない。 先に紹介した『ヤクザに学ぶ組織論』によれば、山口組をはじめとした実際の暴力団が勢力拡大のためにマスコミを利用してきた節があるという。ヤクザフィクションの普及状況を踏まえれば、はからずもマスコミやその受け手であるわたしたちが暴力団のブランドイメージ戦略に寄与してきたことになる。 暴力団にまつわる報道やフィクション作品にあこがれて若い女性やヤクザ志望の若者が組事務所を訪ねてきた、なんていう実話もあるらしく、あながちデタラメではないのだろう。 くやしいけれど、悪い男がモテるのは昔からよく耳にする話だ。

「合成着色料」よりも「天然着色料」のほうが、実は怖い!?

「食品添加物」「合成着色料」が入っていると聞けば、誰もが「食べたくない」「体に悪い」と思うだろう。書店に行けば「発がん性がある」「食べてはいけない!」と、危険性を煽る書籍も並び、食品添加物は人体にとって“悪者以外の何ものでもない”という考えは、もはや常識に。もちろん、私自身も子どものころから「添加物の入った食べ物は、ダメ!」と言われ続けてきたし、ずっとそう思ってきた。しかしながら、そんな常識をガラリと覆されてしまったのだ、この本に。   否応が無しに悪者にされている食品添加物だが、“危険、危険”と言われ続けるにも関わらず、消えることがないのはなぜだろう。そして、得体が分からない化学的な名前ゆえに不気味だが、その正体と効果を知れば実はそれほど恐ろしいものでもないし、存在し続ける理由も納得なのだ。 防腐剤を使わないほうが、よっぽど危険 確かに、食品添加物の中には大量に摂取をすれば体に害を及ぼすものもあるという。では、なぜ使用するのか。それにはやむを得ない理由があるからだ。例えば、ハムやソーセージの類は加工時にボツリヌス菌という細菌が入り込む危険性がある。万一この菌が混入してしまい中毒が起これば、かなりの確率で人を死に至らしてしまうのだ。現在、ハムやソーセージには、保存料としてよく使われる「亜硝酸ナトリウム」が1㎏あたり最大70㎎使われているが、その量はハムやソーセージを生涯毎日食べ続けても体を蝕む量ではない。本書によると食品添加物の安全基準はかなり厳しく、たとえ基準値の100倍を摂取しても、体に影響が出るとは到底考えられないレベルで安全域を設定しているのだという。つまりボツリヌス菌による食中毒のほうがよっぽど致死性が高く、比にならないほどに恐ろしい。もし、食品保存料がなければ、私たちがハムやソーセージを食べることはなかっただろう。 化学調味料は、アミノ酸サプリメント!? 食品ラベルに「防腐剤」「pH調整剤」などと書かれていれば、言葉だけでなんだか怖い印象を受けてしまう。化学調味料(※現在は「うま味調味料」という言い方を推奨)もまた、なんだか得体の知れない粉に思えるが、その正体は実はアミノ酸だ。同じアミノ酸を使った食品でも「アミノ酸サプリメント」と聞けば、たちまち健康に良い食品になってしまうから不思議。このように、名称に惑わされていることも多いのだ。 「天然着色料」のほうが、実は怖い!? 「人工的なものは有害だけど、天然なら無害」と思っている人は少なくない。しかし、「そんな考えは真っ先に捨ててほしい」と著者は言う。実は、過去に問題があったのは天然のほうが多いのだとか。理由はアレルゲンとなる物質が除去しきれなかったり、農薬が混入してしまうリスクがあるから。例えば、以前、ハムやソーセージに使われていたアカネ色素という天然色素は「安全性に問題があり」ということで、現在は使用禁止になっている(※禁止になったとはいえ、実際に人体に被害がでたわけではない)。食べ物だけでなく、私たちは「天然は安心」「植物由来は安全」と認識する傾向にある。その先入観が、真実を見落としてしまう可能性があることも覚えておきたい。 悪者ではないが、決して正義でもない 著者によると、食品に使われている添加物そのものが体を蝕む可能性はまず、ない。しかしながら、危険が潜んでいない、というわけではない。もちろん、尋常でない量を摂取すれば体に害を及ぼす可能性があるのは当然だ。そして、万能な保存料のおかげで安全で美味しい食品が手軽に手に入るようなったり、化学調味料をひとふりするだけで、栄養がさほどない食品が抜群に美味しく食べられるようになったことで、低栄養やカロリー過多な食生活を手助けしてしまっていることも否定できない。その結果が肥満を招き、大病を発症させてしまうこともあるのだ。 本書は食品添加物などを非難するわけでもなければ、推奨するわけでもない。「食」に関する正しい知識を分かりやすく教えてくれる。真実を知ったうえで、食べるか、食べないかを判断するのはもちろん自分次第だが、「添加物は絶対口にしない!」と神経質になっている人や「少々高いが、健康のためには仕方ない」とストレスを感じながら無添加食品を選んでいる人には、ぜひ一度読んでもらいた一冊だ。

同窓会でのOK行動とNG行動

数年ぶり、数十年ぶりに旧友や恩師と再会する場「同窓会」。旧交を温めるとっておきの機会ですが、その一方で、懐かしい顔ぶれについつい気分が上がってお酒が進み、口も滑り、気づいたら相手のプライベートに土足で入っていた…、なんていうヘマをしがちな場所でもあります。 そんな失敗をせずに「同窓会」で楽しいひとときを過ごすための、ちょっとしたテクニックを『使える!うまくいく!おつきあい・気くばり マナーの便利帖』の中から見ていきましょう。 久しぶりの旧友との会話 お互いにあいさつしてから、軽く近況報告し合います。このとき、仕事の内容、おおまかな住所、今も交流のある旧友の名前などを聞きます。会社名、役職、年収などをいきなり聞くのはNG。既婚かどうかを確かめたいときも、いきなり聞かず、その後の話の流れから判断します。 ○近況報告のネタ(OK)・仕事の内容・おおまかな住所・交流のある旧友 ×近況報告のネタ(NG)・会社名・役職・年収・未婚か既婚か (『使える!うまくいく!おつきあい・気くばり マナーの便利帖』から引用) 常に交流がある友人ならともかく、久しぶりに会っていきなり具体的な質問をぶつけ、相手の今を聞き出すのは避けた方が良いようです。特に「結婚」に関しては「別居中」「離婚」といった、人によっては聞かれたくない状況の可能性もあるので、近況報告は慎重にしたいものです。 同窓会のOK行動とNG行動 話す相手が男性か女性かによって、許容される言動が異なるようです。特に、男性が女性に対して悪気なく言ってしまいがちなセリフも挙げられていますので、男性は要チェックですよ! OK行動・外見について軽口(男性へ)遠慮のないもの言いができるのも同級生ならでは。男性に対しては「貫禄がついたね」「髪がさびしくなったね」程度の軽口はOKです。 ・連絡先を聞くじっくり話したい相手がいるときは「連絡先を聞いてもいい?」と尋ねます。相談したいときは場を改めましょう。 NG行動・外見について軽口(女性へ)もし事実なら「変わらないね」と声がけするのはOK。ただし、それ以外のことで女性の外見についてふれるのはNGです。「太ったね」「ふけたね」はもちろん論外。「キレイになったね」も皮肉と受け取られることがあるので避けたほうがぶなんです。 ・グチや悩みを聞いてもらう悩んでいることを聞いてもらいたいときは、場を改めること。ネガティブな話や重い話を続けると場の雰囲気を壊します。 (『使える!うまくいく!おつきあい・気くばり マナーの便利帖』から引用) 重い話をしている当人同士は気づかなくても、周囲の人が偶然聞いていた…ということもあるので、発言には気をつけるべきだと著者は指摘しています。 この他にも『使える!うまくいく!おつきあい・気くばり マナーの便利帖』には会社の上司や同僚、ご近所や親戚づきあいなど、あらゆる場でのおつきあいのテクニックが満載です。「気づかないうちに“NG行動”をして相手を不快にさせていた!」とならないためにも、ぜひチェックしておきたい一冊です。

70年代オカルトブームを語るための3つのキーワード

「1999年7の月。空から恐怖の大王が降って来る」 筆者が小学校高学年だった1973年、『ノストラダムスの大予言』という本が出版された。冒頭の一節は、この本のキラーフレーズだ。「きっと結婚していて、子どももいて、会社では主任か係長くらいで、恐怖の大王が降ってきて死んじゃうんだな」なんて漠然と感じたことを覚えている。   ノストラダムスの予言の爆発力 『ノストラダムスの大予言』は瞬く間にベストセラーとなり、発売後3カ月に公称100万部を突破した。当時は文字通り朝から晩まで、どんな情報番組においても取り上げられ、ごく普通の小学生の脳裏にも〝アンゴルモアの大王〟とか〝逃げよ、逃げよ。すべてのジュネーブから〟といったフレーズが刷り込まれてしまった。 筆者が通っていた小学校では『ノストラダムスの大予言』を読み込んでおくとちょっとカッコいい、みたいな空気が生まれ、特に男子は競ってそういう空気に乗っかろうとしていた。 スプーン曲げの怪人ユリ・ゲラー その翌年。日本におけるスペシャル番組のフォーマットを作ったと言っても過言ではない人物が現れた。その名はユリ・ゲラー。1974年3月に放送された『木曜スペシャル』で披露した〝フォーク曲げ〟が一大センセーションを巻き起こし、あっという間に日本中で知られることになった。 ゲラー氏と言えばスプーン曲げが代名詞となっているが、日本のテレビに初めて出た時はフォークの1本1本の歯を(横から見た時)扇のように広げる形にしたのを覚えている。その後道具がスプーンに変わり、テレビでも講演でも曲げるだけではなく、ねじりや切断といった新技が盛り込まれるようになった。 2014年8月に来日した時には、トークショーのステージ上で、観客が自宅から持ってきたスプーンを指の腹で撫でるだけで切断して見せた。さらには、市販のラディッシュの種を手のひらに出して、ぐっと握っていくつかを発芽させるという現象も披露してくれた。 オリバー君を知ってますか? ユリ・ゲラーの日本デビューのおよそ2年半後。林間学校で訪れていた宿泊施設のひと部屋。夕食後の自由時間で見ていたテレビ番組で、信じられない生物が紹介されていた。 その生きものが姿を現したのも、『木曜スペシャル』だ。染色体の数が47(人間の染色体の数は46、チンパンジーは48)の、人間とチンパンジーのクロスブリード(交配種)というショッキングなキャッチフレーズだった。〝ヒューマンジー〝なんていう呼ばれ方をしていたのも覚えている。 その異様な姿を見た中学生の驚きを想像していただきたい。オリバー君はオムツを着けてテレビに出ていたが、これは粗相を恐れてのことではなく、生放送中に人間の女性を見て反応してしまう状況が起きてしまってはまずい、という方向の気遣いだったらしい。ただこの話は、仕掛ける側が意図的に流した都市伝説的なエピソードである可能性が否めない。 イカレた時代を切り取る作業 『ぼくらの昭和オカルト大百科 70年代オカルトブーム再考』(初見健一・著/大空出版・刊)の著者初見健一さんは、ブームと呼ぶにはあまりに長かった1970から80年代にかけての「オカルトな気分」を〝イカレた時代〟と形容する。誰が、どんな風にイカレていたのか。 各メディアのコンテンツの「王道」に、オカルトなネタがデーンとのさばって、大人も子どもも、もっと言えばお年寄りから幼児までが、ごく自然に「お茶の間の娯楽」として享受していたのだ。 『ぼくらの昭和オカルト大百科 70年代オカルトブーム再考』より引用 たしかに、生放送の朝の情報番組の中で、生首を描いた絵の目が開いて大騒ぎになった一件もリアルタイムで体験したし、夏休みになると、お昼のワイドショーでは放送作家新倉イワオ先生の「あなたの知らない世界」という心霊コーナーをやっていた。関西ベースの『2時のワイドショー』という情報番組には、京都の有名な先生が出演するレギュラーの心霊写真鑑定コーナーがあった。 ある意味オカルトは日常だったのだ。 ノストラダムスの予言が与えた本当の意味でのインパクトに関しても、短い言葉で的確な指摘が行われている。 今となっては「ハズレ」でしかなかった「1999」よりも、「1973」は不可思議で、不気味で、重要な数字である。ある意味で、本当の「恐怖の大王」は1973年に舞い降りてきたのかもしれない……。 『ぼくらの昭和オカルト大百科 70年代オカルトブーム再考』より引用 冒頭で記した通り、筆者が初めて自分の死を意識したのは1973年だ。もちろん、ノストラダムスの言葉によってである。死への漠然とした恐怖を小学生に植え付けたという意味では、恐怖の大王は確かにこの年に舞い降りてきていた。 あの頃のざわざわを共有した人たちは、今どんな生き方をしているのだろうか。そんなことにまで思いを馳せてしまうような書き口の文章だ。そして、〝イカレた時代〟をオカルトという側面から切り取ってつぶさに検証していくポップカルチャー論には、学術論文的な香りを感じる。 熱帯夜の午前2時。冷えっ冷えのモヒートのグラスを手に、ベランダに置いた椅子に座って読みたい一冊。

人はなぜ歯医者が苦手なのか? 恐怖を感じる5つの理由

子どもが苦手に感じるものといえば、歯医者だろう。子ども時代の歯医者通いがトラウマになっている人は多いはずだ。そのせいか、大人になってから、虫歯が痛いのになかなか行くことができないという人が、私のまわりに多い。   悪化してから行ったら手遅れに 何を隠そう私もその一人だ。歯医者に行かずに放置をしていたら虫歯が悪化、歯医者に行ったら手遅れと言われて、抜くはめになってしまった。抜くときが痛いうえに、抜いてからはあまりに顔の見た目が悪くなり、絶望的な気持ちになった。もともとよくない見た目が、歯が1本無いせいでさらに悪化してしまったのだ。 あまりにも見栄えが悪いのでインプラントにしたが、なんと1本30万円も治療費がかかってしまった。泣きっ面に蜂とは、まさにこういうことだ。 たいがいの人が、虫歯が悪化してから歯医者に行く。そして、行ったときはもう神経を取ることになっているか、手遅れになっているパターンが多い。定期健診を受けるか、もしくはちょっとでも傷みを感じたら早めに歯医者に行くことは本当に大事である。 歯医者が怖い! 5つの理由 と言っても、多くの人が事前に虫歯予防をすることや、早めに歯医者に行くことが大切ということは、わかっているはずだ。にもかかわらず、みんな行こうとしない。なぜ歯医者が怖いのだろうか。苦手に感じる理由を考えてみた。 口を空けたまま診察する 口の中を診てもらうのだから当たり前なのだが、とはいえ、口をずっと空けた状態で治療を受けるスタイルが苦手という人も多いはずだ。 音が怖い 歯を削るときのキュイイイイイインというドリルの音には、なんともいえない恐怖を感じる。せめてあの音、なんとか聞こえないようにできないものだろうか。 薬品の味がまずい 歯に詰め物をしたり、消毒をするときに使われる薬品が、ほかでは味わったことのないような変な味がする。甘いような苦いような謎の味だ。改善して欲しいと強く願う。 痛いと言っているのに削られる 歯医者さんが「痛いときは手を挙げて知らせてくださいね」と言ったくせに、痛いことを知らせると「もうちょっとだから我慢して」と言われ、無理やり削られる。トラウマになる最大の理由はこれではないだろうか。 詰め物が意外にカンタンにとれる 大変な思いをして詰め物や銀歯を装着したというのに、ひょんなことでとれてしまったり、飲み込んでしまったという人もいるのでは。個人的にはキャラメルを食べたときは詰め物が取れやすいと思うのだが、いかがだろうか。 トラウマになる前に、セカンドオピニオンのすすめ 上記のような辛い思いを我慢して、人は歯医者に通う。しかし、行っても行っても一向に歯の痛みが治まらないという人もいるのではないだろうか。ひょっとすると、それは虫歯以外に原因があるのかもしれない。 『歯医者が怖い。歯の痛みは心の痛み?』(大塚 ひかり・著/平凡社・刊)は口腔心身症(歯科心身症)と向き合った著者の苦闘がまとめられている。ストレスなどが原因で口の中が痛くなる病気だ。しかし、まだ病名が認知されているわけではないため、古い知識しか持たない歯医者だと、さんざん治療費ばかりとられた挙句、全然治らないという地獄を味わうことになってしまう。歯医者がトラウマになり、通常の虫歯まで悪化させてしまうのだ。 歯医者の世界も日々進歩している。通っているのに効果があらわれないようであれば、潔く、セカンドオピニオンをすすめたい。歯が痛いと生活に支障が出るし、笑顔も作りにくくなる。健康な歯は、精神面で充実した生活を送るために欠かせないものなのだ。

白いワンピースの女性が男性にモテる理由

白いワンピースは、男性ウケする最強アイテムだという。 そういえば私がまだ20代独身だった頃、カップリングパーティーに出たことがある。告白タイムになり、その日一度もお話ししていなかった男性から「初めて見た時から心に決めてました!」と告白された。後にも先にもこんな体験はこの時だけだったが、あの日、私は白いワンピースを着ていた。でも、なぜ白ワンピが最強なのだろう?   白が好まれる理由  『ずるいくらい思いのままに恋が叶う』(佐藤律子・著/かんき出版・刊)によると、婚活パーティーの席で、男性にダントツ人気なのは、白いワンピースなのだそうだ。その理由は清潔感と処女性があるところ。清潔感はわかる。雪のように真っ白な服は、眩しいくらいに爽やかだ。処女性については、完全に色のイメージだ。白というとピュアで、清らかなイメージがある。なのでそれを着ている女性も「浮気しなそう」に見えるらしい。 確かに純白のワンピースを着ている女性は、悪いことをするようにはとても見えない。それに白いワンピースはウェディングドレス姿を連想して、男性側もときめくのかもしれない。あくまでもイメージだけれど、第一印象というのは大事なので、白を着ることで有利に事を運べるのであれば、婚活コーデに組み入れたほうがいいだろう。ちなみに白いワンピースでなくても、冬場なら白いコートでも代用できるという。 NGな白もある ただ、白であればなんでもかんでも男性ウケするというわけではない。NGな白もある。それは「白髪」と「白黒の格好」だそうだ。白髪があると実年齢より老けた印象になってしまうので、染めるなどしてから男性の前に出たほうがいい。そして白黒の格好は、女性たちの間では、モノトーンでおしゃれと受け止めがちだけれど、婚活の場にはかっちりしすぎる印象になってしまうのかもしれない、と思ったらそういうことではないという。 男性は、好みではない女性は「白黒(色味がない)」と判断し、恋愛対象に入れず、あまり記憶に残さないのだそうだ。なのでまずは、白黒と判定されないような工夫が必要なのだという。どのような第一印象だと白黒になるかというと、女性とはっきりわからない格好だという。ではどうすれば女性と認定されるかというと、ワンピース、スカート、ハイヒールというような、男性が身につけることができないアイテムがあると、判別されやすいのだとか。 何歳になっても白 著者の佐藤律子さんによると、男性は視覚を重視するため「目がチカチカする生地や模様が複雑な服は、視界から外そうとする」のだという。けれど「目で見て思わず触りたくなるようなてろんとした生地や、ふわふわ・モコモコして柔らかそうな素材は大好き」なのだそうだ。これは見ていて和むからなのかもしれない。 さて若かりし頃に白ワンピで突然の告白をされた私だけれど、アラフィフになった今はどうかというと、ボーイフレンドから「白が絶対似合う!白を着て!」とせがまれている。なので彼の趣味を尊重し、次に会う時白いニットで行ったら、その日はびっくりするほど優しくしてもらえた。もしかすると、何歳になっても、白という色は、男性ウケがいいものなのかもしれない。 けれど、女性側から言わせてもらうと、白はなにかと面倒臭い。透けやすいし汚れやすいし、出かける時に気を使わなくてはならない。それに、ロマンティックなイメージなので、身にまとうのは気恥ずかしい。雑な私は子どもを出産して以来、濃い色の服を愛用し、白は避けてきたのだけれど、男性に優しくされたら私も嬉しい。この春夏は、てろんとした素材の白ワンピでお出かけしてみましょうかね。

天才が出る地域は決まっている!?

インドのマドラスの南方にあるクンバコナムという地域は、天才を3人も輩出している。ノーベル物理学賞のラマンとチャンドラセカール、そしてもうひとりは数学者のラマヌジャンである。このエリアに美しい寺院が点在していることに気づいたのは、数学者の藤原正彦さんで、ベストセラーとなった著書『国家の品格』では「美の存在しない土地に天才は、特に数学の天才は生まれません」と明言している。では、先日ノーベル医学生理学賞を受賞した大村智さんはどのような土地に育ったのだろうか。   日本人受賞者の出身地 日本人のノーベル賞受賞者は現時点で24人だが、その出身地は、大阪・愛知・京都・奈良……と、西日本が並んでいる。東京出身者は2人しかいない。そして24人の出身大学も受賞時の所属大学も、必ずしも東大や京大ではない。これについては地方のほうがゆっくりと研究できるからだ、などと言われたり、自然に囲まれる環境のほうがいいのではとも言われている。そして今回のノーベル受賞者の大村さんは、山梨県韮崎市出身、東京理科大学大学院卒で、北里大学特別栄誉教授である。 筆者も山梨県出身であり、親戚がいるので韮崎市のことは良く知っている。甲府市よりも北西に位置するこの辺りはゆるやかな上りが続き、道の脇には畑が並ぶ。民家の庭先には柿の木があり、のどかな良くある日本の田舎という環境だ。しかし遠くに目をやると、その美しさと厳しさに圧倒される。四方の山々の存在感がすごいのだ。特に冬場はそびえる南アルプスや八ヶ岳が蒼く凍てつき、冷たい風を吹き付けてくる。そして遠くにある富士山が、神々しい輝きを放っている。甲府出身の私は、韮崎に来ると山の力強さにおそろしさすら感じるほどだった。 偉人を育てた景観 「韮崎の景観は世界に類がない」と大村さん自身も発言している。オーナーを務める温泉施設の案内版も、景観を損ねないよう小さめに作り直したという。韮崎の美しさは、山並みだけではない。小高い場所にある家が多いので、田園風景を見おろせるのだ。春になれば山々の背景の前に桜や桃のピンクと菜の花の黄色、夏には木々の緑と空の青のハーモニーを眺められる。四季で変化していく自然を眺めて暮らすことができる、贅沢なエリアなのだ(韮崎市観光協会にも風光明媚な画像が何枚も載っている)。 大村さんが館長を務め、自身のコレクションを展示している韮崎市の大村美術館のホームページには「これまで科学者として、海外での研究生活や旅を続けてまいりましたが、これらの機会は、同時に故郷の風景のすばらしさを再認識する日々だったように思います」と記している。この韮崎の地には、阪急東宝グループ創業者であり宝塚歌劇団を創った小林十三さんも育っている。サッカーの中田英寿さん(高校の3年間を韮崎市で過ごしている)も、世界を見据えた活動をされている。 自然美が教えてくれること 私も甲府市で、毎日富士山を眺めて育った。不思議だったのだけど、富士山は哀しい時には温かく光り、嬉しい時にはきらきらと輝いて見えた。人の感情によって景色の印象は変わるのだということを身をもって学べたと思うし、それは多分、私の小説の中にも生きている。私は今東京に暮らしているけれど、子ども達をしょっちゅう山梨に連れていく。視界に四季が入る暮らしは、禅的な深みを瞬時に味わえるようなものだと思う。この深みが感性の幅を広げるのかもしれない。 『大村智ものがたり 苦しい道こそ楽しい人生』(馬場錬成・著/毎日新聞出版・刊)は大村さんの半生記で、韮崎市の自然の中で育つ姿も描かれている。大村さんは、山々からの厳しい風を受けながらスポーツに励まれた。幼少期から、たい肥の微生物によって畑の作物が育つさまを見て暮らしたという。微生物の研究者となってからも、この農作業のことをよく思い出したそうだ。自然は言葉には出さないけれど、さまざまなメッセージを送ってくる。それを受け取る感受性を養うことこそが、歴史的発想につながっていくのかもしれない。

伊藤計劃が書いた『WXIII 機動警察パトレイバー』評を読む

伊藤計劃は、SF作家としてデビューする以前から、読みごたえのある映画評の書き手として知られていた。かれがブログやウェブサイトに掲載していた熱のこもった評論は、多くの映画ファンたちに愛読されていたという。 伊藤計劃と映画 伊藤計劃は故人だ。2007年に小説家としてデビューを果たし、2009年に永眠した。10年以上にもおよぶ体調不良と闘病生活の果ての、34歳という早すぎる死だった。わたしたちは、伊藤計劃によって書き起こされた新たな映画評をもう読むことができない。 映画が好きで、観たあとに感想をインターネットで探すことがある人なら「伊藤計劃:第弐位相」というブログにたどりついたことがあるかもしれない。かれがデビューする以前、つまり会社員時代から運営していたブログだ。 伊藤計劃:第弐位相徒然なること、闘病生活のこと、映画評などを読むことができる。死の直前である2009年1月7日を最期に更新が止まっているが、いまもアクセスは可能だ。このブログの内容は、2010年と2011年に『伊藤計劃記録』『伊藤計劃記録 第弐位相』(早川書房・刊)という単行本にまとめられた。 ブログ「第弐位相」をはじめた2004年以前にも、伊藤計劃はインターネット上で映画評を発表していた。いまは閉鎖(削除)ずみだが、ありがたいことに『Cinematrix伊藤計劃映画時評集2』(伊藤計劃・著/早川書房・刊)という文庫に再録される運びとなった。いずれも2013年に刊行。 この2冊には、単行本に未収録だった映画評も掲載されている。新規収録分のうち、わたしのお目当ては『WXIII 機動警察パトレイバー』の映画評だった。 ときどき、こういう非常に困る映画があるのだ。といっても、別にこの映画が嫌いなわけじゃなく、むしろ好きなのだけれど、ものすごい好きなわけでもなく、「うーん、なんか好きなんだよね」という無茶苦茶曖昧なことしか言えない映画、ということで、どこか凄いとか説明しにくく、別に特別なスタイルをとっているわけでもない。ストイックでフツーな映画のことだ。 (『Cinematrix―伊藤計劃映画時評集2』から引用) 伊藤計劃とパトレイバーと押井守 読者としてのわたしが、はじめて伊藤計劃に共感を覚えるに至ったのは『虐殺器官』や『ハーモニー』などの小説作品ではない。かれの映画評における劇場版パトレイバーや押井守への言及だった。 わたしのもっとも古い伊藤計劃体験は、映画『ダークナイト』の感想をインターネットで探していたときだった。 ダークナイトの奇跡 – 伊藤計劃:第弐位相 それまで『バットマン』シリーズに特別な思い入れもなかったわたしが、この映画を観たあとにえらく感動してしまった。しかし、何が面白かったかと自問自答しても、よくわからない。うまく説明できない。だから、ググった。そして、伊藤計劃の映画評にたどり着いた。上記リンク先を読んでいただければわかるように、やたら『劇場版パトレイバー2』を引き合いに出している。 「パトレイバー2」以来だろうか。これほど自分の魂にぴったりくる映画は。 (伊藤計劃:第弐位相「ダークナイトの奇跡」)から引用 「そうかそうか。このブログを書いている伊藤計劃っていう人は、わたしと同じで『劇パト』が好きなのか~。仲間だ。仲間由紀恵だ。ナカーマだ」と思ったわたしは、ブログ「伊藤計劃:第弐位相」の愛読者になった。さかのぼって過去記事を読んでみると、劇パト以外にも『イノセンス』などの押井守作品にまつわる考察もあった。そして「ダークナイトの奇跡」を書いた1年前に『虐殺器官』で小説家デビューしたばかりであったことを、あとで知った。 劇パト3の検索結果に「つまらない」と表示される わたしは『劇場版パトレイバー』が好きだ。すくなくとも、1年に3度は観る。「劇パトを観なくては生きていけない」ぐらいの切迫したテンションで鑑賞する。ただし、第1作目と第2作目に限った話であり、シリーズ第3作目については飢餓感はない。18か月に1度くらいでかまわない。 上の画像は、Googleで「パトレイバー3」をウェブ検索したときの画面キャプチャだ。 「パトレイバー3 つまらない」 観客やネットユーザーの総意ではないものの、なんとな~く『WXIII 機動警察パトレイバー(劇場版パトレイバー3)』のイメージというか風評のようなものをズバリ可視化していると思う。しかし、実際の『劇パト3』は良い映画だ。日本人が作ったモンスターパニック映画としては、おそらく「一級品」の部類に属するのではないだろうか。 誰だ、『劇パト3』を「つまらない」と言っているのは。けしからん。なぜだ。分析してみよう。 劇パト3をほめている人を見かけることは少ない わたしに言わせれば、『劇パト3』の唯一の不満は、特車二課メンバーや後藤隊長が活躍(もしくは暗躍)するシーンが少ないことだ。ほかに思い当たることといえば…… 【監督が異なる】 『機動警察パトレイバー the Movie』と『機動警察パトレイバー2 the Movie』の監督は、押井守だ。一方の『WXIII 機動警察パトレイバー』の監督は、押井守ではない。ガンダムでもクレヨンしんちゃんであっても、たとえ原作が同じでも監督が異なれば、作品の雰囲気はガラリと変わる。 【原作が異なる】 パトレイバーといえば、「週刊少年サンデー」で連載していたゆうきまさみの漫画を連想するかもしれない。だが『パトレイバー』シリーズの旗艦は、じつは映像の方だ。本丸の『パトレイバーOVA(オリジナルビデオアニメーション)版』の監督は押井守であり、ゆうきまさみ版は「応援まんが」という位置づけだった。おたがいに補完しあう、いわゆるメディアミックス戦略だ。(押井守メインで始動したのではない。原作グループの実態はもっと複雑だが、ここでは割愛する) 押井守の『劇パト』2作品の設定は、ゆうきまさみ版とはかけ離れており、あえて言うならば、押井守自身が手がけたOVA版に準拠してる。 一方のテレビアニメ版や『WXIII 機動警察パトレイバー』は、ゆうきまさみのコミック版のエピソードを下敷き(原作)にしている。『劇パト2』で別部署に異動していた特車二課の面々が、『劇パト3』では当然のようにして特車二課で通常業務をおこなっていることからも、押井版の劇パトとは地続きでないことがわかる。 おなじ『劇パト』であっても、監督と原作(世界観)が異なるため、押井守カラーに染まった前2作のパトレイバーを好きだった観客が、第3作目と向かいあったときに「パトレイバー映画」としての違和感をおぼえるのも無理はない。 【時期を逸した】 『劇パト2』における後藤隊長のセリフではないけれど、『劇パト3』は「遅すぎた」。OVAやコミックや劇場アニメが発表されていたのは1988年~1993年だ。一方の『WXIII 機動警察パトレイバー』が劇場公開されたのは2002年。ファンが忘れた頃に公開された映画なのだ。 前作から9年も経ってしまったのには事情がある。2002年の劇場公開と同時期に発売されたムック『WXIII(ウェイステッド・サーティーン)機動警察パトレイバーMANIAXX』(角川書店・刊)によれば、監督や脚本家たちが作業を始めたのは1994年末だったという。それから阪神大震災などをはじめとした様々なトラブルがあったそうだ。ちなみに本ムックは充実したスタッフ対談集であり設定資料集であり、隠れた「怪獣アニメ評論」の良書でもあるので、アニメファンや特撮ファンの皆さんにも一読をオススメする。 ちなみに『WXIII 機動警察パトレイバー』の時代設定は、劇中では昭和75年だ。元号が昭和のままということは、つまり昭和64年に悲しいことが起こらなかったわけで、1901年生まれの陛下は99歳ということになる。 伊藤計劃が劇パト3で涙しそうになった理由 そんな地味なこの映画にあって、ぼくがほとんど涙しそうになったカットがあったのを思い出した。(中略)正直、ぼくはこの映画で少しウルウルしてしまったのだ。最近あまり映画で泣くことはなかったのだけれど(人生のほうでいろいろありまして〔笑〕)、クライマックス、というか、最後の対決、であの少女の声が響き渡り、ベートーベンが流れ始めたとき、 (『Cinematrix―伊藤計劃映画時評集2』から引用) とにかく、いろいろケチをつけようと思えばつけられるが、わたしは『劇パト3』を良い映画だと思うし、伊藤計劃も良い映画だと書いている。引用内の「人生のほうでいろいろありまして」というのは、かれにとっては1度目の長期入院のことであり、手術によって「ある大切なもの」を永遠に失った体験をほのめかしたものだ。 伊藤計劃による『WXIII […]

運命の分かれ道でのベストな選択方法とは

『ライフ・イズ・ビューティフル』という映画を観た。幸せに暮らしていた3人の親子が、第2次大戦中に強制収容所に入れられてしまうという物語で、シナリオが素晴らしかった。あの時にああだったから、この時にこうなったのだな、という伏線が随所に張られていて、ムダがなく、だからこそ考えさせられる。私たちもどちらを選べばいいのだろう、という運命の分岐点に出くわすことがある。そういう時、どう振る舞うのが一番いいのだろう。   偶然という運命の分かれ道 『夜と霧』という、強制収容所体験記がある。収容された精神科医ヴィクトール・E・フランクルによる限界場面での人々の行動や心理についての考察本だ。この本にはほんの僅かなことで明暗を分ける人々の姿が描かれている。著者は、発疹チフスに感染してもどうにか乗り越えられたから、過酷な作業が空襲警報で中止になったからなど、いくつかの偶然に恵まれ、生還することができた。そしてその逆に、僅かの差で収容所で命を落とした人も多くいたのだ。 『夜と霧』と同時に、先日読んだ『大村智ものがたり』を思い出した。ノーベル賞を受賞された大村さんは、大学を卒業し、山梨県の高校で働くつもりだった。しかし、その年に限って県内の高校教諭の募集がなかったため、いたしかたなく東京の夜間高校で働き始めた。そこで夜間高校の生徒達の熱心な勉強っぷりに感動し、自分も学び直さねばと東京理科大学大学院に入る。夜間高校の教師だったからこそ、昼間に大学院に通うことができたのだった。 目に見えない運命のようなもの もし大村さんが、山梨の高校の先生になっていたら、もし夜間高校の先生じゃなかったら……。たくさんの偶然によってノーベル賞へと道が繋がっていく様子を、驚きながら読んだ。もちろん大村さん自身に素晴らしい素養があったのだけれど、何か目に見えない運命のようなものが、偉大な業績へと誘っていったかのように感じたのだ。世の中にはしばしばこうしたドラマティックなエピソードが起きるが、なぜ、このような偶然があるのだろう。 『ひとり悩むあなたを支える言葉』(諸富祥彦・著/すばる舎・刊)は、セラピスト達の名言集である。大勢の人の苦しみに耳を傾けてきた人が発する言葉には、困難を乗り越えるヒントが詰まっている。この本の著者は前述のフランクルに心酔しているらしく、彼の言葉が群を抜いて多く収録されている。全10章中、彼の言葉のみで占められている章が3つもあるのだ。収容所で不条理な死の数々に直面し、自らもその淵に立っていた人が発する言葉は、達観されていて、もはや哲学ともいえる深みや重みがあるからかもしれない。 その瞬間を生きること 私はフランクルの『それでも人生にイエスと言う』という本が好きだ。この本はとても突き放した書き方をしている。人生に期待してはならない、と。「私が人生になにを期待するかではなく、人生が私になにを期待しているか」ということを考え、行動することが大切なのだと説く。私利私欲の塊となり、人生に神頼みのようにすがるのではなく、人生の今この瞬間に自分が最善を尽くしているかということこそが大切だというのだ。 フランクルは、精神科医であることを収容所の中で明かし、監視員に対し、夫婦関係の悩みに助言まで行った。敵でも味方でもなく人と人の関係であろうと努めていたのだ。だからこそ彼は監視員からスープの具を少し多めに入れてもらえるなど、生き延びるきっかけをいくつも与えられた。それはその状況下での最善のことを彼ができていたからだろう。 ありのままの自分 『自分中心の生き方、幸福中心の生き方を、「人生からの呼びかけに応える生き方」、「意味と使命中心の生き方」に転換せよ』。名言集の中にあるフランクルの言葉に、はっとする人も多いだろう。フランクルは収容所の中で、伝染病が蔓延する病棟に医師として向かうか、土木作業員になるか、死の危険がある2つの作業のうち、迷わず病棟勤務を志願した。どうせ死ぬのなら医師として少しでも人の役に立ち、意味のある死にかたをしたいとの思いだった。 結果、フランクルは周囲の配慮で体調が整うまで静養を許可され、命を落とすようなことにはならなかった。偶然のように見えるけれど、フランクルは最も自分らしくある道を選んだ結果、生き延びられたのだ。人生には幾つもの選択肢がある。その時に最もベストな結果を導き出せすためには、ありのままの自分の姿で、真っ直ぐに振る舞うこと、なのかもしれない。

冬にコラーゲン鍋を食すべき3つの理由

冬になり、女同士で飲もう!と「女子会」に使えるお店をネットで探し始めると、必ずと言っていいほど「コラーゲン鍋」という品を目にする。大抵はサムゲタンか鶏の水炊きか、もつ鍋だ。「たっぷり補給し、翌朝はお肌プルプル!」などとも書かれている。冬場にコラーゲンを勧められるのは、なぜなのか、どうやらそこにはれっきとした理由があるようなのだ。   コラーゲンは髪を太くする! 夏の間に痛んだ髪。日焼けや汗などで髪の元気がなくなり、乾燥したりまとまらなくなったりして困っている人も、少なくないだろう。また、加齢と共に髪は頼りなくなっていくもの。抜け毛が増えたり、髪が細くなるという悩みもつきものだ。髪の根本には毛乳があるが、それを支えているのがコラーゲン。しかしコラーゲンは紫外線やストレスで減ってしまうのだ。悩むと髪が抜けてしまう理由は、コラーゲンの現象によるものなのかもしれない。実はコラーゲンを8週間摂取したら髪が太くなった、という明治製菓の研究結果がある。日焼けや紫外線で痛んだ髪を元気づけるためにも、冬場にしっかりコラーゲン補給をしておくのは得策なのだろう。 コラーゲンは関節痛を和らげる! 人生も折り返し地点をを過ぎる頃には、冬場になると関節が痛くなるという人も多くなる。ひじ、ひざ、肩などが痛くなるのは、冷えるからだけではない。加齢により軟骨がすり減っるため、痛くなるのだという。実は軟骨の50%はコラーゲンでできているため、摂取することによって軟骨が丈夫になるだろうと言われている。ハーバード大の研究では、コラーゲンを90日間摂取したところ、リウマチ患者10人のうち1人が完治、6人が著しく症状が改善したという。つまり、冬場にコラーゲンを摂取することで、関節の痛みが軽減する可能性があるということなのだ。 コラーゲンは保湿する! 冬場は、暖房や北風などによる肌の乾燥にも悩まされる。いくらクリームを塗っても、肌に保湿スプレーをしても、なんだかスッキリしない。体内のコラーゲン量は、20代をピークに年齢と共に減っていくので年を重ねればなおさらだ。肌の深層にある真皮の部分の70%がコラーゲンである。肌からコラーゲンを塗り込んでも、コラーゲンがある真皮にまでは達しないので、口から摂取するほうが良いとされているのだ。体内のコラーゲン量が減ると、肌の水分も弾力も減ってしまう。コラーゲンを補充することで、肌のたるみやシワにも効果が出ることが期待されている。 どうやら冬場にコラーゲンを摂取する意味は充分にありそうだ。けれど、コラーゲン鍋の即効性は、はっきりとは分かっていないらしい。食べた翌日にぷるぷるのお肌になっているのも、本当にコラーゲンのおかげかどうかを断定はまだできていないのだとか。でも食べたことがある私は、翌日、お肌がもっちもちになってうれしかったのを覚えている。なんだか身体に良さそうだし、この冬は積極的にコラーゲン鍋をたくさん食べてみたい。 家で作る格安コラーゲン鍋 けれど、毎日鶏の鍋というのも飽きちゃいそうだ。そんな時に強い味方なのが「ゼラチン」である。コラーゲンを酵素分解したものがゼラチンなので、当然コラーゲンを含んでいる。粉状になっているが、お湯に溶け、冷えるとゼリー状の物体になる。このゼラチンを入れれば、どんなお鍋でも、たちまちコラーゲン鍋になってしまうというわけだ。『ゼライスぷるぷるコラーゲンレシピ』(藤本大三郎・著/扶桑社・刊)では、鍋の他にも、ゼリーやスムージーやジュレ、なんと炊き込むご飯やホットケーキやカレーに入れるなど、ゼライスの様々な活用法を紹介してくれている。確かにホットケーキに入れたらもちもちして美味しそうだ! ずぼらな私も、毎日何かにさらっとゼライスを足すくらいなら、できそうだ。そして何よりゼラチンパウダーは安い! 30グラムで僅か200円ほどなのだ。1グラムで920mgのコラーゲンが入っている。1日に必要なコラーゲンはまだはっきりしていないし、2000mgから10000mgと推奨量にも幅もある。人によって違いがあるのだろうし、自分に合う量を調整しつつ、この冬はコラーゲンを使って、毎日潤うお肌を目指してみよう。