「1999年7の月。空から恐怖の大王が降って来る」
筆者が小学校高学年だった1973年、『ノストラダムスの大予言』という本が出版された。冒頭の一節は、この本のキラーフレーズだ。「きっと結婚していて、子どももいて、会社では主任か係長くらいで、恐怖の大王が降ってきて死んじゃうんだな」なんて漠然と感じたことを覚えている。
ノストラダムスの予言の爆発力
『ノストラダムスの大予言』は瞬く間にベストセラーとなり、発売後3カ月に公称100万部を突破した。当時は文字通り朝から晩まで、どんな情報番組においても取り上げられ、ごく普通の小学生の脳裏にも〝アンゴルモアの大王〟とか〝逃げよ、逃げよ。すべてのジュネーブから〟といったフレーズが刷り込まれてしまった。
筆者が通っていた小学校では『ノストラダムスの大予言』を読み込んでおくとちょっとカッコいい、みたいな空気が生まれ、特に男子は競ってそういう空気に乗っかろうとしていた。
スプーン曲げの怪人ユリ・ゲラー
その翌年。日本におけるスペシャル番組のフォーマットを作ったと言っても過言ではない人物が現れた。その名はユリ・ゲラー。1974年3月に放送された『木曜スペシャル』で披露した〝フォーク曲げ〟が一大センセーションを巻き起こし、あっという間に日本中で知られることになった。
ゲラー氏と言えばスプーン曲げが代名詞となっているが、日本のテレビに初めて出た時はフォークの1本1本の歯を(横から見た時)扇のように広げる形にしたのを覚えている。その後道具がスプーンに変わり、テレビでも講演でも曲げるだけではなく、ねじりや切断といった新技が盛り込まれるようになった。
2014年8月に来日した時には、トークショーのステージ上で、観客が自宅から持ってきたスプーンを指の腹で撫でるだけで切断して見せた。さらには、市販のラディッシュの種を手のひらに出して、ぐっと握っていくつかを発芽させるという現象も披露してくれた。
オリバー君を知ってますか?
ユリ・ゲラーの日本デビューのおよそ2年半後。林間学校で訪れていた宿泊施設のひと部屋。夕食後の自由時間で見ていたテレビ番組で、信じられない生物が紹介されていた。
その生きものが姿を現したのも、『木曜スペシャル』だ。染色体の数が47(人間の染色体の数は46、チンパンジーは48)の、人間とチンパンジーのクロスブリード(交配種)というショッキングなキャッチフレーズだった。〝ヒューマンジー〝なんていう呼ばれ方をしていたのも覚えている。
その異様な姿を見た中学生の驚きを想像していただきたい。オリバー君はオムツを着けてテレビに出ていたが、これは粗相を恐れてのことではなく、生放送中に人間の女性を見て反応してしまう状況が起きてしまってはまずい、という方向の気遣いだったらしい。ただこの話は、仕掛ける側が意図的に流した都市伝説的なエピソードである可能性が否めない。
イカレた時代を切り取る作業
『ぼくらの昭和オカルト大百科 70年代オカルトブーム再考』(初見健一・著/大空出版・刊)の著者初見健一さんは、ブームと呼ぶにはあまりに長かった1970から80年代にかけての「オカルトな気分」を〝イカレた時代〟と形容する。誰が、どんな風にイカレていたのか。
各メディアのコンテンツの「王道」に、オカルトなネタがデーンとのさばって、大人も子どもも、もっと言えばお年寄りから幼児までが、ごく自然に「お茶の間の娯楽」として享受していたのだ。
『ぼくらの昭和オカルト大百科 70年代オカルトブーム再考』より引用
たしかに、生放送の朝の情報番組の中で、生首を描いた絵の目が開いて大騒ぎになった一件もリアルタイムで体験したし、夏休みになると、お昼のワイドショーでは放送作家新倉イワオ先生の「あなたの知らない世界」という心霊コーナーをやっていた。関西ベースの『2時のワイドショー』という情報番組には、京都の有名な先生が出演するレギュラーの心霊写真鑑定コーナーがあった。
ある意味オカルトは日常だったのだ。
ノストラダムスの予言が与えた本当の意味でのインパクトに関しても、短い言葉で的確な指摘が行われている。
今となっては「ハズレ」でしかなかった「1999」よりも、「1973」は不可思議で、不気味で、重要な数字である。ある意味で、本当の「恐怖の大王」は1973年に舞い降りてきたのかもしれない……。
『ぼくらの昭和オカルト大百科 70年代オカルトブーム再考』より引用
冒頭で記した通り、筆者が初めて自分の死を意識したのは1973年だ。もちろん、ノストラダムスの言葉によってである。死への漠然とした恐怖を小学生に植え付けたという意味では、恐怖の大王は確かにこの年に舞い降りてきていた。
あの頃のざわざわを共有した人たちは、今どんな生き方をしているのだろうか。そんなことにまで思いを馳せてしまうような書き口の文章だ。そして、〝イカレた時代〟をオカルトという側面から切り取ってつぶさに検証していくポップカルチャー論には、学術論文的な香りを感じる。
熱帯夜の午前2時。冷えっ冷えのモヒートのグラスを手に、ベランダに置いた椅子に座って読みたい一冊。