モンスターペアレントが世界を救う

2016年2月5日、馳文部科学相は、多発する組み体操事故についての国会質問に「私もビデオを見て率直に危ないと思った」「重大な関心を持って文科省としても取り組まないといけない」と答えた。それは2014年5月にツイッターで起きた小さな流れが大きな世論となってトップへと届いた瞬間だった。その影には子どもの安全のために駆け回った内田良さん(名古屋大学准教授)と、保護者らの学校への訴えがあった。

 

危険すぎる組み体操

2014年5月、内田さんによって組み体操の動画 が知らされた。大阪の中学校の体育祭でのものだが、その高さはなんと9段。てっぺんの生徒は一瞬後ろにグラリとして落ちそうになっている。日本一の高さを競って各校でどんどん高さを上げる動きが起き、その一方で事故が年間8000件と多発し、その1%が後遺症を心配するほどのものであった。組み体操の事故は他の球技などと比べ、圧倒的に頭部のケガが多い。ヘルメットもせず、不安定な場所から落下することもあり、頭蓋骨骨折や脊髄損傷などの大事故も起きていた。

これらのことがツイッターで話題になった時、すぐに反応したのは過去に組み体操事故に遭った当事者や、子どもがケガをした母親たちだった。それと同時にそうした動きを疎んじる声も相次いだ。「今度は組み体操も禁止か」「なんでも禁止すればいいってもんじゃない」「じゃあ運動会で何をしろというんだ」というような、今まで当たり前のように行われていた行事が失われるということについての嫌悪感があらわになっていた。子どものケガを心配する母親たちに「過保護なモンペ(モンスターペアレント)」というような言葉を投げる人もいた。

組み体操中止への流れ

しかし果たして、組み体操を心配した親は、モンスターペアレントだったのだろうか。本当に危ないのだから、本気で心配していたのではないだろうか。一歩間違えば大事故の可能性があり、子どもの体が傷つくおそれがあるものを心配しないほうが変ではないだろうか。何年か前ではあるが私も学校に「危ないのではないか」と質問したひとりである。学校側の回答は「教師が下でちゃんと受け止めますから安心してください」だった。しかし内田先生の調査で、受け止めるどころか落ちてくる生徒と衝突して教師までもが負傷する事故が毎年起きていることがわかった。教師に任せられない状況であり、親の心配は決して杞憂ではなかったことがはっきりしたのである。

ツイッターでの動きを目ざとく見つけたのはテレビや新聞などの報道機関だった。ニュースとして流れるとさらに組み体操を問題視する動きは大きくなった。組み体操は文科省の学習指導要綱にすら入っていない。運動会の出し物のひとつという立ち位置だったこともわかった。「段数を低くすればいいのでは」という声も出たが、3段5段などの低さでも大ケガをする可能性があり、世論も中止の声が大きくなり、学校に組み体操について申し入れする保護者も増えていった。2016年に入ると、千葉県のいくつかの市町村では組み体操を体育祭で中止することと決めた。内田さんが集めて広められたデータと親たちの子を案ずる気持ちが、教育行政を動かしたのだ。

クレームと意見の違い

保護者が学校に物言いすることを嫌う学校は少なくない。モンスターペアレント扱いされ、子どもにも迷惑が及ぶのではないかと親のほうも躊躇する。それでも言わずにはいられなかったのは、子どもが出場する体育祭の時期が迫っていたからだろう。急いで中止にしなければ、自分の子どもが危ない。それも組み体操反対の動きがすぐ広がった理由のひとつだろう。ネットから始まった一連の動きがなければ、今でも組み体操は高層化し続けていたかもしれないのだから、保護者らの物言いはむしろ素晴らしいことではなかったかと思えるのだ。

『親たちの暴走』(多賀幹子・著/朝日新聞出版・刊)は日米英のモンスターペアレントについて書かれている。アメリカには子どもの就職活動先に直訴するような親が、イギリスには教師に暴力をふるうような親が多いという。どの国にも困った保護者はいるのだろう。けれど中には建設的な意見だってある。本にも「親がモンスターペアレント呼ばわりされることを避けて、言いたいことも言えないのでは、教育をめぐる状況はさらに悪化するだろう」とある。組み体操問題で、学校や行政が保護者の話を突っぱねられなかったのは、データが豊富にあったからだろう。クレームと真摯な提言とを一緒くたにされないため、感情論ではないことを示すためにも、資料を用意し、論破する必要がありそうだ。

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