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「呪い」を正しく理解するための本

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どうしても許せない。憎しみを抑えられない。相手の人生を台無しに……などと早まってはいけない。思いとどまるべきだ。憎しみにとらわれすぎてはいけない。そんなとき、昔の人は「呪い」によって気持ちを鎮めていた。

呪いにはセラピー効果がある!?

呪術者になる!』(宮島鏡・著/作品社(インプレス)・刊)によれば、「憎しみは、自由な思想の断片」であり「呪詛は、泥沼に捨てられた自分を拾い上げる作業」なのだという。

裏切り、裏切られ、傷つく人間の世界で、憎しみが絶えることなどまずあり得ない。だから、精神安定剤の代わりに、呪詛を行おう。

(『呪術者になる!』から引用)

「愛憎」という言葉があるように、人間にとって「憎しみ」は自然な感情だ。楽しいときには顔がほころばせて、悲しいときには涙をながす。同じように、つらいときやくやしいときには「憎い」という感情がわき起こってくる。

笑ったり歌ったりすることで気分がスッキリするのは、胸のうちのモヤモヤを吐き出したことによる。同様に、憎しみをうまく吐き出すための手段として、古来より「呪い」が用いられてきた。呪うことによって、仮想的に「憎しみをぶつけた気分」になれる。スッキリする。自分を見つめ直せる。いわばセラピーだ。もしも不幸や災いがあったとすれば、それは偶然にすぎない。

呪いは人類共通のライフハック

憎んだり、呪詛を唱えたいという気持ちを恥じるべきではない。文化人類学の研究によって、世界中に呪いの習慣があることがわかっているからだ。

ニューギニア列島のドプ島では、隣家に対して邪術的な呪文を唱える風習があった。「隣人でさえも憎悪の対象にし、呪詛をおこなう」のだという。

アフリカ西部ウガンダのルグバラ族は、悪神が「民族内のいざこざ、生活の中での悩みや憎しみ、天災など」を起こしている、と信じている。彼らが生きるのに疲れたとき、憎い相手を思い浮かべながら紙粘土で人形を作ってそれを燃やす。これは相手に不幸をもたらすためではなく、悪神に打ち勝つための儀式だ。

呪詛を行ない、自分の精神を清らかにする。それは、悪いことでも何でもない。人間は所詮、何年生きようが自分しか愛せないのだから、自分を救えるのは自分自身しかいないのである。

(『呪術者になる!』から引用)

男女の愛憎にまつわる呪い

日本でも、古くから呪いがおこなわれてきた。男と女のあいだの憎しみや恨みにまつわる事案によく使われていたようだ。

エンガチョは、その名のとおり「縁切り」の呪いだ。汚ないものをさわった相手に対して「エンガチョ!」と宣言する。子どもの遊びにすぎないと思いがちだが、大人の恋愛沙汰にも効果を発揮する。縁切りの呪詛は、古くは鎌倉時代から存在していた。

縁切りの呪詛のなかで、もっとも激烈なのは鬼子母神髑髏法(きしもじんどくろほう)だ。その名のとおり「ヒトの頭蓋骨」をもちいる。『呪術者になる!』の著者いわく、「家族持ちの不倫相手との恋愛を成就させるためには、極めて有効」であり「本妻や子どもを破滅に追い込む恐ろしい呪法」だという。

呪いを知れば、百戦危うからず

恨みや憎悪を原動力にしない呪術もある。病気や災厄をふせぐことによって平穏をかなえるものだ。毒をもって毒を制する。呪いを相殺するためには呪いで対抗するしかない。

蘇民将来(そみんしょうらい)は、邪気をよせつけず、不幸をはね飛ばすことができる呪法だ。疫病除けや出世開運の効能がある。起源は、旅をしていたスサノオノミコトを世話した人物の名前であり、「蘇民将来子孫」と書いた護符を身につけたり玄関に掲げることによって加護が得られる。呪いが失敗したときの「呪詛返し」を防御する効果もある。

庚申待ち(こうしんまち)は、無病息災をかなえる呪法の一種だ。もとは中国の道教の教えだが、日本でも平安時代から信仰されはじめていた。「庚申」とは旧暦において60日に1度めぐってくる日のことだ。庚申の夜になると、体内に住んでいる虫が天に昇って天帝に罪を報告してしまう。虫がチクリに行くのを見張るために眠らず儀式をおこなう。信仰者は多く、いまでも日本全国に「庚申塔」が残されている。

(文:忌川タツヤ)

呪術者になる!

著者:宮島鏡
出版社:作品社(インプレス)
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