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話題のボカロ参考書 ヒットの要因は中2病っぽさ?

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企画会議が楽しみで仕方ない人。そして、自分のプレゼン能力はかなり高いとか、話はうまいほうだと思っている人。そういう人は、この原稿を読まないでください。

誰もやってないことを見つけちゃった!

この記事で紹介するのは、誰も見たこともないものを作るため企画を育み、ストーリーとデータを組み合わせたプレゼンで周囲を説得し、他製品と比較して3~5倍の製作費という高いハードルをクリアして商品化にこぎつけた若手編集者の話。

お話をうかがった八巻明日香さん(学研プラス小中学生事業部/言語・社会教育編集室)の〝組み合わせ感覚〟は、ちょっと突き抜けている。無味乾燥が当たり前の学習参考書とボカロ(ボーカロイド)を組み合わせ、誰も考えつかなかった形で体現させたのだから。結果として出来上がったのが、『ボカロで覚える中学歴史』(学研プラス・編/学研プラス・刊)という異例のヒット商品だ。反響は、発売前からかなり大きかったという。

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「発売の直前に、プロモーション用の試聴動画をニコ動とYouTubeにあげたら、一気に一晩で7万ヒットくらいあって、その後ツイッターで何だこれ? ってなって拡散しました」

ご存じの方も多いとは思うが、ボーカロイドについてごく簡単に説明させていただく。音符と歌詞を入力するだけで人工音声が歌い出すソフトで、別の言葉ならバーチャルシンガーという表現がいいと思う。

実体のないバーチャルシンガーは、接しやすさが失われがち。そこで、歌い手としての具体的なイメージを持たせるために登場したキャラが、くるぶしまで届くペパーミントグリーンの髪をツインテールにまとめた初音ミクだ。キャラクター設定では、〝16歳で身長158センチ、体重は42キロ〟となっている。

中学生年代の読者を対象とした企画に数多く関わってきた八巻さんは、彼らが好きそうなものをリストアップしていく過程でボカロに惹かれていった。

発売から4ヵ月で35万部(2冊累計発行部数)。参考書では考えられない爆発力だ。企画段階から、さぞかし綿密な作業が積み重ねられたに違いない。芽はどんなところにあったのか。

属性意識を高める仕掛け

「中学生が好きなものって何かなと思ったり、今の時代の中学生ってどんな人生送ってきたのかなって思ったり…。0歳の時にハリポタブームがあって、小学校中学年くらいでAKBブームが来て、という風に考えていくと、YouTubeの公式チャンネルにプロモーションビデオが上がるようになったのがこの頃なんです。小学生の頃からPV付きの形で音楽に触れてた世代なんです。いまどきの子たちに、音楽と映像が一体になった形の手法で、勉強もできたらいいんじゃないかという思いがありました

ここまでなら、過去20年くらいのポップカルチャー年表を追っていけば誰でもある程度のことはわかる。しかし八巻さんは、もう一歩踏み込んだ。

「さらに人生を追っていくと、この世代の子たちが小学校高学年から中学校入学くらいの時代に、ボーカロイドを基にしたライトノベルが超ヒットしていたんです。この流れで行くと、PVが好きなところに流行りだしたボカロが大好きになっている可能性がかなり高いと思いました」

実物を見てみよう。手に取った感じ―紙の質感も重さも厚さも含め―から各ページのレイアウト、そして色調も字体も、攻略本にしか見えない。そして、この企画にしかない魅力として挙げておきたいのが、スマホと連動した〝カザシテ再生〟という仕掛けだ。専用アプリを落としておいて、各ページのマーカーにスマホをかざすと、動画の再生が始まる。

想像してみてください。放課後の教室。スマホを手にした一人を取り巻くようにして縦ノリしてる数人の中学生。この企画の根底にあるもの、そして八巻さんがビジョンとして抱いていたものは、こういう光景なんじゃないだろうか。八巻さんは、次のような言葉で説明してくれた。

「歌って覚えてくれるところまで行ってくれるとうれしいです。口ずさんでほしいです。集まって見て、面白がってほしいです。一番うれしいのは、自分のための本だと思ってくれることですね。作り手よりも、それを手に取ってくれる子に属する本になってほしいです

好きな人の電話番号は一瞬で覚えられるし、好きな歌詞とか感動した映像は忘れない。気持ちが動くと印象に残る。そういう思いに立った働きかけ方が実現できた本なのだ。この斬新すぎる企画を理解してもらい、正式な案として通し、商品化するすプロセスはどんなものだったのだろうか。

「ボーカロイドとは、というところから始めて、カラオケランキングをデータとして提示しました。JOYSOUNDさんの年代別ランキングを見ると、10代はベスト10のほとんどがボカロ曲なんです。ボカロ好きという傾向はオタクだけじゃなくて、リア充の子たちも完成度の高いボカロの楽曲を受け容れています」

プレゼンはストーリーテリング

ボカロという言葉から想像しがちな〝限られた〟オーディエンスというイメージが必ずしも現実と合致しないこと、そして、対象とするマーケットが大きいことを具体的に示したわけだ。最初の企画会議では、ポカーンとされた。そんな状況の中、自分のストーリーに耳を傾けてもらうためには、何らかのツールやテクニックがあったはずだ。

「私、こんなにツボわかってます! もうできちゃいそうですっ! ていう熱の部分と、実在するデータとして数字を見せる冷静な部分の両方を見せた感じです。そうしたら、理解しきってはいないけれどもやってみれば、みたいな流れが生まれました」

聞いてしまえば当たり前の話かもしれない。しかし、ここにも絶妙な組み合わせの感覚が介在しているような気がする。もう少し詳しく聞かせてください。

「思いだけ伝えてもダメなので、データが必要です。自分が確認する意味においても需要がある事実を示して、すでに出ているものと決定的に違う部分を知ってもらいます。おじさんがいいねって思えるものには、書店さんも同じ感覚を抱いてくれると思うんです。いろいろなタイプの人に売れそうという予感を抱かせる材料を揃えるということです。そうしないと、売れるぞって思いながら作ることはできません」

企画の中核である楽曲にも触れておくべきだ。コンピレーション・アルバムを思わせるバリエーションは、クリックひとつで世界観がまったく変わるニコニコ動画やYouTubeの文化にも合致するよう意図して作られた。

中二病っぽさ

企画を貫くもうひとつのキーワードは、〝中二病っぽさ〟だ。そして中二病→PV→ボカロという流れで考えがまとまった。中二病? 八巻さんご自身に、その世界観を新作映画の予告編風に語っていただいた。

「虚無感あふれる日常。ある日起きた事件によって、主人公が特殊能力に目覚める。彼はやがて同じ能力を宿す少年少女たちと出会い、本当の仲間、本当の居場所を見つけていく…」

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えーと、もうちょっと具体的にお願いします。

「少し斜に構えた感じのカッコよさです。勇気凛々みたいな王道ヒーローは、小学生ならすんなり受け入れるんですが、わかりやすいのは嫌だっていうのが中学生だと思うんです。小難しいもの、残酷なもの、割り切れないもの。たとえば『エヴァンゲリオン』とか『進撃の巨人』のような。ハッピーエンドじゃないものにカッコよさを感じるんです。あとは、友だち関係も複雑化するので、自分のスタンスを探す年代だと思います。いじめられたくもないし、いじめたくもない。カッコよくはいたいけど、目立ちすぎるのも微妙」

だからこそ、見せ方には細心の注意を払った。

「中学生は他人の目を気にすると同時に、自意識過剰な年代で、イタい感覚にとても敏感なんですよ。サムいとか浮いてるとか、ハズしてるとか、ダサいとか、あるいは調子に乗ってるとか…。そういう細かいニュアンスにこだわる年代向けの企画だからこそ、イタいのはやっちゃだめだと思っていました」

自分が作り出すものに込める覚悟も、もちろん必要だ。

「どうせやるなら振り切らないと、ボカロにバツが付くと思ったんです。中途半端だとダサく思われて残念なものって結構あると思います。キャラだけ添えて従来型みたいな仕上がり。これはイタいです。一番やっちゃいけないのがイタいことだと思っていました。だからベストなところまで振り切りました

確かに振り切れている。『ボカロで覚える』シリーズに関しては、今後さまざまな教科に展開していくビジョンも構築されているようだ。前のめりになりながら、〝ニューアルバム〟を心待ちにする気持ちは、あまたの中学生も筆者も同じだろう。

 

※VOCALOID(ボーカロイド)および「ボカロ」はヤマハ株式会社の登録商標です。

 (文:宇佐和通)

ボカロで覚える 中学歴史

著者:学研プラス(編)
出版社:学研プラス
史上初!PV映像付きボーカロイド曲で覚える参考書。中学歴史の重要項目が歌詞や映像にちりばめられた曲で、楽しく勉強できる。歌とセットになった本誌で、さらに分かりやすく解説。人気曲「千本桜」「脳漿炸裂ガール」の歴史バージョンほか、10曲入り。

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