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元祖・アクティブシニアは伊能忠敬だった!

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私は今、「新・平成の伊能忠敬®(山佐時計計器株式会社)」という万歩計を使っています。伊能忠敬に弟子入りし、一緒に日本地図を完成させるために毎日歩きまくるゲーム感覚の歩数計です。始めてから10日で9万歩、距離にすると30キロメートルほどのため、東京を出発しまだ千葉にもたどり着けていません。すでに途方にくれていますが…(笑)。伊能忠敬はどうやって日本を渡り歩き、測量したのでしょうか?

51歳で19歳年下の人に弟子入り

伊能忠敬 日本を測量した男』(童門冬二・著/河出書房新社・刊)によると、元々計算が好きだった伊能忠敬少年は、寺の住職の下でそろばんを学んだのですが、半年ほどで住職のレベルを超えてしまったそうです。天才少年だったのですね!

婿養子となり結婚し、赤字だった家業を立て直し、仕事一筋で頑張ってきた方だったそうです。そして仕事を引退し、隠居生活に入ろうと考えた伊能忠敬は、元々関心の高かった測量や天文について知識を深めるため、当時天文学に優れていた31歳の高橋至時さんに弟子入りを申し込みます。弟子入りに対して躊躇していた高橋さんに対して、伊能忠敬は以下のように話したと伝えられています。

「どんなに若くても、自分が求める学問を修めた人は師だ。また、どんなに年齢を重ねていても、そのことについて何も知らないのならば、それは弟子だ」

(『伊能忠敬 日本を測量した男』より引用)

自分より優れていれば年齢なんて関係ない! そんな謙虚な姿勢も日本地図を完成させるためにも必要な術だったのでしょう。

1日約40キロメートルを計測しながら歩く

伊能忠敬は、55歳から71歳までの16年間に10回にわたる日本国内計測を行ったと言われています。移動距離は4万キロメートルを超えるとも言われており、測量だけでなく地図まで作っていたのですから、相当な根気と体力が必要だったことは言うまでもありません。

当時の道は、今のように平坦ではないですし、測量機器も大変重たく移動させるのも一苦労…。そんな中、55歳の、当時でいったらおじいさんが、1日で40キロメートルも歩き続けたのですから驚きです。ちなみに最初の測量では、奥州街道(東北地方)と蝦夷地(北海道)を180日間歩き続けたと言われています。すごすぎる!!

「お伊勢さん」のある三重県へ行くのにも、江戸から片道15日間歩いて行くのですから、それを考えたら今は新幹線でピューなので、本当ありがたい時代です(笑)。

当時の平均寿命は50歳だった

平均寿命50歳と言われていた江戸時代…隠居生活をしてゆるりと老後を楽しもう! という人が多い中、ここまでアクティブに「自分のやりたいこと」を貫いた伊能忠敬は、元祖・アクティブシニアと呼ぶのにふさわしい!

もちろん、一人で測量し地図を完成させたわけではなく、たくさんの支えがあったのですが、それでもやっぱりすごいですよね。多くの人を動かすことができたのは、人としての魅力と「地図を完成させるのだ!」というアツい情熱、そしてなにより謙虚さがアクティブシニアのお手本になると思いました。第二の人生をどう歩むか、伊能忠敬に学んでみるのはいかがですか?

(文:つるたちかこ)

伊能忠敬 日本を測量した男

著者:童門冬二
出版社:河出書房新社
緯度一度の正確な長さを知りたい。五十五歳、すでに家督を譲った隠居後に、奥州・蝦夷地への測量の旅に向かう。艱難辛苦にも屈せず、初めて日本の正確な地図を作成した晩熟の男の生涯を描く歴史小説。

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