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字幕こそ 俳句に似たり 翻訳は

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『プレバト!!』というTBS系のバラエティー番組に、芸能人のみなさんが作った俳句を才能アリ・凡人・才能ナシにグループ分けしていくコーナーがある。仕分け担当は、するどいトークが好評の女流俳人、夏井いつき先生。森羅万象の広がりをわずか17文字の中で表現する俳句というアートが何に似ているのか、ずっと考えていた。そして、それは映画字幕だと気がついた。

1行10文字で伝えられること

映画字幕では、画面上に一度に表示される文字数は20までが基本線になっている。目で追うことを考えると、1行10文字というのが現行のスタンダードだ。外国語の音声を聞きながら目で追うのだから、一番大切なのは、簡潔な文章にすることなので、セリフをそのままの意味で日本語にはしない。大きな比重を占めるのは、意訳という手法だ。そしてその過程の感覚が、限られた文字数で色や動き、そして香りまでを表現する俳句とシンクロするように思えてならない。

今から16年ほど前、とある外資系ケーブル局で放送されていたドキュメンタリー番組の字幕チームで仕事をさせていただく機会を得た。中学生の頃からハリウッド映画が大好きで、春休みや夏休みになると新宿に行ってプラザ劇場やピカデリー、そしてミラノ座といった映画館に通い詰めていた筆者は、フリーになってから何とかして字幕製作に関わりたいと願っていた。それが叶ったわけだ。

実際の作業に触れてみて感じたのは、字幕翻訳が別のジャンルの翻訳作業とはまったく違うことだった。見ている人たちに伝わる文章にすることは言うまでもないが、それに加えて声優さんたちが読みやすい文章―読みやすければ感情を込めやすい―であることも大切だ。筆者が担当していたのはドキュメンタリー番組だったので、声優さんの感情面にまで気を配る場面はほとんどなかった。しかし隣の部屋で作業をしていたドラマチームはそうはいかない。

文化の差を埋める作業でもある

このドラマチームは、ベタな青春ものを担当していた。彼らが苦労していたのは、当時のアメリカの高校生の話し言葉と、当時の日本の高校生の話し言葉のニュアンスを限りなく寄せていって、画面のシチュエーションに合った最大公約数的なところを文字にするという作業だ。ごくごく簡単な例を挙げるなら、こんな感じだ。

英語のセリフ=Tsup, Travis?
日本語のセリフ=トラビス、どこ行くの?
まず、〝Tsup〟というのは〝What’s up?〟(意味的にはHow are you doing? と同じあいさつ言葉)の省略形だ。このセリフが出てくるのは、トラビスが家から慌てて出てきたところで、友だちと出会うシーン。「元気?」とか「何やってんの?」というニュアンスもあるが、慌てて走るトラビスがどこかへ行くことは明らかなので、意訳的に「どこ行くの?」ということで落ち着いた。

アメリカの高校生活ならでは、なイベントに関する名詞も難しい。これも定番の例を挙げておく。アメリカでは、どんなド田舎の高校でもプロム(Prom)という一大行事がある。辞書的に正しく、詳しい意味は〝卒業記念に行われる正装のダンスパーティー〟なのだが、もちろんたった一つの単語にここまでの文字数は使えない。それに16年前は、プロムと言ってピンとくる人はほとんどいなかった。結局は、初出で〝卒業パーティー〟という単語を当て、2回目以降は単に〝パーティー〟で処理していた。

すべての人を納得させる字幕訳文はない

字幕に、絶対的な正解はない。特に映画好きではない人でも名前を知っているはずの、超有名字幕翻訳家の先生も、「ひとつの意味を立てるともうひとつの意味が立たないこともあるし、すべての人を納得させることができる訳文は存在しない」という旨の発言をなさっている。

筆者は映画にも英語にもすごく興味があるので、DVDを借りてきて見ても、「今のセリフはないな」なんてツッコミを入れてしまう。逆に、うまいこと収まったセリフに嫉妬めいた気持ちを覚えることもしばしばだ。この〝うまいこと収められた〟感じをできるだけ多く出していくにはどうしたらいいんだろう?

言葉に対する感覚を磨くということのヒント

『映画字幕五十年』 (清水俊二・著/早川書房・刊)は、そういう感覚を養うヒントを与えてくれる一冊だ。字幕翻訳家を目指す人はもちろん、今よりもっとうまい文章を書きたいと思っている人は得るところが多いはずだ。著者の清水俊二さん(残念ながら1988年に亡くなっている)の言葉に対する姿勢があちこちにちりばめられた自伝という体裁に、第二次世界大戦前から始まる映画史がオーバーラップする。
時代背景が今とまったく違うので、書かれていることをそのまま実践できるハウツー本ではない。ただ、言葉に対する感覚を磨くためにしておいたほうがいいことについてのヒントがたくさん見つかる。

ただの翻訳ではない映画字幕の世界。筆者はどうしても、そこに俳句を感じてしまう。この本を読んだ後、その気持ちが一層強まった。

(文:宇佐和通)

映画字幕五十年

著者:清水俊二
出版社:早川書房
1931年初冬、ニョーヨーク。42丁目ではアステアが踊り、裏街ではマフィアが暗躍するこの街に、清水俊二はひとり降り立った。それは日本語スーパー字幕史の本格的な幕開けだった。「七年目の浮気」「ライムライト」「真昼の決闘」など、以来手がけた作品は千数百本! 飽くなき好奇心のおもむくままに多彩な経歴を歩んできたスーパー字幕の第一人者がその波瀾に満ちた50年を振り返る。字幕草創期の秘話、谷崎潤一郎との一夕、熱愛する宝塚、と次々繰り出される話題に興味は尽きない。’85年度日本エッセイスト・クラブ賞受賞!

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