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夏休みは競馬ミステリー小説で楽しもう!

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馬好き、競馬好きが選ぶ好きな小説家ナンバーワンは、たぶんディック・フランシスだろう。彼はイギリス人作家だが、もともとは障害競馬の騎手だった。

『本命』『大穴』『罰金』『利腕』などなど、多くの競馬推理小説があるが、その中で私がいちばん好きなのは、『名門』(ディック・フランシス・著、菊池光・訳早川書房・刊)だ。

イギリス王室所有のアスコット競馬場

イギリス王族は今も昔も乗馬、競馬好きで知られている。ロンドンの西に位置するウィンザー城の近くにあるアスコット競馬場は、大の馬好きだったアン女王の命によって1711年に創設された競馬場だ。

現在はヨーロッパ三大レースのひとつ“キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス”が行われる競馬場として有名だが、1945年までは毎年6月に“ロイヤル・アスコット・レース”と呼ばれた4日間の王室主催の競馬が開催されていた。『名門』はこの4日間を舞台にストーリーがはじまる。

ロイヤル・アスコット・レース期間を初めて経験する者の印象は、当人の基本的な物の考え方によって、思いがけない楽しさか、清教徒的不快さのどちらかになる。鮮やかな緑の芝、咲き乱れる花、明るい彩りのドレス、フワフワした帽子、グレイの正装した優雅な紳士たちを見て、気持ちが昂揚するか、世界の多くの人々が飢えている時のシャンパンとイチゴを恥じるか、そのいずれかである。

(『名門』から引用)

最強の種馬をめぐる陰謀

物語は“ロイヤル・アスコット・レース”を制した世界最強の種馬の血統に賭ける中流の生産牧場と、そこに500万ポンドを融資した銀行が窮地に追い込まれる展開だ。名馬が種付けをした牝馬が次々と奇形の子馬を産んだ。なぜ? 誰が? どうやって? 銀行の青年重役が刑事さながらに事件の核心に迫っていく。最後までハラハラ、ドキドキの連続で一気に読みたくなる一冊だ。

イギリス競馬界を知り尽くした筆者の風景描写、人物描写はさすがで、読者をかつての”ロイヤル・アスコット・レース”の世界へと連れて行ってくれる。

夏競馬といえばドーヴィル!

さて、夏真っ盛り。

ヨーロッパ三大レースのひとつ凱旋門賞を秋に控えたフランスは今、どうなっているかというと、この時期はパリにあるロンシャン競馬場、オートゥイユ競馬場、そして今年の秋にはロンシャン改装中のため凱旋門賞の舞台となるパリ郊外のシャンティイ競馬場は閑散としている。パリの人々は皆、バカンスに出掛けてしまうため、社交の場はリゾート地へと移るからだ。

フランスの夏競馬といえば、ドーヴィル競馬場が有名だ。ドーヴィルは、クロード・ルルーシュの映画『男と女』の舞台となったノルマンディの海沿いのリゾート地。パリからは車で2時間ちょっとの距離にある。

ドーヴィルは人と馬とが共存する街で、競馬場ではサラブレッドが疾走し、また、遠浅の海では馬たちが波打ち際を散歩する光景が日常的に見られる。

子供たちのドーヴィル競馬場合宿

夏にはジャック・ル・マロワ賞などのレースで華やかな顔を見せるドーヴィル競馬場だが、シーズン前の春には乗馬を習う子供たちの合宿が30年以上も前から毎年行われている。ドーヴィル市とフランス・ギャロ(フランスの競馬統括機関)が、馬好きの子供たちを競馬場に招待してくれるのだ。

ドーヴィル競馬場の古い厩舎は、1階が馬房、上階は簡易宿舎になっている。トイレもシャワーも共同の施設だが、子供たちの合宿にはうってつけの場となっているのだ。

馬好きの我が娘も13歳のときに、この合宿に一度だけ参加したことがある。1人に1頭の馬が割り当てられ、合宿中はその馬に乗ることだけではなく、馬の世話や健康管理も各自が責任を持つことになったそうだ。

午前中はサラブレッドたちの調教が行われるため、子供たちは競馬場の外に出る。昼までは馬に乗って街を歩き、海岸を走って過ごし、午後になると競馬場で競馬のレッスンも受けたという。

憧れの武豊騎手のように

公園の引き馬で満足していた娘の馬好きが加速したのは武豊騎手を見たことからはじまった。武豊騎手は2001年から2002年にフランスを拠点に活躍していたが、当時5歳だった娘は「タケのように上手に馬に乗れるようになりたい」と言って乗馬をはじめることになったのだ。

フランスでは水泳やサッカーを習うのと変わらないレッスン料で馬も習える。乗馬が庶民のスポーツだったのはラッキーだった。

ドーヴィル合宿初日の自己紹介で娘が「日本人です」と言うと、主催者が「ユタカ・タケの国だね」と答えてくれたそうだ。武豊騎手はフランス競馬界では有名で、その騎乗スタイルは競馬学校のお手本となっていると聞いたそうだ。

一流のジョッキーたちが駆ける競馬場の同じコースを、子供たちも自由に走らせてもらえたという。

ドーヴィル競馬場はなんと寛容なことか。

その後、娘には競馬の騎手や乗馬の選手になる才能はなかったようで、今は、ただの馬好きになっている。が、ドーヴィル競馬場の思い出は、いつもナンバーワンだと言っている。

(文:沼口祐子)

名門

著者:ディック・フランシス(著) 菊池光(訳)
出版社:早川書房
〔競馬シリーズ〕名馬を種付けした子馬に次々と奇形が生まれた! 生産牧場に融資していた商業銀行エカテリン社の青年重役ティムは事態を救おうと死力を尽くすが……何者かの陰謀か? としたら何のために、またどうやって? 名馬の血統に賭ける生産牧場と名門銀行家の苦闘を巧みなストーリイ展開で描く。

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