ハウツーが満載のコラム
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暑い夏、うなぎもいいけどジビエ(獣肉)もね。

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神戸に住んで31年になる。
引っ越して来た当初は、新しい土地での毎日にワクワクしていた。
初めて住む関西。
港町の開放的な雰囲気。
そして、なんとなくハイカラな街並み。
移り住んだマンションが、山の中腹に建っていることにも興奮した。
毎日が林間学校みたい、そんな風に思った。
ところが、ある夜更け、私は奇妙な物音で目がさめた。

山から聞こえるまがまがしい声

山に面したベランダに出てみると、様子がおかしい。
何かがいる。
最初は空耳かと思ったが、確かに奇妙なうなり声が響いてくる。
真っ暗な山の中にまがまがしい何かが潜んでいるとしか思えない。
夫を揺り起こして報告すると、「何だよ、変な声がするって? アベックじゃないの? デートしてるんだよ。そっとしておいてやりなよ」と、相手にしてくれない。
デート? 山で? こんな夜中に?
他にいくらでも行く場所あるでしょうに・・・。

赤い目の正体

その日はよくわからないまま寝たのだが、1週間が過ぎたある日、私は好奇心を抑えられなくなった。
奇妙な声は続いていたのだ。
懐中電灯を握りしめ、思い切って山を照らしてみた、そして、次の瞬間、見てしまった。
急な斜面に光る真っ赤な目を。それも、あちこちに。
な、何だこれは?
その驚きといったら・・・。
家族に知らせることもできないまま、私は懐中電灯を振り回した。
対する赤い目の持ち主も驚いたようだ。
ガフッとかブヒッという声を残し、ものすごい勢いで急な斜面を駆け上がるや、姿を消してしまった。
アベックではなかった。
それは山に住むイノシシだったのだ。

食べちゃいたいが、そうもいかない

そのときの私はまだよそ者で、神戸がイノシシ天国だと知らなかった。
禁猟区のため、捕獲は禁じられているという。
それどころか、餌付けする人が後を絶たない。
知り合いの女性は私にこうぼやいた。
「最近、パンだけじゃ食べないのよ。ジャムを塗ってやらないと駄目なの。困っちゃうわ」
困っちゃうのはこちらである。
いいの? そんなことして。人間に近づきすぎて問題を起こすようになるのも当然である。
私自身、ウリボウをつれたイノシシに何度も遭遇した。
それどころか、襲われて血まみれになった人を助けたこともある。
あまりの数の多さに、「つかまえて、イノシシ鍋にしたらいいじゃない。これこそジビエじゃないの!食べちゃおう。神戸牛なんて言っていないで、神戸のイノシシを特産品にしよう」と、訴えたのだが、知り合いに「そんなに簡単なことではないよ」と、諭された。
山の獣を捕獲し、食肉とするには、地道な努力が必要だという。

なぜわざわざ猟師になるのか?

猟師食堂』(田中康弘・著/エイ出版社・刊)では、山で暮らす野生の獣を自らとらえる人々が紹介されている。
真のジビエとは何か?について、改めて考えさせられる一冊だった。
多くのレストランは、ジビエ肉を専門店から仕入れて使うのだが、著者・田中康弘は猟師によって捕らえられた獣を猟師が調理することにこだわった。

そのような店を対象に選んだ理由は、決してグルメ指向ではない。ジビエ肉を仕入れて使えば簡単なのに、何故わざわざ楽ではない猟をしてまで他者に提供するのか。その理由を探ってみたかったからだ。

(『猟師食堂』より引用)

9軒の猟師食堂

取り上げられた猟師食堂は9軒。
猟の方法も、食堂を開いた理由も、調理の方法もそれぞれだ。男性もいれば、女性もいる。
共通するのは、自らの足で獲物を追いかけ、鉄砲や罠で獣を捕まえ、解体し、最高の状態で調理場に持ち込み、絶品の一皿を目指すことだ。
彼らはレストランのオーナーであり、熱心なコックであり、そして、優秀なスナイパーでもある。
個性的で、魅力的で、たくましく、自然に従順なその生き方を知ると、「そこらへんに歩いているイノシシ、食べちゃえばいいのに」などとのんきに言っていた自分が恥ずかしくなる。

鹿は死ぬと目の色が翡翠色になるという

鹿が死ぬときをとらえた写真にも、衝撃を受けた。
我が家の裏山で赤い目をしたイノシシを見たときにも感じた畏敬に満ちた感情だ。

横倒しになった目から急速に力が失われ、そして、薄緑色に変わる。いつもの見慣れた光景、命が消える瞬間

(『猟師食堂』より引用)

鹿は死ぬと、目が翡翠色に変わることも、初めて知った。肉を得るということは、悲しみに満ちている行為なのだ。
しかし、猟師は感慨に浸ってなどいられない。
すぐに解体のための準備を始める。

獣の肉が元気をくれる

かわいそうだと言う人もいるかもしれない。
現に私の友人は、鶏を絞めるのを目撃してから、一切の肉を拒否するようになった。
けれども、私は、やはり肉を食べて生きていきたい。
それも、できれば、獣の力を感じる野生の肉を。
息子が幼かった頃、できる限りジビエ料理につれていった。
「散弾の弾が入っているかもしれないんだって。すごいね」と言いながら、野鴨をほおばる姿を見ると、幸福になった。
今や息子も成長し、ジビエを食べるチャンスも減っていたのだが、 『猟師食堂』に掲載された9つのレストランのすべてに足を運びたくてたまらない。
ちなみにジビエは秋からのものと思っていたが、『猟師食堂』に紹介されたお店は、予約が必要なところはあるものの、夏も営業しているそうだ。
夏の暑さを乗り切るため、ウナギもいいけど、ジビエもいいのではないだろうか?

(文・三浦暁子)

猟師食堂

著者:田中康弘
出版社:エイ出版社
店主みずから猟をして、仕留め、解体して、調理して、極上のジビエ料理として提供する……この本ではそんな店を紹介しています。獲物はシカ、イノシシ、鳥、ときにはタヌキなどさまざま。 猟師であり料理人である彼ら店主が、どんな方法で猟を行うのか? どのようにさばいて獣肉や鳥肉を新鮮に保っているのか? なににこだわり調理しているのか? さらには、命をいただくとき、彼らはなにを感じ、思考しているのか? 獣肉と食のプロである店主とともに、著者でありカメラマンである田中康弘氏が山へわけ入り、あらゆる行程を撮影し、そして食して語るルポルタージュです。舞台となるのは、東京、愛知、石川、滋賀、大分、佐賀など。

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