ハウツーが満載のコラム
文字サイズを変更する

あえて直視すベき誘拐・監禁事件の背景

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

1965年制作のハリウッド映画『コレクター』。人付き合いが苦手で、蝶のコレクションが趣味の男性が、コレクションの対象を人間の女性に広げていく狂気を描いたサスペンスだ。60年代半ばの時代では映画という絵空事の中でもショッキングだったシチュエーションが、今は現実世界でも起こっている。それは、いつもと何ら変わらない日常の中で突然襲ってくる。

東中野駅で保護された女子中学生

今年の3月27日、JR東中野駅で15歳の女子中学生が保護された。駅構内の公衆電話から自分で自宅と警察に連絡を入れ、現場に警察官が駆け付けた。持っていた生徒手帳から、2014年の3月10日に埼玉県朝霞市で学校帰りに誘拐され、行方不明になっていた女子中学生であることが確認された。
後になって明らかになった事件の展開は、こんな感じだ。犯人は2年前、千葉市稲毛区のマンションに住んでいたが、そこから埼玉県朝霞市まで行き、前々から目を付けていたと思われる被害者の少女にフルネームで話しかけ、「両親が離婚することになったので、弁護士である私と一緒に来てほしい」と車に誘い込んだ。
少女が車に乗ると、今度は「両親に借金があるので、そのためにあなたの身柄を預かることになった」と言って目隠しをし、自宅マンションまで連れ帰ったと思われる。以来、2年間もの監禁生活が続いた。

ストックホルム症候群とマインドコントロール

この種の事件が起きるたび、ストックホルム症候群とマインドコントロールという言葉が一対になって使われる。
ストックホルム症候群というのは、人質となった被害者が犯人をかばったり、犯人に協力するような行動に出たり、あるいは犯人に対して同情や好意を抱くようになる心理状態を意味して使われる言葉だ。
1973年、スウェーデンのストックホルムで起きた銀行強盗・人質立てこもり事件において、被害者であるにもかかわらず、人質の中に犯人に協力するような行動に出る人たちがいたことから、主として精神医学分野の専門用語として使われるようになった。
一方、今回の女子中学生誘拐監禁事件の場合は、犯人が毎日のように「お前は両親に捨てられた」と言い続け、被害者自身も自分で口に出して言ったり、文字にして書いたりすることを強いられたと伝えられている。犯人は、こうしたマインドコントロール・テクニックを通じて被害者の意識を支配していったと考えられる。

逃げなかったのではなく、逃げられなかった少女

事件の詳細が明らかになるプロセスで、マスコミの一部に「なぜ逃げなかったのか」といぶかる人たちが続出した。確かに、女子中学生はテレビ視聴やインターネットの使用も許され、食材の買い出しや宅配便の対応も任されていたという報道もあった。
でも、逃げなかったのではなく、どうしても逃げられなかったとは考えられないだろうか。どのような縛りがかけられていたのかはわからない。それは、前述したわかりやすい形のマインドコントロールだったかもしれない。それ以外のことが原因だったかもしれない。
当事者間でしか知り得ない、すべてに優先する縛りがあったからこそ、彼女は逃げられなかったのではないだろうか。その理由を考えるにあたって、紹介しておきたい本がある。

9年以上にわたる監禁生活

『新潟少女監禁事件 密室の3364日』 (松田美智子・著/朝日新聞出版・刊)は、新潟県で起きた少女誘拐・監禁事件に関する渾身のルポルタージュである。事件について少しだけ触れておこう。1990年11月、新潟県三条市内で誘拐された9歳の少女が、2000年1月に新潟県柏崎市の犯人宅で発見された。9歳で誘拐された被害者は、すでに19歳になっていた。
本書は、事件発覚から裁判にいたる時間軸を中心にした構成で進む。犯人の少年時代のエピソードや取り調べ時の警察官とのやりとりがフラッシュバックのように各所に挟み込まれ、ドキュメンタリー映画を見ているような感覚で読める。
被害者は、犯人が母親と同居する家で監禁されていた。事件についての報道があった時、一部のコメンテーターが「なぜ母親が一緒に住んでいて9年間も何もしようと思わなかったのか」といぶかっていた。
犯人の母親の心理状態は、東中野駅で保護された少女と同じだったのだろう。何もしようと思わなかったのではなく、何もできなかったに違いない。犯人が支配していたのは被害者だけではない。きっと母親もマインドコントロールにきわめて近いもので縛りつけていたのだろう。

One-sit readな一冊

One-sit readという言葉がある。一度座って開いたら、止められなくてそのまま読み切ってしまう本という意味だ。『新潟少女監禁事件 密室の3364日』は、まさにこの表現がふさわしい。万人受けする一般的なテーマではない。むしろ、多くの人が避けて通るダークなジャンルだろう。
信じられないような事件を起こす人間の人格は、どう形成されたのか。犯人は、被害者に対して何をしたのか。裁判はどのように進み、何が明らかにされたのか。そのまま飲み下すのが難しい文章もあちこちにちりばめられている。だからこそ、さらに読み進んでしまう。そして、絶望的な内容なのに読後感は不思議なほど爽やかだ。
今回の誘拐監禁事件についても新潟の事件についても、「常識では考えられませんね」とか、「なぜ逃げられなかったのでしょうか」としかおっしゃっていなかったコメンテーターのみなさん。ぜひご一読を。

(文:宇佐和通)

新潟少女監禁事件 密室の3364日

著者:松田美智子
出版社:朝日新聞出版
男はなぜ少女を拉致したのか?9年2か月にわたる監禁の全貌とその後の新事実を明かす衝撃のノンフィクション。新潟地裁から最高裁まで取材し続けた著者が、事件の経緯と男の心理を丹念に追い、監禁事件の真実を炙りだす。文庫化にあたり再取材を重ねて、大幅加筆。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事