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もっと若く、さらに美しくなるために、西太后が選んだ5つの食材

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中国は清朝末期、皇帝をさしおいて、政治を取り仕切った女性がいた。
その名は「西太后」。
「悪女のなかの悪女」として忌み嫌われ、中国を滅亡に追い込んとも言われる希代の烈女だ。
皇帝である息子や甥を毒殺したという噂まであり、従わない者には残虐な刑罰を加えたという。
「手足を切って壺にいれたままダルマ状態で生かしておいた」とか「井戸の中に投げ込んで殺害した」など、ぞっとするような話に事欠かない。

西太后も一人の女

ところが、実際に北京の故宮へ行き、西太后が暮らしたという部屋を見学すると、「彼女は本当に残酷な人だったのだろうか?」と、疑わしい気持ちになる。
妙に乙女チックで、かわいらしい装飾が施されているからだ。
西太后のアンチエイジングレシピ』(阪口珠未・著/主婦の友社・刊)を読んだときも同じ感想を抱いた。
この本は、中国薬膳のパイオニアであり、北京中医薬大学日本校で講師を務める阪口珠未が、門外不出と言われる宮廷美容食について記したものだ。西太后の美容への関心がただならぬものであったことや、40代にはひどい更年期障害に悩まされ、不眠や消化不良に苦しんだことなどが明かされている。
そう、西太后も、ストレスに押しつぶされそうな一人の女であったのだ。

美しいまま老いるには

しかし、そこは西太后である。忍び寄る老いや、心身の不調に負けてはいなかった。
お金だってたっぷり持っている。
富と権力をふるい、自分を綺麗に若々しく保つため、努力を惜しまない。人の上にたつものとして、オーラをまとっていなければいけなかったのかもしれない。
その甲斐あってか、更年期の不調を克服し、74歳まで若く、美しく、惚けることもなく、生き抜いた。
当時の平均寿命は45歳くらいだったというから、長寿を全うしたと言っていいだろう。

若さを保つための7つのキーワード

『西太后のアンチエイジングレシピ』には、西太后の若さを示す7つのキーワードがあげられている。

1:ファッションリーダーであったこと
2:頭脳明晰であったこと
3:美肌と黒髪を維持したこと
4:愛され体質であったこと
5:美食家であったこと
6:好奇心旺盛であったこと
7:花を愛で、楽しみ、料理にも使ったこと

とりわけ、食事には気を配り、1日の食費は1千万円にのぼり、山海の珍味がいつも100皿以上饗されたという。

西太后のレシピを現代の食卓に

西太后の食事はあまりにも贅沢であり、庶民には縁遠く、「真似ようたって無理」と、絶望しそうになる。しかし、ここで立ち止まって考えなければいけない。
100皿以上の食事が用意されると言っても、すべてを西太后が独占するわけではない。彼女が食事を終えたあとに、部下の者たちもお下がりをいただくのだ。
著者は西太后のレシピとして残された膨大な資料を研究し、検討した。そして、アンチエイジング効果の高い食材を選びぬき、私たちにも簡単に作ることができる料理レシピを完成させたのだ。

アンチエイジングのために選ばれた5つの食材

アンチエイジングの特効薬として選ばれた食材は次の5つ。どれも西太后の好物であったという。そして嬉しいことに、私でも手に入れられる。

1:山いも 滋養強壮効果が高いうえ、消化がいい。西太后は胃腸が弱く、ストレスが胃にくるタイプだったため、山芋のお粥が大好物だったという。
2:くるみ 木の実には大木の生命エネルギーが宿るとされており、とくにくるみは、脳の老化予防に力を発揮する。
3:黒ごま 真っ黒でつややかな髪の毛を保ち続けた西太后。その秘密はポリフェノールたっぷりのごまをたくさん取ったから。
4:鶏手羽 コラーゲンたっぷりの鶏手羽先。保湿効果も高く、肌をきれいにしてくれる。
5:大根 デトックスとダイエットには欠かせない食材。宮廷ではあまり食べることのなかった大根をメニューに加えたのは、他でもない西太后であったという

西太后への伝言

中国の三大悪女として評判が悪い西太后。
しかし、その実態は私たちと同じで、若く綺麗でいたいと願う一人の女であったのだ。

著者は私たちに豊富なレシピを教えてくれた後、こう呼びかけている

もっと欲しいって言っていいのです。
もっと美しくなっていいのです。
もっとタフになっていいのです。

西太后のように!

『西太后のアンチエイジングレシピ』より引用

私も西太后に伝えたい。
老いになんか負けません。
ストレスも粉砕して、綺麗になります。
おいしいものを食べて、昨日よりも今日、若くなるよう努力します!と。

(文・三浦暁子)

西太后のアンチエイジングレシピ

著者:阪口珠未
出版社:主婦の友社
西太后(1835~1908年)は、臨終の前日まで、若々しく頭の切れも鋭い女性でした。女性の平均寿命が40歳代の時代に、74歳という超健康長寿!彼女の生きた清帝国最後の時代は、権力争いがあり国内も乱れ、国外からも圧力をかけられ、常にストレスフル。けれども、西太后はそれに負けず、常に前向きで、権力とともに若さと美しさを追い求めました。

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