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あなたの常識をくつがえす「禅ことば」

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聞いていて、全く意味が分からない問答のことを「禅問答」と言いますよね。たしかに、禅で使われる言葉は、一見「?」と思うものばかりです。
でも、じつはその「?」が、常識や習慣で凝り固まったあなたの頭をほぐしてくれるんです。

理工学部で情報工学を学んでから禅僧になったという異色の経歴の持ち主・泰丘良玄さんの著書『理工学部のお坊さんが教えてくれた、こころが晴れる禅ことば』(ブックビヨンド・刊)の中から、そんな「禅ことば」をいくつか紹介します。

乾屎橛(かんしけつ)

ある日、修行に悩む弟子から、「仏とは何か」と、問われた雲門和尚は答えました。

「乾屎橛」

乾屎橛とは「糞掻き箆」のこと。紙が貴重な時代に、使われていたのが乾屎橛、です。

尊い「仏」を汚い「糞掻き箆」であるとは、なんたる糞坊主!と、憤ったあなた。
まさに、あなたのその常識を打ち破るのが「乾屎橛」という言葉なのです。

雲門和尚は「仏が汚いモノ」と言いたいわけではありません。
仏=尊いもの。糞掻き箆=尊くないもの、と見るその常識に警鐘を鳴らしているのです。
糞が汚いときもあれば、うれしいものになる場合もある。「糞」ですら、その時々の状況によって変化します。
つまり、尊いとか貧しいとか綺麗だとか醜いとか、その判断は人それぞれであって、この世に絶対的なものなど一つも存在しないのです。
それを「糞掻き箆」の一言で雲門和尚は言い表したのです。
深い!

放下著(ほうげじゃく)

趙州和尚の弟子の一人が師匠に質問しました。
「私は厳しい修業を経て悟りを開くことができました。次はどうすればよいですか?」

趙州和尚の答えは

「そんな悟り捨てちまえ」

「悟ったから、次、どうすればいい?」
って、なんだか悟った人の物言いではない気がしますよね。
禅の悟りを表現するのによくつかわれる言葉に、「味噌の味噌臭きは上味噌にあらず」という言葉があります。
要するに、「悟り臭さ」が残っているうちは、本当の悟りではないということ。
つまり、趙州和尚は弟子の「悟り臭さ」を見破り、自分は悟ったとおごった弟子を厳しくいさめているんですね。

この弟子の悟りは偽物でしたが、せっかく悟ったのに! 仏の道を究めたのに! 捨てるなんてもったいない!
そう思ったあなた。「放下著」は、その「もったいない」という考えを戒めるための言葉でもあるのです。

目標に向かって努力し、何かを成し遂げる。それ自体は素晴らしい事です。でも、そこで止まってしまっては、その後の成長はありません。
得たものを捨てることはとても難しい事。しかし、手放して捨て去る勇気をもち、さらに前に進む重要性を教えてくれているんです。

頭をやわらかく

今まで常識だと思っていたが、じつは違うんじゃないか。
普通のことだと思ってたけど、じつはすごいことなんじゃないか?
禅の言葉に触れることで、日常生活がまったく違う風景に見えてきませんか。

「禅ことば」には思考を柔軟にして、凝り固まった頭を解きほぐすストレッチの効果があるのかもしれません。

さぁ、みなさんも「禅ことば」で頭のストレッチをしてみませんか?

(フムフム編集部)

理工学部卒のお坊さんが教えてくれた、こころが晴れる禅ことば

著者:泰丘良玄
出版社:ブックビヨンド
多くの著名人が注目する「禅」文化。本書では、わかりやすい31個の禅ことばを紹介しています。「禅」の入門書として気軽に楽しんでいただくことができます。
坐禅の仕方から禅の文化までことば以外にも理工学部出身のお坊さんがやさしく詳しく教えてくれます。

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