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散歩がてらの「がてら」について考える

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「散歩がてら」という言葉の用法がある。「がてら」とは、「兼ねて」とか「ついでに」という意味だ。なにか用事があるついでに歩いてゆく。積極的に歩きたいわけではないけれど、向かう先が歩いて行ける距離だから「散歩がてら」ゆく。

ヒトは「散歩がてら」でなければ長距離を歩こうとしない。たった200メートルならば誰だって歩いてみせる。しかし、2キロメートル先へ向かうときはどうだろう。たいていの人はなるべく歩かずに済ませようとする。

仕方なく。べつに嫌いではないから。たまにやってみるのも悪くない。言い訳がましい「散歩がてら」という言葉は、ヒトという生物が歩くことに積極的でないことを裏付けるものだ。

散歩よりも自発的に思える「ウォーキング」ですら、健康増進が主な目的であって、歩くことそのものは手段にすぎない。だからジョギングと同じように長続きしない人が多い。ヒトは歩くことが好きではないのだ。

散歩の天才

散歩もの』(久住昌之・著 谷口ジロー・著/扶桑社・刊)という漫画作品がある。『孤独のグルメ』制作者コンビが、雑誌「通販生活」誌上で連載していたものだ。

『散歩もの』に登場する男は、あるとき、普段づかいの自転車を盗まれてしまう。数日後、撤去された放置自転車が集まる施設へ、男は「散歩がてら」向かう。盗まれた愛車が届いていないか確かめるためだ。結局、見つからなかった。

帰りのバスを待つのがもどかしくなった男は、つぎのバスがやって来るまで「散歩がてら」に時間をつぶすことにした。知らない街をあてもなく歩いてゆくのは刺激的だった。それ以来、男は散歩の面白さに目覚めてしまう。「俺って散歩の天才かも」なんて軽口も飛びだすほどだ。

買い食い

うまい
今年初のアイスコーヒー

(『散歩もの』から引用)

散歩には、飲料の自動販売機が欠かせない。特にダイドーの飲料自販機が買い食いを誘う。缶コーヒーのほかにも、他社にはないゼリー炭酸やナタデココ飲料やミルクセーキなどの変わり種ジュースを取り扱っているからだ。

物珍しさで飲んでみたものの、期待を上回る味だったことは一度もない。コンセプトは斬新だが、味は平凡なことが多い。わかっているのに駄菓子感覚で何度も買ってしまう。

自販機は、設置場所によって価格が異なる。おなじ商品でも130円の通常価格どおりのこともあれば、別の自販機では20円安い110円で売っていたりする。350ミリリットルの缶コーラを買ったあと、おなじ価格で500ミリリットルのサービス缶を売っている自販機を見つけると「負けた」ような気分になる。ひとりで悔しがっている。そんな人生。

犬の散歩

できるかなあ
実はオレ犬の散歩一度もしたことないんだ

しかもこんな大きな犬

(『散歩もの』から引用)

日本にはおよそ1千万匹の飼い犬がいるそうだ。どこを歩いても、犬の散歩をしている人とすれちがう。

いろんな飼い犬がいる。短足でおデブな犬は愛らしい。ヒモで無理矢理に引き回されて首がもげそうになっている飼い犬をたまに見かける。逆に、飼い主を引っ張りまわしている元気な犬も。

最近では、犬のフンを放置していく飼い主にはめったに出会わなくなった。かならずビニール袋や紙袋を持ち歩いている。マナーが行き届いて結構なことだ。

向かうさきで野良猫に出会えれば幸運だ。いや、飼い猫かもしれないので、ここはあえて「路地猫」と呼ぶことにしよう。心がいやされる。「おい」と呼びかけたら「にゃ~ん」と鳴きかえしてくれれば最高だ。

夜歩く

そして今
俺はその眠った人間の群れの中を
たったひとり起きて歩いているんだな

(『散歩もの』から引用)

終バスや終電をのがしたとき。だれも迎えに来てくれる人がいない我が身の現状を思い知りながら、ひとり夜の街をあるく。

こわい。襲撃されたらどうしようかと不安になる。通り魔にあったことはない。そのせいか不安よりも開放感がまさる。酒を飲んでいるときなどは、くちびるがマイ・フェイバリット・ソングを口ずさむ。

夜の散歩者は、みな同じことを考えるようだ。自転車で走っているやつが歌をうたっていることが多い。闇夜では、おたがいの存在に気づくのが遅れる。反応はさまざまだ。そのまま歌いつづける者。恥ずかしくなって口をつぐむ者。

歌うのをやめてしまった者には「ヘイ、シンガー。どうした? つづきを聴かせてくれよ」と声をかけたくなる。かけたことはないが。真夜中の散歩ではふるまいに気をつけないとあとで大変なことになる。

(文:忌川タツヤ)

散歩もの

著者:久住昌之、谷口ジロー
出版社:扶桑社
文具メーカー勤務のサラリーマン・上野原が、勤務中や休日に歩いた都内の風景の数々。北品川、目白、吉祥寺、井の頭公園…。ふと目にとまった出来事を淡々と描くことが、ここまで上質な人間ドラマを生み出した。「孤独のグルメ」の黄金コンビが贈る、極上のエッセイ風コミック。

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