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その日、世界に紫色の涙が降ったのさ

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マイケルの時は、まったくと言っていいほど実感がなかった。ホイットニーとドナがわずか3ヵ月間にたて続けに亡くなった2012年は、ただただ驚いた。そして今、どえらい喪失感に押しつぶされている。あのプリンスが、あまりにも突然にいなくなってしまった。

『1999』から『パープルレイン』

プリンスというアーティストを知ったのは20歳の頃。当時バイトしていた店の先輩に勧められ、『1999』(1982年発売)を買ったのがきっかけだった。このアルバムを初めて通して聞いた時の衝撃というか高揚感は、ちょっと説明しにくい。特に2曲目の『リトル・レッド・コルベット』はプリンスというアーティストの世界観を端的に示している気がして、今でも筆者にとってのベストチューンだ。
その後アルバムを遡る形で『Controversy』(1981年リリース)『Dirty Mind』(1980年)『Prince』(1979年)『For You』(1978年)と立て続けにテープを買い、ウォークマンで聞きまくっていたが、真のプリンス体験は1984年に訪れた。もちろん『パープルレイン』にほかならない。よく『スターウォーズ』の第1作を何回見た的な自慢話があるが、『パープルレイン』を見た回数なら、まず負けない自信がある。

日本初降臨

『1999』でブレイクし、『パープルレイン』でさらに新しいファンを得たプリンスが、映画にも登場したバンド、ザ・レボリューションと一緒に初来日したのは1986年。もちろん横浜スタジアムでのライブに行きました。
アルバムで言うと『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』や『パレード』のあたりだったこのコンサートは、ブートレグ版が出ているようだ。セットリストを見るだけで、スタジアムの匂いまで思い出せる。
『パープルレイン』が大ヒットした年、本国アメリカの音楽専門誌ではプリンスが〝好き嫌いが最も激しく分かれるアーティスト〟として紹介されていた。一方日本では〝立ち上がった爬虫類〟というキモいキャッチフレーズを付けられ(ちなみに『Controversy』の日本語タイトルは『戦慄の貴公子』という総合格闘技のファイターっぽい響きの言葉だった)、日本の一部のミュージシャンや音楽評論家からは「ジミ・ヘンドリックスのコピー」と見なされていた。

聖地ミネアポリス

立ち上がった爬虫類だろうが、ジミ・ヘンドリックスのコピーだろうが一向にかまわない。1987年から毎年『サイン・オブ・ザ・タイムズ』『ラブセクシー』『バットマン』『グラフィティ・ブリッジ』と次々にアルバムが発表される中、もう我慢できなくなった。一刻も早く殿下のお側に馳せ参じるべきだ。そうに決まっている。
ミネソタ州ミネアポリスを訪れたのは、『ザ・ブラック・アルバム』(1994年)のリリース約1ヵ月前の10月だ。『パープルレイン』のロケ地となったダウンタウンのライブハウス「ファースト・アベニュー」やIDSセンター、ミネソタ川をはじめ、ミネアポリス市内を巡った。レコーディングが行われるペイズリー・パーク・スタジオも一目見たかったのだが、この時は行けなかった。
そのかわり、何年か後にラスベガスのハードロック・ホテルに行って、『パープルレイン』で使われたホワイト・クラウド・モデルのギターと衣装をしっかり目に焼き付けてきた。

言いきれないし、聞ききれない

筆者は音楽評論家ではない。だから、プリンスの楽曲が後の世代のアーティストにどのような影響を与えたかとか、ファンクとポップの融合をいかにして完成させたかとかについて語ることはできないし、その資格もない。プリンスがただ好きなのだ。大、大、大、大、大好きなのだ。そして、どのくらい好きだったかを何かの形で残しておかずにはいられない。寝ても覚めても、さまざまな曲が頭の中を駆け巡っている。ああ、もうどれだけ聞いても足りないよ。もちろん、どれだけ好きかも言いきれない。好きな曲も全部触れたいけど、とてもスペースが足りない。

プリンスフィリア

『音楽嗜好症(ミュージコフィリア)』(オリヴァー・サックス・著、大田直子・訳/早川書房・刊)は、2007年に出たハードカバー版で知っていたが、電子版で改めて読んでみた。脳神経外科医の著者が、さまざまなタイプの〝音楽に憑かれた人々〟について記した一冊である。筆者にとって特に興味深かった項目は、〝フランクシナトラの歌声が頭から離れずに悩む男性〟だ。起きている時間のかなりの部分を費やしながら、プリンスの曲を手当たり次第に流し続けている自分の姿がオーバーラップする。
この本のテーマは、音楽と精神、そして行動のリンクについての考察だ。でも、今の筆者にとってはプリンスと自分との距離感を確認するのに役立ってくれた。そんな言葉は存在しないが、筆者は間違いなくプリンスフィリアを患っていて、まだその頂点にある。プリンスロスではなく、プリンスフィリアだ。
2016年4月21日。その日、世界のあちこちで間違いなく紫色の涙が降った。

(文:宇佐和通)

音楽嗜好症(ミュージコフィリア)

著者:オリヴァー・サックス(著)、大田直子(訳)
出版社:早川書房
雷に打たれ蘇生したとたん音楽を渇望するようになった医師、ナポリ民謡を聴くと発作を起こす女性、フランク・シナトラの歌声が頭から離れず悩む男性、数秒しか記憶がもたなくてもバッハを演奏できる音楽家……。音楽と精神や行動が摩訶不思議に関係する人々を、脳神経科医が豊富な臨床経験をもとに温かくユーモラスに描く。医学知識満載のエッセイは、あなたの音楽観や日常生活さえも一変させてしまうかも?

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