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マイケル・ジャクソンやレディ・ガガも頼った老ドクター

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外国で病気になるのはつらい。
心細いし、不安だ。
ちょっとした風邪であっても、「客死」の言葉が頭をよぎったりする。
病院にたどり着いても、言葉がちゃんと通じているのか、支払いはどうなるのか等々、病気より不安に押しつぶされそうだ。
だから、私は、海外では熱が出ようが、お腹をこわそうが、手持ちの薬を飲んで、どうにかしのいできた。

ロバ車が救急車?

そんな私だが、海外の病院に行ったことはある。
あることはあるのだ。
それも、真夜中に。ロバのひく馬車に乗って。
シルクロードを旅行中、同行の女の子が、夜中に苦しみ出した。夕飯に食べたものであたったらしい。
嘔吐、下痢、発熱に加え、意識がもうろうとしているらしく、よくわからないことを呟いている。
深夜だったが、ガイドをたたき起こし相談すると、「救急病院に行きましょう。私も責任があります。あなたも一緒に来てください」と言うや、ロバがひく荷車のような、リヤカーのようなものを頼んでくれた。
タクシーが見つからないのだという。

満月の夜の診察

この際、文句を言ってはいられない。
ガタピシ揺れる荷車に、もがく彼女を押さえつけて乗り込み、病院に向かった。
真夜中だというのに、あたりは驚くほど明るかった。この世のものとは思えないほど綺麗な月が私たちを照らしてくれたからだ。
病院に着くと、「脱水していますね。点滴します」と言われ、彼女も納得したので、私は処置室のベンチに座り、待っていた。
すると、隣りの部屋から聞いたことのないようなうなり声が聞こえてきた。満月だけに、狼男の変身かと思うほど、すごい声だった。
ガイドに聞くと、彼は眠そうな顔で「お産が始まりました」と、答えた。
明け方に点滴は終わったが、赤ちゃんはまだ生まれず、陣痛の声は止まなかった。

六本木インターナショナル・クリニック

今も満月になると、たまらなく不安だったあの夜を思い出す。赤ちゃんは無事に生まれただろうか。
そして、日本にやって来ている外国人はどうしているのだろうと考える。
日本の医療は進んでいるとはいえ、言葉も通じないし、さぞや不安だろう。
一度、薬屋さんで、知らない外国人にいきなり手をつかまれ「熱があります。どの薬がいいか教えてください」と、必死の形相で聞かれたことがある。気持はよくわかる。
もし、そのとき、この『患者さまは外国人』(山本ルミ・原案、世鳥アスカ・漫画/CCCメディアハウス・刊)を読んでいたら、「六本木のインターナショナル・クリニックに行ったらいかがでしょう」と勧めたかもしれない。
そこに行けば、ロシア系の医師であるアクショーノフ先生と、日本人ナース、山本ルミさんが、優しく迎えてくれるとわかったからだ。
六本木にあるインターナショナル・クリニックは、外国人専門の病院で、日本の健康保険は使えない。
日本の中の小さな外国のようだ。

様々な患者さん達

インターナショナル・クリニックは不思議な病院だ。
まず、患者さんがそれぞれの文化を持っていて、自分の習慣を決して曲げようとはしない。
イスラム系の旦那様が、何人もの奥様を連れきて、「予防接種は第1夫人から順番に」と、厳命し、使う薬まで「妻を平等に扱わなくてはいけないから同じものに」と言ったりする。
そうかと思うと、風邪にはコーラをがぶ飲みすればいいと信じているフランス人や、胸毛が濃くて心電図を測るための吸盤がくっつかないイタリア人が来院したりもする。

赤ヒゲ医者、ドクター・アクショーノフ

ドクター・アクショーノフは、そんな患者達の希望を精一杯受け入れようとする。
彼自身、無国籍の身の上で、外国人の心細さをよく知っているのだろう。
ロシア人の父とドイツ系ロアシ人の母を持ち、満州で育った彼は、ひょんなことから華族である津軽義孝さんと知り合い、日本に留学して医師になるよう招待された。
努力の甲斐あって、晴れて医師になったものの、終戦と同時に生まれた国を失う結果となった。
それでも、日本で病院を持つことができた。ドクターの人柄もあり、外国人を診察する貴重な病院として評判となる。
しかし、東西冷戦の影響で、ソ連でも日本でもスパイ容疑で逮捕されるなど、苦難の人生を歩まなければならなかった。

マイケル・ジャクソン、レディ・ガガ、マドンナにブラッド・ピットも患者さんですって?

しかし、ドクターは負けなかった。
「国境のないクリニック」を目指し、日夜、努力を続ける。
患者さんのバリエーションといったら、それはもう様々で、強者揃いだ。
お金がなくて治療費が払えず、そのまま帰宅した患者さんが、後に治療費かわりにとニシンを10匹、まるのまま持って来たこともある。3枚におろすのは、ナースの役目だ。
そうかと思うと、往診に呼ばれ、ホテルのスイート・ルームに行ってみると、そこに座っているのは、な、なんとマイケル・ジャクソン。
ナースのルミさんは卒倒しそうになるが、ドクターは浮世離れしていて、彼がスターだとわからない。
そもそもドクターにとって、マイケル・ジャクソンも患者でしかないのだ。
ブラッド・ピットにも「君、何の仕事をしてるの?」と、聞いたりするというのだから、たいした人物だ。
他にも、レディ・ガガやマドンナも患者だったという。

スーパー・ナース

浮世離れした患者さんと浮世離れしたドクター。
両者をつなぐナースの苦労ははかりしれないが、彼女は看護の仕事の他に、電話の対応や受付、予防接種の証明書作成から、患者さんのランチの予約までする。
それだけではない。
エスコート・ナースといって、海外で怪我をして一人では帰れなくなった患者さんをエスコートして、無事に自宅まで送り届ける仕事もしている。
スーパー・ドクターのかげには、スーパー・ナースがいるということだろう。

今も残ると信じたい医療魂

残念なことに、2014年、ドクターは90才で亡くなった。
六本木の赤ひげと呼ばれた彼はもういないのだ。
ドクターは、最後まで、診察をしようと頑張り、成田空港まで往診に出かけたという。
そんなドクターを支え続けたスタッフたち。
そこには、医療を越えた魂の結束があった。
六本木インターナショナル・クリニックは静かに閉院したけれど、ドクターの示した愛情は皆の心の中に残っていると信じたい。

(三浦暁子)

患者さまは外国人

著者:山本ルミ(原案)、 世鳥アスカ(漫画)
出版社:CCCメディアハウス
今日もクリニックはドタバタ騒ぎ! お茶目なドクターと明るいナースが常駐、六本木インターナショナルクリニック物語。六本木飯倉片町にある外国人のための診療所「インターナショナルクリニック」を舞台にした実話。お茶目なドクターと明るいナースが対応する、さまざまな国籍の不思議な外国人患者とのオモシロ・ドタバタのコミックエッセイ。「ニシンで支払いをする患者さん」「ワイングラスにおしっこ?」「胸毛がモジャモジャ過ぎて心電図が取れない?」「偽名が多すぎる患者さん」「マイコー参上!」……etc.

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