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おそロシア! ロシアン・ジョークは笑えない?

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「わが国にジョークなど必要ない。なぜなら、わが国の存在自体がジョークだからである」

これは、旧ソ連の最高指導者であるブレジネフが言ったとか、言わないとか、酒場で話されるアメリカン・ジョークならぬロシアン・ジョーク。

ロシア語で「アネクード」、日本では「小話」と訳されることが多いが、ジョークとは言えど、日本の落語や漫才のように笑いのためにつくられたものではない。

独裁や秘密警察などの恐怖による支配、ペレストロイカの失敗に旧ソ連の解体などなど暗黒の時代を過ごしてきた民衆が、政治や社会に対する風刺・批判のために、投獄や死をも覚悟でつくったものなのだ。

ブレジネフは秘密警察を重用する恐怖政治を敷いた人。先のアネクードの意味は、ジョークも言えないような国が存在することがジョークだよ、といったところだろうか。

そんな“おろロシア”な時代に生まれたアネクードを、ロシアの歴史や文化の背景とともに紹介しているのが、フリージャーナリスト・酒井陸三による書籍『ロシアン・ジョーク』だ。

約20年にわたり仕事で出会ったロシア人たちと家族ぐるみの付き合いをし、そのネットワークをついには旧KGB幹部、当時(2006年頃)の外務大臣、副大統領にまで広げたという著者の説明は、ロシアに興味がない人も楽しめるほどユーモアたっぷりで分かりやすい。

その中から、「巨大魚を釣り上げる」「野生のアムール虎の襲撃からカメラマンを助ける」など数々の逸話がある、その存在自体がジョークのような現大統領のウラジミール・プーチンにまつわるものを中心にご紹介したい。

プーチンのアネクードは怪談話

1999年のチェチェン(旧ソ連解体後にロシアからの独立を宣言)の武装勢力による爆破テロ事件があった際に、「テロリストは絶対に許さない。便所のなかまで追い詰めて、肥溜めに叩き落としてやる!」という、一国の首相とは思えない発言で一躍その名を世に知らしめたプーチン。

しかし、「テロ」と呼ぶには、いくつかの決め手に欠いた同事件について、海外メディアの中には、「犯人の中にチェチェン人はいなかったのではないか」「FSB(ロシア連邦保安局)の自作自演ではないか」と報じるものも(この自作自演に関する証言をした元FSB中佐のアレクサンドル・リトビネンコが後に何者かに毒殺されたのは有名)。

元KGB東ドイツ担当スパイという経歴も手伝ってか、プーチンにはこうした策謀・暗殺の噂が絶えない。それをよく表したアネクードがこれだ。

 プーチンがモスクワの小学校を訪問したとき、子どもたちから多くの質問攻めに合った。そこで、ペーチャ・イワノフがクラスを代表して質問することになった。

「ボクは二つの質問があります」といって、ペーチャは聞く。

「一番目は、誰がチェチェンとの戦争を始めたのですか? 二番目は、誰がチェチェン人殺しを命令したのですか?」

すると、プーチンはみるみる青ざめた。と、そのとき、突然、終業のベルが鳴った。子どもたちはいっせいに廊下に出て、しばらく遊んできた。やがて、始業のベルが鳴ると、またクラスに戻って質問を始めた。こんどはミーシャが代表質問者となった。

「ボクは四つの質問があります」と言って、ミーシャは聞いた。

「一番目は、誰がチェチェンとの戦争を始めたのですか? 二番目は、誰がチェチェン人殺しを命令したのですか。三番目は、なぜさっき十五分も早く終業のベルが鳴ったのですか。そして四番目は、ペーチャはいまどこにいるのですか? です」

この余韻、もはや風刺というより怪談だ。

 世界の機密事項、あります

プーチンの怖さを表したものとしては、次のものも有名。

 「9・11テロ」でアメリカのペンタゴン(国防総省)が襲撃されたとき、プーチンはすぐにブッシュ大統領に、次のようなていねいなメッセージを送った。

『大統領閣下。このたびの襲撃で、もしペンタゴンの重要機密書類が紛失、あるいは消失した場合は、ご協力いたしますので、すぐにお知らせください。ただちにFSB(ロシア連邦情報局)に連絡をとって、そのコピーをお送りいたします』

このアネクードは、去年聞いていたら笑えたかもしれない。しかし、今は笑えない。多くの日本人にとって、「テロ」という言葉は、この頃はまだ対岸の火事だったのではないだろうか。

しかし、今年の1月に起きたフランスの新聞社「シャルリー・エブド」の襲撃事件に始まるフランスの連続テロ事件によって「国内育ちのテロリスト」の脅威を、そして先日のISILによる日本人の人質殺害事件によって、日本人もテロの脅威の対象となってしまったことをまざまざと知り、私たちを取り巻く世界は一変してしまった。

人質殺害の映像が脳裏をよぎるたびに、ネット上の発言にもどこか慎重になっている自分がいる。

しかし、恐怖の時代をアネクードという笑いで乗り越えたロシア人のように、命をかけて風刺したシャルリー・エブドの編集部の人々、そしてそれを支持した多くのフランス人のように、こんな状況だからこそ、恐怖を笑いに変えるくらいの気持ちで過ごしていくことが重要なのではないだろうか。

国内で批判を浴びた「クソコラ」も、批判・風刺の要素が加われば、日本のアネクードになり得るかもしれない。とは言い過ぎか。

最後に、湯川遥菜さんと後藤健二さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

(文:ツジコ エリコ)

ロシアン・ジョーク

著者:酒井陸三
出版社:学研パブリッシング
アネクドートと呼ばれる自虐的「小話」は、権力と体制への痛烈な風刺と辛辣な皮肉を込めた、ロシア庶民の「小さな抵抗運動」とも言える。ソ連崩壊以降迷走を続けるロシアという国家と国民を、ジョークで笑い飛ばしながら、よりわかりやすく解説する。

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