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年に一度、パリの街が19世紀へタイムスリップ!

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ユゴー、バルザック、フロベール、スタンダール、ゾラなど19世紀小説には”馬車”が頻繁に登場する。石畳のパリに響く馬の蹄の音、車輪の音、そして華麗な馬車の姿は今となっては想像するしかない?

いえいえ、実は一年に一度だけ本物を見ることができる日がある。ヨーロッパ最大のホースショー”サロン・ドュ・シュヴァル・ド・パリ”(パリの馬サロン)の恒例イベントのひとつとして、毎年約100台の馬車、150頭の馬がパリのメインストリートを駆け抜けるのだ。

馬車はステータスシンボルだった

馬車が買いたい』(鹿島茂・著白水社・刊)は『レ・ミゼラブル』、『ゴリオ爺さん』、『ボヴァリー婦人』、『赤と黒』、『ナナ』など19世紀の小説から当時のパリの世相を読み解いた一冊だ。

著者のフランス文学者・鹿島先生によると、馬車の正確な理解なくして19世紀フランス文学の理解はありえないという。それは馬車こそが、すぐれて階級的な文化であったフランス文化の特質をもっとも端的に表わしているオブジェだったからだそうだ。

19世紀に走っていた馬車の種類は多く、二輪馬車ではキャブリオレ、チルビュリーなど6種類があり、四輪馬車となるとベルリーヌ、クーペ、カレーシュなど14種類もあったそうだ。

地方からパリに出てきた小説の主人公たちにとって馬車を持つことが最大の障害であり、また大きな夢だったのだ。

我らが主人公たちが出世への野心を燃やすきっかけとなる場面は、不思議なことにどの小説でもほとんど同じである。すなわち、シャン=ゼリゼの大通りで豪華な馬車の行列を見たときに、我らが主人公たちはにわかに上流の生活に憧れを持つようになるのである。

(『馬車が買いたい』から引用)

「ロンシャンをする」の意味

現在、「ロンシャン」といえば競馬が有名だが、19世紀前半、「ロンシャンをする」というのは競馬ではなく、シャンゼリゼのパレードを意味していて、天気のよい日曜日には毎週のように見られたそうだ。この習慣は、もともとロンシャンにあったクララ会修道院で開かれていた聖週間のミサに上流階級の人々が豪華な馬車に乗って集まってきた騎馬行列をきっかけに生まれたもの。

その後、クララ会修道院はなくなったものの、パレードの習慣だけは残り、当時のパリの庶民は羨望の眼差しで馬車の列を眺めていたそうだ。

二輪馬車、四輪馬車がパリを行く

さて、現在の「ロンシャンをする」は毎年、11月の終わりか12月のはじめの日曜日に行われる。パリの馬サロンの開幕を告げるイベントで、沿道でタダで見られるので毎年楽しみにしている人は多い。

伝統に従い、パレードはロンシャン競馬場を出発点としている。真冬のロンシャン競馬場には夜明け前から、たくさんの馬や馬車が集まってくる。出場者は馬の手入れ、馬のウォーミングアップ、馬車の整備に余念が無い。

そして午前10時ジャストに騎馬警官を先頭にパレードの一行がロンシャン競馬場の門を出てをスタートとなる。年によって通過コースは若干変わるが、パリをぐるりと回り、再びロンシャンに戻る全長26~27キロの行程だ。

一頭立ての二輪馬車、数頭立ての四輪馬車、大型の乗合馬車など約100台がぞろぞろと行列し、その後ろには騎馬隊も続く。見物人たちはほんの一瞬だけ19世紀へタイムスリップした気分になれるのだ。

私はこのパレードを見てしみじみ思った。21世紀になってもパリの街には自動車ではなく、馬車が似合うんだな、と。

事故が起きない不思議

ところで、これだけのパレードになると日本人の感覚からするとパリの道路の一部を封鎖して、と思うだろうが、どっこいこれがフランス流で実にいい加減なのだ。

どの地点でも、通過時間が迫ってももポリスたちは、一向に車を止める気配がなく、観光客たちは本当に馬車が通るの?と心配そうに待っている。しかも、沿道にはロープが張られているわけでも、柵が置かれているわけでもなく通常のままなのだ。

ポリスがやっと動き始めるのは、馬の蹄の音が近づき、先頭の騎馬警官の姿が見えてから。にわかにピッピーと笛を鳴らしい交差点の車を止める。が、逆らって通過する車両もあるので、うまくいかないと馬車も騎馬隊も信号待ちをするし、自転車やオートバイが馬の横をすり抜けたりするので、大丈夫なのかとハラハラしてしまう。

さらに、馬が止まると、沿道の親子連れなどは、ここぞとばかりに馬を触りに道路に出てくる。それでも、これまで事故が起きたことはないそうだ。馬は本来とても臆病な動物だから驚くと暴走の危険もあるのに、フランスの馬だけは度胸があるのか? はたまた馬車や馬の乗り手の腕がいいのだろうか?

今年は1120日に馬車が見られる

去年は同時多発テロの直後だったので、馬車のパレードは急遽中止になったが、今年は1120日の日曜日に行われるそうだ。午前10時にブローニュの森のロンシャン競馬場を出発する。交通整理が大変とのことでシャンゼリゼ大通りは通らないが、オペラ通り、ルーブル美術館前、エッフェル塔前、トロカデロ広場などを馬車が走る予定だ。

19世紀のパリにタイムスリップしたい人は、日程を合わせてパリ旅行の計画を立ててみてはどうだろう。

(文:沼口祐子)

馬車が買いたい!

著者:鹿島茂
出版社:白水社
19世紀小説に登場するパリの風俗・世相を豊富な資料を駆使して描いた鹿島氏の代表作。
図版・レイアウトを一新し、未収録の新たな原稿を加えて新版で登場! サントリー学芸賞受賞作。

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