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子どもに声をかけるのは性犯罪ですか?

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満員電車に乗るのが怖い。痴漢に間違えられたくないからだ。朝夕の通勤ラッシュ時には、倍の料金を支払ってもいいから男性専用車両を利用したい。

近所の公園に足を踏み入れるのが怖い。子どもが遊んでいれば、変質者や性犯罪者と見なされるリスクがあるからだ。女性を連れていれば不審に思われないかもしれないが、わたしはひとりぼっちだ。

わたしのような「配偶者や恋人をもたない独身男性」にとっては肩身がせまい世の中になりつつある。

変質者に間違われないための処世術

散歩をすれば、のどがかわく。水を飲むために公園へ行くと、水飲み場の近くで子どもたちが遊んでいる。こういうとき、水飲み場を利用することを敬遠してしまう。仕方がないので自販機で済ませる。

缶ジュースを買って、ようやく公園のベンチに腰かけることができた。子どもたちがいるときは、手ぶらでは怖くて公園に近寄れない。不審者に間違われないよう公園を利用するためには、潔白を証明するためのアリバイ作りが必要になる。

たとえば、楽器を持っていると心強い。「アコースティックギターやハーモニカの練習をするために公園を利用しています」という態度を示せるからだ。子どもたちにも警戒されにくい。むしろ好意的な関心を寄せてくれるかもしれない。

おなじ練習でも、バットやゴルフクラブの素振り練習はやめたほうがいい。子どもたちが遊んでいる同じ敷地内でそんなものを振りまわしていれば、すぐに通報されるだろう。

転がってきたボールを怖くて拾えない

散歩をするために、わざわざ楽器を持ち歩くのはめんどうだ。やはり、あやしまれずに公園のベンチを利用したければ、飲食目的のアリバイづくりが現実的な手段だ。

あらかじめ「わたくしが公園のベンチに座っているのは飯を食うため。水分補給のため」というアリバイを用意しておけば、もしも不審者や変質者に間違われたときの無罪証明になる。念のために繰り返しておくが、わたしは不審者や変質者ではない。散歩の途中で立ち寄ったにすぎない。

小さな公園だから、遊んでいる子どもたちの姿がいやでも視界に入ってくる。不審者に思われていないだろうかと、わたしは「そわそわ」してしまう。リラックスするために公園へ来たはずなのにリラックスできないことが多い。

公園で遊ぶ子どもたちは、たいていボール遊びしている。キャッチボールやサッカーだ。ときどき、ボールがわたしの座っているベンチの近くまで転がってくることがある。そんなとき、どうするか?

見て見ぬふりをする。いかにも「ジュースを味わうことに気をとられています」「子どもには1ミリたりとも興味ありません」という態度をよそおう。見知らぬ子どもとの接触は、わが身を危うくしかねないからだ。

子どもの草野球に飛び入り参加したい!

きまぐれに「公園で遊んでいる子どもと遊びたい」と思うのは犯罪なのだろうか? 道義的には問題のない考えだと思う。日本の法律に照らし合わせても「知らない子どもと遊んではならない」という条文はないはずだ。

キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか デラックス』(北尾トロ・著/朝日新聞出版・刊)は、「やってみたいけど、ちょっと勇気がいる」ことに挑戦したドキュメントだ。度胸試しであり、ニコニコ動画における「やってみたシリーズ」のテキスト版であり、著者の成長物語でもある。

表題の「鼻毛が出ていることを指摘する」をはじめとして、「電車でマナー違反の乗客に注意する」「知人に貸した小銭の返済をせまる」「知らない人に声をかけて飲みに誘う」「激マズ飲食店の主人にむかってまずいと言う」など。

特筆すべきは「子供と遊びたいと思うのは犯罪なのだろうか」という題名のエピソードだ。

見知らぬ子供と遊びたいと思うのは犯罪か?

著者である北尾トロさんは、有名なフリーライターだ。海外取材に行ったときの経験上、はじめに仲良くなるのは「子ども」だという。だから、現代日本における「子どもに気軽に声をかけることがタブー視されすぎている状況」に納得いかない。

北尾さんの少年時代には「知らない人についていってはいけない」と言わることがあっても「知らない人と話してはいけない」とは教えられなかった。公園で遊んでいるとき、大人が話しかけてきたり遊びに加わったりすることは、さほど珍しいことではなかった。知らない大人から得られる学びもあったという。

北尾さんは、現代社会における過保護すぎる傾向に対して一石を投じようと考えた。「知らない子どもたちの中に入り込んで一緒に遊ぶことにチャレンジ」したのだ。

チャレンジの結果は、1勝2敗。はじめは、男女あわせて6名のグループに声をかけた。すると全力で逃げられてしまった。そのつぎは、かけっこをしている男子のみ4名のグループに狙いを定める。シカト(無視)されてしまう。

失敗原因を「東京都内の子ども」にあると分析した北尾さんは、千葉県に移動した。「都心の子供はすっかり親に洗脳されているが、郊外ならそんなこともないかもしれない」と思ったからだ。性犯罪者の児童ハンティングっぽく見えるかもしれないが、北尾さんは変質者ではない。フリーライターとしての取材活動だ。

千葉に住んでいる知り合いの編集者にたのんで、その人の自宅ちかくの公園に案内してもらう。10人ほどの子どもたちが三角ベースで草野球をしていた。

北尾さんは、さりげないふうをよそおって「センター守備位置」を確保する。草野球において、子どもはボールを投げたいかバットを振りたいものだ。あえて北尾さんは「キャッチャー」を引き受けると申し出た。審判をかねた両チームのキャッチャー担当することによって、ついに子どもたちと打ち解けることができた。感動の瞬間だ。

転がってきたボールを投げ返したら不審者なのか?

不審者に間違われたくないので、転がってきたボールを拾って投げ返してやれない。公園で遊んでいる知らない子どもとは目をあわせない。けっして関わらない。

わたしの方針は神経質すぎるかもしれない。過剰反応なのかもしれないが、日本には痴漢えん罪がある。用心しすぎるに越したことはない。李下に冠をたださず、公園で遊んでいる子どもには近寄らず、さわらぬ神に祟りなし。

不審者扱いされることを恐れるあまり、未成年を「はれもの」扱いせざるを得ないのが、いまの日本社会だ。

道をたずねるなどの理由で子どもに話しかける、子どもたちが遊んでいる公園のベンチに手ぶらで座っている、そんな者たちを不審と見なすのは、すこしばかり息苦しい社会であると言えないだろうか。

(文:忌川タツヤ)

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キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか デラックス

著者:北尾トロ
出版社:朝日新聞出版
知人に借りたわずか2千円の返済を迫る、激マズ蕎麦屋で「まずい」と叫ぶ、初恋の女性に23年の時を超えて告白する……。ちょっとした胸のつかえを取るために小心ライターが挑んだ愛と勇気のルポ。特別編として、自作ボツ原稿の解説付き。

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