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個性を認め育む幼児教育

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英国王室の王位継承順位3位のジョージ王子が今年からモンテッソーリ保育園に通いはじめたことが話題になっている。父親であるウィリアム王子も幼き日にモンテッソーリ教育を受けていたそうだ。

20世紀はじめのまったく同じ時期に、ヨーロッパで二つの独特の教育法が生まれた。イタリアの精神科の医師、マリア・モンテッソーリによって考案されたモンテッソーリ教育、そしてオーストリアの哲学者のルドルフ・シュタイナーが提唱したシュタイナー教育だ。

モンテッソーリとシュタイナー

モンテッソーリ教育は子どもが持っている力を信頼し、自立を促す教育。子どもの家と呼ばれる整えられた環境で、家庭内の日常の仕事を模倣したり、木製などの教具を子どもに自由に選ばせ、その手触りや重さやを体験しながら遊ぶことによって感覚を豊かにしていく。教師は教える人ではなく、子どもの自発的な活動を援助する存在に徹する人的環境要素なのだという。

シュタイナーの幼児教育も家庭を思わせる教室で絵を描いたり、蜜蝋粘土細工をしたり、編み物なども体験する。教師は理想の母親という存在だ。シュタイナー教育では、7歳以下の子どもの読み書きを教えてはならないとし、現代の早期教育とは正反対のスタンスをとっている。ドイツの児童文学作家、ミヒャエル・エンデは一時期シュタイナー教育を受けていて、彼の代表作『モモ』の”急がば回れ”の世界観は、シュタイナーの教育理念に通じていると言われている。

二つの教育法は似て非なるものだが、どちらも子どもひとりひとりの個性を認めて魂を育んでいく教育であることは間違いない。

迷える家族を救ったシュタイナー学校

プラハのシュタイナー学校』(増田幸弘・著白水社・刊)は、家族再生を賭けてチェコのプラハに移住し、二人の子どもをシュタイナー学校で学ばせた増田家の物語。長男が日本の学校生活になじめず、また威圧的な教師との軋轢も生じた。子どもは心を閉ざし、親はストレスをためる。そして家族崩壊の一歩手前までいったとき、父親は海外の学校に転校させることを決意し、家族を説得して一家で日本を飛び立った。

中学2年だった長男、小学校6年だった長女、チェコ語がまったく話せない二人を温かく迎え入れたのがプラハのシュタイナー学校だった。先生やクラスメイトやその親達に助けられながら、次々と現れる壁を乗り越えていく。

教科書がない。テストがない。点数評価がない。しかも習ったことはいったん忘れていいというシュタイナー独自の教育法に戸惑いながらも、子どもたちが明るさを取り戻し、生き生きと学び、成長していく姿には勇気づけられる。

幼稚園にして公教育挫折

実はわが娘もシュタイナーに救われたひとり。フランスの公立幼稚園の年長組で知的障害と誤診され、治療と並行しなければ小学校には上がれないと言われたのだ。要領のいい子どもはてきとうに人真似でもハキハキ答えれば幼稚園なのだからOKで問題視されることはない。でも、要領の悪いうちの娘は、わからないことは返事もせずに、うつむいて黙っているだけなのでだめだったのだ。

そして、シュタイナー学校に駆け込むこととなった。娘は6歳から13歳までシュタイナー教育を受けた。宿題もないし、テストもないし、点数評価の通信簿もないから本人も親もストレスはゼロ。が、いったいどこまで成長してるのか、学力はどのくらいなのかなど、まるでわからないという日々でもあった。

シュタイナー出身者は外国語が得意

その後、娘は14歳でフランスの公立中学校に戻り、そのまま公立高校へと進んだ。フランスの教育はピラミッドに形容される少数精鋭主義で学年が上がるにつれ成績の悪い子どもはふるい落とされていくから、競争は激しい。

シュタイナー学校でのんびりしていた娘は転校直後は大慌て! 国語、数学、歴史地理、物理、生物などでは遅れを取り戻すのに大変だった。ところが、意外なことに第1外国語の英語と第2外国語のドイツ語は本人曰く「楽勝」だったのだ。

その秘密は、シュタイナーの外国語教育にあったようだ。シュタイナー学校では小学1年生の7歳から二つの外国語を学ぶ。フランスのシュタイナーの場合は英語とドイツ語だ。当時、娘はフランス語どころか日本語もおぼつかないという状態で、その上にさらに2ヶ国語も加わったら頭の中がパニックになるのではと、かなり心配した。

シュタイナーの外国語教育は7歳から9歳までの3年間は書かない、読まない、文法も教えない、発音も直されない。いわゆる聞きっぱなし習得法をとっている。ただし先生はネイティブのイギリス人とドイツ人だった。

「赤ちゃんは生まれ育った環境の中で自然に言葉を覚えていく。外国語もそれと同じようにまっさらな心で聞いていれば自然に身につく」と、父母会の時に説明を受けた。

先生と一緒に歌ったり、ゲームをしたり、お話を聞いたりが、なんと3年間も繰り返され、ようやく4年生になって文法を習い、文章を書きはじめていた。そんな風にゆっくりゆっくりと語学を学んだことがあとになって実を結んだのかもしれない。

駆け込み寺としての学校は必要

シュタイナー学校は世界中にある。しかし、フランスでは特に、またシュタイナー学校発祥のドイツでさえも、「シュタイナー」と聞いたとたんに、眉をひそめる人がいる。教育方針があまりに独特で浮世離れしていると感じるからだろう。

モンテッソーリ教育にしても、絶賛する人もいれば、批判する人もいる。

それでも、壁に突き当たった子どもを救うためにも、こういう学校は必要だろうなと思う。

(文:沼口祐子)

プラハのシュタイナー学校

著者:増田幸弘
出版社:白水社
日本の小・中学校からプラハの公立シュタイナー学校に編入した兄妹の戸惑いと成長ぶりを克明に描く。
教育について日本で当然と思われている諸前提を心地よく揺さぶるレポート。

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