ハウツーが満載のコラム
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路地裏からは黴びて湿った、でもまだ確かに生きている人間のにおいが漂ってくる

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新宿ゴールデン街で火災があったことを知り、またひとつ雰囲気のある路地裏を失ってしまったのかと悲しかった。
と、同時に、かつての不思議な経験を思い出さずにはいられなかった。
いまだにどうして自分が、あの時、あんなことをしたのか、よくわからない。
私は怖がりで、夜、知らないところに一人で行ったりしないからだ。
けれども、その日、私は吸い込まれるように、暗く細い道に入りこみ、ずんずんと進んでしまった。進まないではいられなかった。
ほの暗い路地の先で、何かが私を待っていると、確信したからだ。

 路地裏からの誘い

その日、夕方から銀座で打ち合わせがあった。
担当の編集者と夕飯を食べ、お酒も飲んで少し酔っていた。
けれども、久しぶりの銀座である。
翌日には神戸の自宅に帰らなくてはならない。
たまには夜遅くうろちょろしたって罰は当たらない。
そんなことを思いながら、一人で銀ブラしているとき、細い路地から、かび臭い、湿った、それでいながら、私を誘う何かの空気が漂ってきた。・・・ような気がした。

小さな稲荷神社

「何だろ?」
そう思ったときには、既に私の体はその路地裏に入り込んでいた。
お風呂の栓を外したときに生じる水のうずのように、私は路地に吸い込まれたのだ。
そして、私は知った。
私を誘っていたのが、小さな稲荷神社だったということを・・・。
路地の先に、狐の像があり、前には新鮮な油揚げが添えられていた。
私にとっては、秘密めいた怪しい場所だったが、実のところは、いつもだれかがお参りしている、有名な場所だったのかもしれない。

狐に化かされた?

神戸に帰ってから、友人にその話をすると、「私も行ってみたい。連れていってよ」と頼まれたので、是非、そうしたいと思ったものの、どこにあるのかはっきりと覚えていない。翌月、また上京した折りに、念のため、下見に行ったのだが、どうしても到達できないのだ。
インターネットで調べてみると、銀座には稲荷神社がいくつかあるとわかったのだが、私が行ったところと微妙に違うような気がする。
もしかしたら、狐にばかされたのではないだろうか・・・。

路地裏に生きる作家

路地裏は不思議だ。
狭く、車も通れないほど狭い道が多いのに、圧倒的な存在感がある。
平川克美はその路地裏に身を置き、丹念に描写し、『路地裏人生論』(平川克美・著、高原秀・撮影/朝日新聞出版・刊)として結実させた。
人生論と言っても、決してお説教をされるわけではない。

タイトルは、「路地裏人生論」となっていますが、いわゆる人生論というものではなく、路地裏人生の論であり、もはや時代に追い越され、風景の片隅に取り残された、路地裏の生活が、わたしに語りかけてくれるものを綴ったものです」

(『路地裏人生論』より引用)

実業家であり、文筆家でもある彼にとっても、路地裏は圧倒的に吸引力を持った存在だったのだ。

「これからどうなるのだろう」

平川克美がぽつねんとたたずんだ路地裏のいくつか。
そこには彼が生きて来た過去と、生きている今と、これから生きる未来がある。
カメラマンの高原秀は平川に寄り添い、彼が眺める路地裏を活写した。
最初は「ここを撮してください」という願いに従っていたが、やがて何も言わなくても、著者が思うショットを撮るようになっていたっという。
取り上げられた路地裏は、どれも印象的だ。
「暮れなずむ橋」というタイトルがついたエッセイは、第二京浜国道と呑川が交差しているところにかかる橋の上での時間を切り取ったものだ。
作者は大腿骨を骨折してしまった母を見舞うため、毎日のように病院に行った。呑川沿いにある病院の帰り道、決して綺麗ではないその場所で、いつも煙草を吸いながら、呆然と川を見つめた。

「いったいこれからどうなるんだろう」
わたしはいつも、同じ言葉を胸の内で呟いた。
「こんな日々がいつまで続くのだろう」
そしてため息をついた。

(『路地裏人生論』より引用)

いつかは必ず終わること

そうなのだ。
私にも覚えがある。
かつて実家の両親が入院しているとき、病院の帰り道、私も同じ場所で立ち止まり、同じ言葉を呟いた。
「いったいこれからどうなるんだろう。いつまで続くのだろう」と。
絶望しつつも、私は知っていた。
いつかは病院がよいが終わることを。
それがいつかはわからないけれど、いつかは必ず終わってしまうことを。
そして、一旦、終わってしまえば、私が二度とそこへ戻らないことも知っていた。
もし、今、戻ったら、私はきっとそこでしゃがみこんでしまうだろう。
懐かしく、悲しく、取り返しの付かぬあの日々を思いだして・・・。

姿を消す路地裏の風景

路地裏は姿を消しつつある。
昔ながらの商店街は姿を消し、大型スーパーにとってかわる。
けれども、人間の生活はそうは急に変わらない。
私は子供の頃から、スーパーよりも昔ながらの商店街、整備された駅前ロータリーよりも旅館が並ぶ風景が好きだった。
経済効率が悪いと教えられても、人間はそう効率よく生きていけるはずがない。
だから、これからもふと漂ってくる路地裏のにおいに惹かれて、路地裏的な場所を追い求めていくに違いない。
しかし、そこは廃墟ではない。
どんなにさびれていても、薄汚れていても、人間が暮らしている限り、現在進行形で生きている場所である。

こんなにたくさんの路地裏が

『路地裏人生論』に登場する場所は、次のような場所だ。

・昭和30年代から時を停止させたような東京は大森界隈。
・横尾忠則が好んで描くY字路がある旧羽田道あたり
・蒲田駅の操車場
・仕事で出向いた小倉で知った旦過市場

写真を眺めていると、懐かしさのあまり、叫びだしたくなる。
私は、人間とは思い出を貯めておく容器みたいなものだと信じているのだが、この本に接すると、ため込むだけでは十分ではない。
思い出を焼き付け、その辛さに耐え抜いてこそ、ヒトは人間になることができる。
そう教えられたような気がする。
私も私の路地裏を探しながら、生きていきたいと思う。

(三浦暁子)

路地裏人生論

著者:平川克美
撮影:高原秀
出版社:朝日新聞出版
独立起業家として日米のビジネスの一線で活躍してきた著者が、父親の介護を通じて発見した「衰退という価値」。さまざまな体験や場面から得た教訓や人生哲学の数々を、「低成長時代」の日本の風景とともにつづる名エッセイ。

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