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「幸せはお金では買えない」への違和感はなぜ?

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若いひとたちがモノをほしがらなくなった、といわれる。たしかに本も売れない、CDも買わない、旅行もしない、クルマもほしがらない。それはモノを買うこと、所有することによって満足感を得るというスタイルが、もはや時代後れになってしまったからだといわれる。あるいは、欲望の対象がモノからコンテンツ、つまりサービスとか経験、イベントやライフスタイルといったものへと移ったからと説明される。

たしかに、そういう現象はあるだろう。かつては音楽を聞くにはCDを買わなくてはならなかったのが、ネットでダウンロード販売が可能になり、いまやストリーミングだ。映画もそうだ。クルマだって自家用車を持たなくても、レンタカーやカーシェアリングというオプションがある。住まいにしても、都市部ではルームシェアやシェアオフィス、シェアハウスのようなシェアリングエコノミーが拡大している。文字どおり、モノを所有ではなくシェア(共有)しあう仕組みに基づいた経済である。

欲しいモノがなくなった世界

物欲なき世界』(菅付雅信・著/平凡社・刊)は、欲しいモノがなくなった世界において、消費と欲望を原動力としてきた資本主義の行方を探った取材レポートだ。「社会を動かす原動力として、資本主義がもはや人々に幸福をもたらすエンジンにならなくなっている」中、「新しいカタチの幸福を実現するための新しいエンジン」が必要なのではないかと著者はいう。シェアリングエコノミーはその象徴的事例だ。

シェアリングエコノミーをどうとらえるか。よく聞くのは、所有にとらわれない新しい価値観やライフスタイルとして、そこに積極的な意味を見出そうとする見方だ。シェアリングエコノミーは、モノやサービスをシェアすることによって、資本主義がないがしろにしてきた人間同士の信頼やコミュニティを再生していこうとする。そこでは、お金や社会的地位よりも、コミュニティ内の「信頼」こそが価値を持つ。世界的に見ても、そうしたシェア市場のポテンシャルは大きいと見られている。

しかし、一方でルームシェアやシェアハウスに住む理由のトップはコミュニティをつくりたいからではなく、あくまで「家賃を安く抑える」ためである。格差の拡大や貧困の中で、生活を守るためのやむをえない方法として選択したという人も少なくないだろう。シェアリングエコノミーがコミュニティの再生につながる可能性をはらんでいるとはいえ、それは主体的な選択ではなく、あくまで副次的なものだというとらえ方もある。

シェアリングエコノミーと貧困

こうした見方の違いは、社会のどこに身を置くかによって生まれる。裕福ではないものの、なんとか日々を暮らしていける収入がある人たちと、今日食べるものもままならないほど逼迫している人たちとでは見えている世界がちがう。たとえ貧しくても、若くて健康だったり、助けたり助けられたりする人間関係をもっていたり、仕事のスキルをもっていたり、知識や情報へのアクセス方法をもっていたりする人たちならば、シェアリングエコノミーに可能性を見出すことはできるかもしれない。

だが、そうした人間関係もなければ、知識や情報を得る能力やスキルもなく、時間もなく、寄る辺ない孤立化した貧しさの中にいる人たちは、どうなのだろう。資本主義はそういう種類の貧困をこれからも生み出しつづけるだろう。シェアリングエコノミーは、そういう人たちが参加できるシステムになりうるだろうか。

たとえば、ホームレスや出所者たちに共同住居を与え生活保護を受給させて、そこから法外な寮費を搾取する「囲い屋」という業者がいる。こうした貧困ビジネスは資本主義のひとつの帰結といえる。もちろんそれはシェアリングエコノミーとはいえないが、カタチとしてはシェアハウスだ。

資本主義は貧困を必要とする

『物欲なき世界』の著者の菅付さんは、「既存のシステムの維持を、そして富のさらなる集中化を望む者たちは死に物狂いの延命策を図るだろうから、その延命行為がさらなる社会の軋轢を生むはずだ」と述べる。

資本主義は貧困を必要とする。しかし、貧しかった発展途上国が経済発展したことで、先進国はその内側に貧困を生み出し、それを固定化することで存続を図らなくてはならなくなった。こうした貧困の固定化と、シェアリングエコノミーというカタチは相反するようで、下手をすると相性のいい組み合わせになりそうな懸念も覚える。

シェアリングエコノミーの拡大と並行して、そのカタチを借りた貧困ビジネスもまた拡大していくだろう。資本主義のオルタニティブに見えたものが、いつのまにか資本主義の下部構造にしっかり組み込まれているという例は少なくない。

シェアリングエコノミーを支えている「幸せはお金では買えない」という価値観は一見資本主義的な価値観と対立するが、それを「だから貧困を解決する必要はない」というきわめて資本主義的なメッセージに読みかえることも可能なのだ。「お金で買えない幸せ」を買えるものへと巧みに変容させてきたのが資本主義であることを思うとき、死に物狂いになった資本主義の暴走はまだしばらく続きそうな気がする。

(文・田中真知)

物欲なき世界

著者:菅付雅信
出版社:平凡社
なぜ人々はモノを買わなくなったのか? 物欲が低下する先進国のトレンドから、資本主義の先の来るべき世界を浮かび上がらせる。

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