ハウツーが満載のコラム
文字サイズを変更する

マニュアルにまで魔法をかける、あの夢の国

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

大学を出て最初に就いた仕事は某シティーホテル。新人研修の3日目に〝オンステージマインド〟という言葉を教えられた。お客様の前に出る時は、ステージ上で演じるパフォーマーと同じ気持ちを作る。見られているという意識を常に持つ。そしてパフォーマーである以上は、お客様を楽しませる。そんな心構えだ。この言葉は、当時開業3年目を迎えていた東京ディズニーランドのキャストのみなさんのキャッチフレーズだったという。

ホテルマンとしてまず学んだこと

「どうせやるなら、仕事は楽しげにやりなさい」
社員教育担当の人はそう言った。その時は聞き流していたが、配属されたフロントサービス課―いわゆるベルボーイだ―での、お客様だけではなく先輩たちに対する気遣いを学ぶ日々を過ごす中、徐々に効いてきた。筆者が苦手な体育会的空気が濃厚な部署だったし、館内情報から成田空港行きのバスの時刻、VIP顧客の顔と名前まで、覚えることがとにかく多い。シフトが終わる頃はへとへとだ。従業員専用の風呂の湯船で寝てしまったこともあった。
ある日、コンシェルジェをしているベテランの女性スタッフに言われた。
「あなた、全然笑ってない。それじゃお客様も楽しくないわよ」
ニコニコしながらそう言う。あまりに穏やかな口調で言われたので、なんか恥かしくなった。このひと言をきっかけに学んだのは、楽しげに働いていると、その〝気〟が周囲に広がるということだ。それが感じの良さとか、人当たりの柔らかさにつながっていく。トレイニー・バッジが取れる頃には、仕事に慣れたせいもあるのだろうが、立てないほど疲れる日はなくなった。

幹部社員がバイトをもてなす夜

アメリカでも日本でも、ディズニーのテーマパークが〝最強のマニュアル〟の下に運営されていること、そして東京ディズニーランドに、幹部社員がアルバイトのキャストをもてなす〝サンクスデー〟という特別なイベントがあることを知ったのは、ずっと後のことだ。
マニュアルで決まり事を明確にして、サンクスデーで提供すべきサービスを上司たちが自分で示す。キャストとしてあるべき姿を見せる。その過程で楽しげな空気を触媒にした化学反応めいたことが起き、最強のマニュアルがさらに強くなる。楽しげな空気の中で培われたマインドは、緊急事態にあっても、いや緊急事態だからこそ際立つ。

大地震でも揺らがなかったオンステージマインド

5年前のあの日も、東京ディズニーリゾートには7万人あまりのゲストが詰めかけていた。当日シフトに入っていたキャストは1万人ほど。しかもキャストの大部分は10代の若い人たちだった。ネット上に上がっているさまざまな動画のどれを見ても、キャストの誰もが信じられないほど落ち着いて行動する様子が写っている。カストーディアル、アトラクション、マーチャンダイズ、フードサービス。すべての部署のキャストが、絶対的マニュアルでありコンセンサスである行動基準に従って、生まれて初めて経験するに違いない激しい揺れと、それを恐れるゲストたちに対処していた。行動基準は、SCSEという並びのアルファベットで示される。Safety(安全)、Courtesy(礼儀正しさ)、Show(ショー)、そしてEfficiency(効率)だ。この並びがそのままプライオリティになっている。何よりも大切なのが、ゲストの安全だ。

最強マニュアルの先にあるもの

ショップの棚から商品であるキャラクターのぬいぐるみをゲストに手渡し、頭を守るよう話しかける。夜になって雨が降り始めると、ショップ内のビニール袋や段ボールを配り、ゲストが濡れないようにする。帰宅困難に陥ったゲストたちに、クッキーやチョコレートを手渡してお腹が空かないようにする。 上からの具体的な指示があったわけではない。それぞれの持ち場でゲストの安全を第一に考えたからこそ、キャスト全員が同じ思いで同じように行動した。
余震で大きなシャンデリアが揺れるのをこわごわ見ている子どもたちに、「僕はシャンデリアの妖精ですから、何があってもみなさんを守ります。だから怖がらないで」と話しかけるスタッフもいたそうだ(これはあの日たまたまディズニーランドにいた知人から直接聞いた話だ)。SCSEに基づく最強マニュアルの先に、キャストとしてのプライドが感じられる。本当の意味でのディズニーマジックは、一人ひとりのキャストに間違いなく宿っているプライドなのかもしれない。

「自分はできる」と思わせるマニュアル

マニュアルと聞くと、無味乾燥なルーティーンの羅列を想像してしまう。しかしディズニーのマニュアルは、キャストの手に渡った瞬間から血が通ったものになる。『マンガでよくわかるディズニーのすごい仕組み』(大住力・原作、岡本圭一郎・作画/かんき出版・刊)は、ディズニーメソッドを取り入れてファミレスチェーンを改革していく女性を主人公にストーリーが進んでいく。この本を貫く哲学は、次の文章に集約されると思う。

私は、リーダーにとって最も大切な仕事は、「組織やチームが進む方向性を明確にすること」、そして、部下に「自分は役に立っている」「他人に認められている」「自分の居場所はここだ」ということを実感させることだと考えています。
『マンガでよくわかるディズニーのすごい仕組み』(大住力・原作、岡本圭一郎・作画/かんき出版・刊)より引用

マニュアルを最強たらしめるのは、それを手にする人たちだ。5年前のあの日の動画を見る度に、その思いが強まる。

(文:宇佐和通)

マンガでよくわかる ディズニーのすごい仕組み

著者:大住力
出版社:かんき出版
ディズニーランドのキャストの9割はアルバイト、つまり普通の学生や主婦、フリーターです。しかもその半分が1年で入れ替わります。しかし、ディズニーでは、すべてのキャストが、自ら考え、動き、いきいき働いており、「奇跡の接客」「感動のサービス」などといわれるディズニーのおもてなしを実現しています。じつは、これを実現しているのは「個」の力ではありません。そんな状況にも関わらず、顧客を満足させるサービスを実現しているのは、「マニュアル」や「仕組み」の力なのです。本書はそんなディズニーの仕組みを自分の組織に導入するための方法をマンガで解説します

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事