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密教だけじゃなかった!? 空海が日本にもたらした意外な文化

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中国が唐の時代に遣唐使として訪れ、当時そこで流行っていた密教を日本に持ち帰った空海。
その際、宗教以外にも、最新の土木技術や果物のカリンなどさまざまなものを日本にもたらしたとされるが、中には「えぇっ!?」と思わず驚いてしまう意外なものもある。
それは、男色文化。平たく言うとゲイカルチャーだ。

日本における男色の起源には諸説あり、空海以前からもそのような傾向は見られたとする説もあるが、文化として流行を見せはじめたのは彼の影響だという言い伝えが記された書物などがあることから、昔からそう信じている人たちがいたことは確かなようだ。

たしかに、世界的に見ても、女性との性交が禁じられた聖職者と男色は切っても切り離せないもの。
日本における男色も、当初は僧侶の間で広まっていったようだが、平安時代には貴族階級の間でも密かな嗜み、文化として流行し、その後、時代を経て上級武士から下級武士へと広まり、江戸時代以降には衆道という武士道とセットになった“ゲイ道”まで確立されている。

だからこそ、日本の歴史に名を残した偉人たちの中にも男色家は実に多い。

「偉人性癖研究会」(以下、偉研)という歴史の変なエピソードを集める集団(歴史学の修士以上の学位がないと入会できないらしい)による書籍『偉人たちの困った性癖』の中にも、そんな逸話が満載だ。

あの感想を日記に綴った藤原頼長

偉研によると、保元の乱で知られる平安時代の貴族・藤原頼長も男色の嗜みがあった。
当時の貴族のもう一つの嗜みであった日記もしっかりつけていたようだが、彼はなんと、自分と関係を持った男性の名前やその時の感想などについて事細かに記していたという。

“平安の暴露本”とも言えるその日記『台記』において、頼長はお相手の一人であった源義賢について以下のように記している。

「最初は無礼に腹が立ったが後になって思えばとてもよかった」
(偉研による現代語訳)

どうやら、頼長はツンデレ好きだったらしい。

変人扱いされたノンケの豊臣秀吉

戦国時代になると、男色は平安時代における貴族とはまた違ったかたちで武士階級全体に広がっていた。
それは、小姓という存在。将軍の身の回りの世話をする元服(当時の成人)前の若年の美少年がその役回りをすることが多かったとされるが、彼らが将軍と性的なはけ口になっていたことも史実として残っている。

織田信長と森蘭丸もそのような関係であったと言われているが、偉研によると、その信長に仕えていた豊臣秀吉は、当時としては珍しい完全なノンケ(異性愛者)だったようだ。
というのも、秀吉は武士階級よりも下の階層の出身であったため、男色文化に染まる下地がなかったのだ。

将軍となっても変わらず女性だけが大好きだった秀吉。
ある時、バイセクシャルがその大半を占める家臣たちが、本物の美少年に出会えば目覚めるだろうと彼のもとに極上の美少年を差し向けたという。すると、秀吉がニタっと笑みを浮かべて少年に近づいて耳打ちした。
それを見て喜んだ武将たちが少年に何と言われたのか聞くと、少年は次のように答えたそう。

「殿下は私に『そちに姉か妹はおらぬか。さぞや美人であることだろう』と申されました」

家臣、残念。

誰にもバイセクシャルの素質がある?

しかし、秀吉のような例外がいたとはいえ、「男色は文化だ」「武士の道だ」と言われて、「なるほど、そうですか」とバイセクシャルになる将軍や武将たちも数多くいたわけである。

そう考えると、人間は元来、バイセクシャルな素質をもった生き物なのかもしれないとさえ思えてくる。

記憶を失った現代の男性が戦国時代にタイムスリップしたら、案外、すんなりと男色を受け入れられる人は多いのかもしれない。

そういえば、そんなドラマがあった(男色については描かれていないが)。「信長のシェフ」(テレビ朝日系)だ。
ジャニーズの玉森裕太演じる料理人の主人公がタイムスリップして、記憶喪失になりながらも、及川光博演じる信長の料理頭になるという話だったかと思うが、美少年好きの信長のもとに玉森君のような綺麗な顔の青年が現れたら、信長は確実に手を出していたことだろう。

その時、玉森君(主人公の名はケンだが、この際、玉森君で)はどうするのだろうか…と腐女子気味な筆者は想像を膨らませてしまうのであった。

(文:ツジコ エリコ)

偉人たちの困った性癖

著者:偉人性癖研究会
出版社:インプレス
「偉人」と呼ばれた人たちは、本当に偉い部分もありましたが、その多くは「歴史上目立つ行為をした人」なのです。 目立つためには人と違うことをすればいい。偉人と呼ばれた人たちには、生まれつき人とは違ったことをせずにはいられない性癖が秘められていた、というパターンがあまりに多いのです。 かつて存在した膨大な数の「偉人」の中から、特に目立った変な性癖を持っていた人をピックアップし、愉快な挿絵と共にご紹介! <目次> アテネの若者を集めて怪しげなサークルを作ったソクラテス すべてのローマの女の夫と呼ばれた超女たらし・カエサル 二人の男性と結婚した皇帝・ネロ 世界最初のアダルト漫画を制作させた後白河院 時計代わりに使われたカント 血の伯爵夫人エリーザベト・バートリ 実はサディストではなくマゾヒストだったサド侯爵 老いてなおお盛んすぎる大文豪ゲーテ 大男色家にして日記魔! 藤原頼長 男の全裸を描かずにはいられなかったミケランジェロ まともな性癖なのに異常扱いされた豊臣秀吉 とんち小坊主の正体は破戒僧!? 一休宗純 ロバにまたがり後宮遊覧・司馬炎 大陸軍の創設者は臭いフェチ・ナポレオン1世 つまみ食いした男の数は数百名!エカチェリーナ2世 江戸末期の文豪はBLラノベ作者? 滝沢馬琴 社会契約説の提唱者は露出が趣味!ルソー 「性欲がない」ことを変態的な方法で証明したガンディー 戦国武将は美少年大好き? 武田信玄とその他 男色売春宿のガイドブックが大人気 平賀源内

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