ハウツーが満載のコラム
文字サイズを変更する

実は日本人にモテモテだったマッカーサー元帥

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

トランプ旋風が巻き起こっているアメリカ大統領選挙の動向が、連日テレビで奉じられている。彼の過激発言の是非はともかく、彼がマスコミにとってありがたい存在であるのは間違いない。格好のネタを提供してくれているから、記者は原稿を書くネタには困らないのだ。

日本人がよく知るアメリカ人で、大統領になる野望を抱いていた人物がいる。ダグラス・マッカーサー。連合国軍(GHQ)の最高司令官を務め、日本の戦後処理に当たった軍人だ。

パフォーマーとしてのマッカーサー

マッカーサーは日本史の教科書に載っている人物のなかでもトップレベルの高い知名度を誇っている。教科書にもよく出ているコーンパイプをくわえた写真はインパクト抜群だ。あの写真のおかげか、一度見たら忘れない。

さて、マッカーサーが困難といわれた戦後処理を、スムーズに進めることができたのはなぜだろうか。そこにはマッカーサーの類稀な手腕があった。『マッカーサーの真実』(国際情勢研究会・著/ゴマブックス・刊)によれば、マッカーサーは稀代のパフォーマーだったという。

昭和20年9月29日、新聞の朝刊に載った1枚の写真に、日本人は強い衝撃を受けた。ラフな軍服姿のマッカーサーが昭和天皇と並んで立っている。それまではアメリカの支配に反発する日本人も多かったが、この写真で敗戦を強く印象付けられ、「マッカーサーは天皇陛下よりも偉い」と感じてしまったのだ。これにより、様々な政策を次々に打ち出すことができるようになった。マッカーサーの作戦勝ちだ。

全国から手紙が届きまくる

私の祖父は終戦直後、東京でGHQの本部(現在の第一生命館)前に行ったことがある。理由はマッカーサーの姿を見るためで、当時は連日のように人だかりができていたといわれる。宝塚歌劇団の出待ちのような光景だが、マッカーサーは国民的に人気があったそうだ。

その人気を裏付けるデータがある。本著によれば、マッカーサーの在任中、彼のもとに日本人から届いた手紙は約50万通に及ぶとされる。老若男女、ありとあらゆる立場の人から届いた。日々の仕事をねぎらうものから、贈り物を添えたものまで。アイドル並みのフィーバーである。

コワモテの印象だが、意外に優しかった?

著者によると、マッカーサーは手紙を通じて日本人の純粋な思いに触れたため、庶民を苦しめてきた政治的な枠組みを払拭しようと考えたという。財閥解体や農地解放など、封建的な制度を取り払うための制作を次々と行った。コワモテな印象が強いが、実は結構、人々の思いに耳を傾けるタイプだったのかもしれない。

実現こそしなかったものの、マッカーサーの記念館を国内に建設する話もあったという。マッカーサーは日本人に愛された存在であった。それにしても、戦時中はあれほどアメリカ兵を憎んでいたというのに、日本人はなんとも柔軟で、気持ちが変わりやすいものだなあと感じてしまう。

(文:元城健)

マッカーサーの真実

著者:国際情勢研究会
出版社:ゴマブックス
日本が決して忘れてはいけないこと。第二次世界大戦の当事者として多くの国に苦痛を与えたこと。私たちはこのことを絶対に忘れてはいけない。しかし、ではどうして当時の日本がそのような戦争に突入していったのかは、諸説あり真相は当事者でないかぎり不明である。そして当事者であった軍部首脳はほとんどが東京裁判で極刑に処され、真相を知る者はいまやほとんどいない。皆さんはおかしいと感じたことはないであろうか。現在のようにインターネットで簡単に情報が入手できる時代ではないとはいえ、日本の政治家や軍部が本気でアメリカやイギリスに勝てると思っていたのだろうか?と。資源も人口も桁違いの欧米諸国と正面切って喧嘩をして勝てる勝算が本当にあって起こした戦争だったのか?と。GHQの最高責任者であったマッカーサーは、戦中と戦後の日本の状況、そして日本人の持つポテンシャルを深く考えて対策をしている。彼の言動をみることで、先の戦争の意味が見えてくるだろう。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事