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マインドフルネスとはリラックスすることではない

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ある男が隣家に芝刈り機を借りにいった。途中で相手に「どうして自分で買わないのか?」といわれたときのことを想像して「ゆとりがないので」と頭の中で答える。すると相手に「分割払いで買えば」といわれたと想像し「借金は好きではないので」と答えると「そんなこといっても現にあなたは人の家へ物を借りに来ているではないですか」とやりこめられる。ちょうどそのとき、道ばたで当の隣人と出くわし、思わず「あんたのいまいましい芝刈り機なんか借りるものか!」 と怒鳴ってしまう。

人間はイメージの中でずっと過ごすことができる

これは古典的なジョークだが、われわれはふだん、この芝刈り機を借りにいった男と多かれ少なかれ似たようなことをして人生の大半を過ごしている。「あいつだけは許せない」とか「出費が多くて気が滅入るなあ」とか「なんてバカなことをしてしまったんだろう」とか、たえずアタマの中でなにかを呟きながら日々を送っている。

これは動物の中でも、人間ならではの特徴だ。脳を発達させたことによって人間は自分でつくりあげたイメージを長く保持し、そのイメージの中でずっと過ごすことができるようになった。その能力のおかげで人間は将来起きるかもしれない問題をシミュレートして、あらかじめ対処することが可能になった。それは人間が自然界の中で生き延びていくうえで大いに役に立った。

 われわれを苦しめるのは現実ではなく、現実のとらえ方

しかし、そこには大きなマイナス面もあった。こうした能力があるがゆえに、人は過去や未来に気をとられすぎて、現実との接触を失いがちになる。そればかりか、過去の記憶にまつわる恐怖が、未来への不安をみちびき、しばしば現実をありのままに見られなくなる。その反応パターンが固定化すると、現実がいかに変化しようとも、そのパターンをとおしてしか現実を見られなくなってしまう。

たとえば、過去に跳び箱を跳びそこねて怪我をした子が、つぎに跳び箱を跳ぼうとしても、どうしても踏み切れないといったケース。この子が今見ているのは目の前にある跳び箱ではなく、過去の失敗の記憶にまつわる恐怖や不安である。その恐怖や不安にさらされていると、こんどは自分を軽蔑したり、跳べる子を憎んだりするようになる。

人を苦しめているのは現実そのものではなく、現実についての考え方やとらえ方である。「考え方」や「とらえ方」は自分がアタマで作りあげたものなので、もともと実体はない。にもかかわらず、その実体のないものが、つねに人間の悩みや葛藤の根っこにある。仏教はそのことにずっと昔に気づいていて、アタマの中でイメージを作りあげるのをやめて、いまこの瞬間にとどまるための方法をいろいろ編み出してきた。

氾濫するマインドフルネス

その仏教の瞑想法をルーツとして、心理学や脳科学を取り入れつつ、宗教性を脱色した現代の瞑想法にマインドフルネスがある。近年グーグルやインテルが研修プログラムに採用したことで日本でも知られるようになった。テレビや雑誌でしばしば取り上げられ、いまやビジネス系の自己啓発から、うつやパニック障害などの治療、それにエコロジーやヒーリングやスピリチュアル系の世界でもマインドフルネスという用語はすっかり入り込んでいる。

アメリカはさらにすごい。マインドフルネス・ヨガ、マインドフルネス・カウンセリング、禅マインドフルネス、マインドフルネス・ダンス、マインドフルネス・太極拳、中にはマインドフルネス・クッキングなんてのまである。とりあえずなんでもマインドフルネスをつければ付加価値がアップするらしい。

リラックスできない感覚に注意を向ける

日本一わかりやすいマインドフルネス瞑想』(松村憲・著/BABジャパン・刊)には、このマインドフルネスのさまざまな瞑想法が紹介されている。その基本は「今この瞬間に心を集中させ、判断をしないでありのままを観察すること」である。その具体的な方法にはふれないが、実際にやってみると「これでいいのだろうか」「リラックスできない」「わからない」「うまくできない」といった疑問や不安が生じるかもしれない。

しかしそのとき大切なのは、「リラックスしなければ」「うまくやらなくては」といった思いに心を向けず、「今この瞬間」に起きている「リラックスできていない」自分の感覚を十分に味わうことだ。リラックスは目的ではない。結果としてリラックスすることはあるかもしれないが、リラックスしなくてはと意図的に深呼吸したり、背筋を伸ばしたりすることは、むしろ「今この瞬間」の感覚から離れることになる。

身体で「今」に着地する

マインドフルネスという名称からすると、だいじなのは心(マインド)だと思うかもしれない。しかし、じつのところ注意を向けるのはマインドより身体のほうだ。「リラックスできていない」感覚に集中するというとき、それは「リラックスできていない」という思考に注意を向けるのではなく、そのときの身体感覚(たとえば呼吸の状態や体のこわばり)をしっかり感じるということである。頭でイメージした理想状態へと自分を近づけるのではなく、自分の身体感覚にひたすら耳をかたむけて、「今この瞬間」にしっかり着地することをめざすのである。

なぜ、「今」にいることが大切なのか? それは「今」だけが生きている力を感じられる場所だからだ。「今」だけが自分が主体的に働きかけて変化をもたらすことができる場だからだ。未来や過去に根ざした記憶や、それにまつわる恐怖や不安を離れて「今」に着地するとき、われわれは本当の意味で生きていることを感じられる。

(田中真知)

日本一わかりやすいマインドフルネス瞑想

著者:松村憲
出版社:BABジャパン
マインドフルネス(Mindfulness)とは、心を「今この瞬間」に置く瞑想です。「呼吸を見つめる瞑想」「歩く瞑想」「音の瞑想」「食べる瞑想」等で効果を実感でき、集中力を高め、健康を増進し、心の内に安心を見つけられるようになります。本書を読むと、誰でもすぐマインドフルネスが実践できます。米国グーグル社の社員研修にも採用される、今、注目のマインドフルネス。僧侶や心理学者ではなく、現場のセラピストがやさしく教えます。

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