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あのオリンピック。あの選手の、あの名言。

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「リオ決定だべ!」
2016年1月31日。午後2時半をちょっと過ぎた頃。ヤンマースタジアム長居に一番で帰ってきた福士加代子選手は、公式時計の数字を確かめてガッツポーズをとった後、永山忠幸監督と抱き合った。2時間22分17秒。リオ・オリンピックの出場を確信した福士選手がインタビューを締めくくる言葉として選んだのがこの一言だ。
どのオリンピックにも、オリンピック・モーメントとでも呼ぶべき、いつまでも忘れられない場面がある。それを聞くと、その場の空気の匂いまで思い出すような言葉。オリンピック・モーメントは、名言と共にいつまでも生き続ける。
この原稿では、筆者の私的オリンピック・モーメントをシェアさせていただきます。 

「今まで生きてきた中で、一番幸せです」

当時14歳だった岩崎恭子さんが、1992年のバルセロナオリンピック女子200メートル平泳ぎで金メダルを獲得した直後のインタビューで答えたのがこの言葉だ。決勝レースは、当時の世界記録保持者であるアメリカのアニタ・ノール選手が圧倒的に有利だと言われていたが、そのノール選手をおさえて、なんとオリンピック新記録で勝ってしまった。このレースを解説していた高橋繁浩さん(ロサンゼルス/ソウルオリンピック平泳ぎ代表)のゴールの瞬間の絶叫と共に、忘れがたいオリンピック・モーメントとなった。

「こけちゃいました」

舞台は同じ1992年のバルセロナ。優勝候補と目されていたマラソン日本代表、谷口浩美さんを思わぬ不幸が襲う。20キロすぎの給水所でボトルを取ろうとした時、後ろから来た選手とぶつかり、左足の踵を踏まれ転倒し、しかも靴が脱げてしまった。すぐに靴を見つけて履き直し、再び走り出したが、30秒以上のタイムロスは致命的だった。
8位入賞という成績でフィニッシュした谷口さんは、照れたような口調で「こけちゃいました」と言い、こう続けた。「これも運ですね。精いっぱいやりました」
すごいな。すべてをかけて少なくとも4年間は黙々と練習してきて、もらい事故みたいな感じでレースが台無しになってしまったのに、こんなに淡々と語れるものなのか。この場面を見るたびに、バンゲリスの『炎のランナー』のテーマが脳裏に響き渡ってしまう。

「初めて自分で自分をほめたいと思います」

1996年、アトランタオリンピックの女子マラソンで銅メダルを獲った有森裕子さんは、その4年前のバルセロナですでに銀メダリストとなっていた。ゴール後のインタビューで涙を流しながら語ったこの言葉を知らないという日本人はあまりいないだろう。アトランタオリンピックの代表選考において、決して自分のせいではなく松野明美さんとの間で騒動が起こり、大きな話題となった。それを乗り越えてアトランタで銀。そしてバルセロナで銅。限られた競技生活の中、8年という決して短くない時間で募った思いが込められた言葉がほとばしり出たのだろう。
この場面で筆者の脳裏に響くのは、ベルリンの『愛は吐息のように』かな。有森さんの表情は、息を呑むほど美しく、神々しかった。

「ふなきぃぃ~」

史上3回目の日本でのオリンピックの舞台は長野。この大会でのオリンピック・モーメントはラージヒル団体での金で間違いない。雪が降りしきる中、日本チーム(岡部孝信、斉藤浩哉、原田雅彦、船木和喜各選手)の3番手としてスタートした原田選手の1本目は、79.5メートルという下から3番目の記録だった。
ところが、雪が激しくなったため30分の延期を挟んで再開された原田選手の2回目は、当時の実況によればビデオ計測が不可能なレベルの137メートルという大ジャンプ。30分という短い時間枠の中で気持ちを切り替えたのだ。
飛び終えてチームメートとハグした原田選手は、スタート地点を見上げながら、唱えるように「ふなきぃぃ~」と言っていた。安堵と期待と信頼と激励。すべてのポジティブな感情が詰まった言葉だったに違いない。

言霊が生むオリンピック・モーメント

オリンピックに出ることの背景には、ありとあらゆる種類のエネルギーが渦巻いている。言葉が発するエネルギーもそのひとつ。まさに〝言霊〟だ。言葉に込められた思いが量子レベルのエネルギーとなって、森羅万象に広がり、さまざまな事象を生む。
『オリンピック選手の宣言力』(瀬戸口仁・著/ブックビヨンド・刊)は、突き抜けたレベルにあるアスリートたちが、これから事に当たるという時点で発した言葉を集めた一冊だ。戦いが終わった後、あるいは終わりそうな時点での言葉を集めたこの原稿をエピローグにたとえるなら、すべての始まりであるプロローグということになるだろう。リオ・オリンピック開幕まで4ヵ月あまり。今年は、どんなオリンピック・モーメントが生まれるのだろうか。この原稿で、ワクワクする準備を少しだけでも整えていただけたなら、嬉しい限りです。

(文:宇佐和通)

オリンピック選手の宣言力

著者:瀬戸口仁
出版社:ブックビヨンド
4年に1度開催されるオリンピック。このドラマの“主人公”である彼らの宣言に共感できれば、しめたものです。その宣言によって背中を押され、明日への勇気が生まれてくることは間違いありません。

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