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天才絵師・伊藤若冲は江戸時代に生きた目玉おやじのようだ!

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今から300年前、一人の男の子が生まれた。
老舗青物問屋の長男として産声を上げたのだ
場所は、京都の錦小路。
時は亨保元年。
長男が家を継ぐと定められた時代であり、店の跡を取ることが運命づけられた赤ん坊だった。
ところが、この男の子、どういうはずみか、商売よりも絵を描くことに夢中になってしまう。
母親のお腹の中で、ソロバンではなく、絵筆を握ってしまったのかもしれない。
後に稀代の天才絵師として名を馳せる伊藤若冲の一生は、こうして何かの間違いのように始まったのだ。

江戸時代の「目玉おやじ」

若冲は、絵を描くこと以外は何の楽しみも持たない人だった。朝から晩まで、絵さえ描いていられれば、満足だった。
しかし、だからといって、家業をおろそかにしたわけではない。
四十歳で、弟に家督を譲るまでは、商売をしながら画業にいそしんだ。
いわば兼業画家だったわけだが、二つの仕事を両立させるため、彼はいくつかの工夫をした。
写生をするため野や山に出かけることができなかったため、庭に数十羽の鶏を飼い、ひたすらに観察した。彼は後に「鶏の画家」として有名になるが、すさまじいまでの写実力と現実を超えた美しさは、庭先でコケコッコ~~と騒ぐ飼い鶏から生み出されたものなのだ。
漫画家・水木しげるが作り出したキャラクターに「目玉おやじ」があるが、若冲は商売以外のところでは、まさに目玉そのものとなって生きていたのではないだろうか。

奇跡のマリアージュ

この目玉おやじ、現実の世では、父親にならなかった。絵だけに賭けたその一生ゆえか、結婚もせず、子供ももうけなかった。
彼はただ描いた。
ひたすらに描いた。
鶏はもちろんのこと、動物、植物、昆虫や水生生物など、目玉をあちこちに動かし、穴があくほど見つめ、そして、絢爛豪華な絵画として完成させた。
若冲の描いた生き物たち』(学研プラス・刊)は、彼の描いた生き物たちに焦点をあて、彼がいかに実際の生物に忠実であったかを検証しながら、実物を超えた力を持つことを教えてくれる。
この本は「画集」でありながら、対象となる生き物の写真も掲載されており、「図鑑」としての要素が盛り込まれている。
それにしても、図鑑と絵がこれほどしっくりと融合するものなのか!私は思わずうなった。
まるで、ドキュメンタリーと小説が、同時に成立して、独特の美を醸し出しているようで、事実と虚構のマリアージュと呼びたくなる出来ばえだ。

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絵を描いていないと生きていられない

若冲は、華やかな色彩の絵を描いたかと思うと、秀逸な水墨画も残しており、多くの顔を持っているように見える。
では、若冲自身はどんな人物かというと、老舗の家に生まれながら、本人は無欲な人であった。
1枚の絵の画料としては安価な米1斗で、たくさんの人に自分の絵を惜しみなく分け与えたという。
彼にしたら、絵を描いてさえいれば幸福なのだから、代金などには無頓着だったのだろう。
そもそも絵師を仕事と思っていなかったのかもしれない。
毎日の生計は商売で得た金銭でまかなうことができる。充分、生きていける。
しかし、それでは、体が生きていても、魂が死んでしまう。絵を描いていないと、魂が酸欠状態に陥り、息が出来なくなってしまったように思える。

陸の上でも、水の中でも・・・

各種の生物に徹底的なまなざしを注いだ若冲だが、海の中の生物にも観察眼を発揮し、図鑑のように細かな描写をしてみせる。
水中眼鏡をかけて、海中を泳ぎ回ったのではないかと思うほどだ。
「群魚図」も素晴らしい。蛸や鯛やルリハタなどの海の生き物が、この上もなくマニアックに描かれている。若沖は水の中でも「目玉おやじ」のままだ。
好きなものを徹底的に追求し続けるその姿には打たれないではいられない。
そこまで好きなものを持たない私には、まぶしくさえある。

 

環境に負けない目玉おやじ

若冲は絵師としては恵まれた環境にはなかった。
商売もしなければならず、時間がなかった。
家から出られず、風景を描くわけにもいかなかった。
晩年には大病を患い、大火によって、生活も困窮した。
それでも、彼は負けなかった。
ただ、絵を描き、足りないところは想像力で補った。
鎖国時代に生きていることさえ、ものともしなかった。

それは以下のことからもわかる。

ルリハタという魚には、当時ヨーロッパから伝わったばかりの絵具、ベルリンブルーが使われている。鎖国日本の京都にいて、外国文化への関心や好奇心が強い若冲であった
(『若冲の描いた生き物たち』より抜粋)

不自由さえも絵の肥やしにする目玉おやじ。
対象物をひたすらに見つめ、美しい絵として完成させることができる目玉おやじ。
それが天才絵師・若冲だと私は思う。

(文・三浦暁子)

 

若冲の描いた生き物たち

著者:伊藤若冲(画)
出版社:学研プラス
2016年に生誕300年となる伊藤若冲。その若冲の絵の素晴らしさを余すところ無く解説した「美術画集」の部分と、そこに描かれた生き物の生態や、そこから想像される人々の文化的側面にも触れた「図鑑」的な部分からなる、若冲の「生物観」に迫る一冊。

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