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80年代、何してた?

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当方は今も昔も音楽の趣味に一貫性がない。こだわりがない。だから、「どんな音楽が好きなの?」と聞かれるといつも困る。しかし、80年代の邦楽については、少々違う。少々熱くなる。現在アラフォーの世代にとっては、あの時代こそが歌謡曲の原点であり、色あせない音楽シーンの宝庫なのだ。

11歳。初めて買ってもらったシングルレコードはチェッカーズの「涙のリクエスト」だった。13歳。初めて行ったコンサートは松任谷由実だった。二度目は大江千里、三度目はとんねるず。キョンキョンを真似て刈り上げのショートボブにして学校に行ったら、「クリボー」(スーパーマリオの弱キャラ)というあだ名をつけられた。おかんは年甲斐もなく松田聖子ヘアだった。

当時のヒットナンバーを聴くと、このように思い出の嵐が吹き荒れる。音楽に明るくなくとも、みな語りたいメモリアルを持っているのが80年代の歌謡界だろう。

 

松田聖子と中森明菜』(中川右介・著/朝日新聞出版・刊)は、「八十年代を生きた人が『同時代史』として懐かしく思い出し、あの時代を知らない世代が『歴史』として面白がってくれることを目指し」た一冊であり、「歌手としての軌跡を追い、彼女たちの個性に触発されて、当時最前線にあった作詞家作曲家たちが生み出した作品そのものを語る」もの。あくまで二人の歌手(またその背景の音楽カルチャー)の人と作品を記述する本であり、ヒットソングが誕生する時代背景が大変興味深い。

 音楽番組も花盛り

そんな80年代当時、わしはまあまあ本気で歌手を夢見ていた。よくアーティストが「子どもの頃から歌が得意で、歌うと誉められて嬉しかった」などと語るが、当方は見事なオンチだったので、ウケることはあっても誉められることはまずなかった。しかし、思い立ったら即行動と、わしはまず「ちびっこものまね王座決定戦」なる番組オーディションに応募した。

親は、やりたいんやったらやったらいいというリアクションだった。問題は、選曲だ。松田聖子は高音キーが出なかった。中森明菜はリズムが難し過ぎた。キョンキョンは手も足も出なかった。

で、両親が買ってきたのが、なぜか美空ひばりの「真っ赤な太陽」のカラオケだった。懐メロで行け!というよくわからない戦略だ。思えば、美空ひばりほど難易度の高い歌はない。

キョンキョンでも中森明菜でもなく、美空ひばり

日夜練習を積んだ。おとんがカセットをかけ、おかんがお手本に歌い、わしが続く。歌詞をすっかり暗記したところで、オーディション当日になった。大阪の片田舎から、2時間近く電車を乗り継ぎ会場に向かった。電車で乗り合わせる子どもたちが全員ライバルに見えた。

オーディション会場はどこかのスタジオだった。伴奏はピアノで、「声を出してみて」と言われ、声を発すると、そのキーに合わせ演奏が始まる。いきなりプロになったみたいでカチコチになった。

わしは懸命に歌った。熱唱とはお腹の底から応援団のように声を出すことだと信じて疑わなかった。会場はシーンとした。もう喉が枯れる程絶叫し、1番を歌い終わったところで「ありがとうございました」とあっさり終了になった。

あっけなく夢から覚めた90年代

わしのあとの子は、中森明菜を歌った。リズミカルなダンス付きで派手なリボンをつけた長い髪の毛は、すでにアイドル然としていて圧倒された。いきなり世間というものを見せつけられた瞬間でもあった。

オーディションは一次であっさり落ちた。

帰りの電車では絶望の渕に立っていた。自分にはなんの取り柄も才能もない。圧倒的敗者だという事実は、それまで知らない種類の新しい苦しみだった。隣でつり革につかまるおかんが邪魔だった。一人にしてくれ、と思った。黙りこくるわしに、おかんが一言言った。

「あんた、何かに落ちるたびにそんな辛気くさい顔して落ち込むんか? それやったら、お母さんこれからなんも応援できひんわ」

真理だった……。そうだ、自分にはまだ「これから」があるではないか! かくしてわしは、懲りることなく「真っ赤な太陽」でオーディションを受け続けたのだった(全敗)

90年代に入ると唐突に夢から覚めた。これといった感慨もなかった。その頃には、もうキョンキョンヘアではなく、親子揃ってソバージュ頭に進化していた。そして今度はお笑いで吉本興業入りをひそかに目指していた。町には、小室ミュージックが溢れていた。

(さくらいよしえ)

松田聖子と中森明菜

著者:中川右介
出版社:朝日新聞出版
アイドルを自覚して演じた松田聖子と、唯一無二のアーティスト・中森明菜。二人は相反する思想と戦略で、80年代消費社会を代表するアイドルとなった。商業主義をシビアに貫くレコード会社や芸能プロの思惑が蠢く芸能界で、彼女たちはいかにして生き延びたのか?

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