ハウツーが満載のコラム
文字サイズを変更する

ナンシー関の大予言。2015年の芸能界を総点検する

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

かつて「薬丸は、はなまるカフェに住んでいるようなものだ」と指摘した人物がいる。

その名は、ナンシー関(なんしー・せき)。2002年に急逝した消しゴム版画家で、唯一無二のすぐれたテレビ評を書くことでも有名だった。

はなまる難民

前述したナンシー関の発言は1999年のものであり、「薬丸」とは、タレント・薬丸裕英のことだ。つい最近、彼が住みなれた場所を失ってしまったのはご存じのとおり。

2014年の春に『はなまるマーケット』が終了して以来、薬丸はネットカフェ難民のごとく、ゲスト出演者として各局のバラエティ番組を漂流している。アド街のレギュラー枠はあるものの、その程度では『はなまる』が無くなった虚無感を埋めることはできない。べつに埋めなくてもいいが。

芸能界メッタ斬り

ここに『ザ・ベリー・ベスト・オブ「ナンシー関の小耳にはさもう」100』という芸能人コラム集がある。39歳の「彼女」が急性心不全で亡くなったあと、その翌年の2003年に出版されたものだ。薬丸のくだりも収録されている。

いまから10年以上も前に出版された本書には、ほかにも松岡修造、飛鳥涼(ASKA)、ヒロミ&松本伊代夫妻、辻仁成、オネエ人気、寺門ジモンなど━━現在の芸能界を見通したかのようなタレント評の数々が収録されている。

華原朋美は「治った」ということになっているようである。

(『小耳100』2001年のコラムから引用)

この一節にふれて心がざわついた人には、きっと楽しんでもらえると思う。ここからは、ナンシー関のするどい指摘を参照しつつ、現在の芸能界を点検していきたい。

ヒロミ&松本伊代 夫妻

かねてから松本伊代は、というよりヒロミ・伊代夫妻はポスト・キンキンケロンパを狙っているという説を唱えてきた。

(『小耳100』1999年のコラムから引用)

このコラムが書かれたあと、ヒロミは芸能界からフェードアウトしている。時おなじくして、伊代のテレビ出演も控えめになった(ような気がする)。さすがのナンシー関も読みをハズしたかと思っていたら……さいきんのヒロミは、いつのまにか「芸能界の再チャレンジ枠」にエントリーしてテレビ出演を確保しているではないか。ちゃっかりしてるよ。

ナンシー関の指摘どおり、ヒロミと伊代は「ポスト・キンキンケロンパ」計画を着々と進めていたわけだ。2014年はじめに放送された『有吉ゼミ 新春スペシャル』において、はじめてヒロミ&伊代の夫婦生活が放送されたことで、それが明らかになった。

片付けられない妻・伊代
腹をたてない夫・ヒロミ
料理ができない妻・伊代
文句をいわない夫・ヒロミ

番組内において、伊代とヒロミは「依存も干渉もしすぎない」ゼツミョーな距離感を保った理想の熟年夫婦として紹介されていた。あの放送によって、視聴者の評価は「中尾彬&池波志乃」夫妻のそれを上回ったのではないか。

このままいけば、ヒロミはキンキン亡きあとのアド街の司会を薬丸と争うことになるかもしれない。知ったこっちゃないが。

小室哲哉&ASKA

 小室哲哉と飛鳥涼が対談していた。ビッグ対談と言っていいだろう。日本音楽界最高峰の顔合わせ、と言っても過言ではない。
しかし、この含蓄のなさは何だろう。

(『小耳100』1995年のコラムから引用)

このビッグ対談がおこなわれてから20年がすぎた。ひとりは身ぐるみをはがされて無一文になり、もうひとりは執行猶予中の身だ。

「あとで電話番号おしえてください」

これは当時、対談を終えたあとに小室がASKAに向かって発したことばだ。いったい「T.K」は「チャゲの元相方」に何の用があったというのか? 2015年にあらためて読み返すと、じつに味わいぶかい一言だ。

ピーコとマツコ

 おすぎとピーコ、とりわけピーコは人気が爆発していると思う。

(『小耳100』2000年のコラムから引用)

かつて1999年から2000年にかけて『2時のホント』というワイドショー番組があった。現在、マツコ・デラックスが月曜レギュラー出演している『5時に夢中!』よりも3時間も早い時間帯である。

『2時のホント』では、ファッション評論家であり同性愛者を公言しているピーコがメインキャスターを務めていた。昼の日中から、週5日間にわたってピーコが長時間テレビに映しだされるという状況が1年間続いた。当時のナンシー関は、つぎのように評している。

ゲイがスタンダードをとっている世界というのは存在するだろうが、お茶の間レベルでテレビ(それも真っ昼間)で、というのは初めてではないか。

( 同上)

ピーコとマツコ・デラックスが、ゆるやかな師弟関係にあることは知られている。現在の芸能界におけるマツコ大躍進の下地をつくったのは、杉浦兄弟(ピーコ&おすぎ)が視聴者の目を「慣れさせた」おかげと言ってもいい。

ちなみに、マツコ・デラックスは生前のナンシー関と対談している。くわしくは『評伝 ナンシー関』を読んでほしい。巻末あとがきに、マツコがナンシーの思い出を語った長文インタビューが収録されている。ルポタージュとしても秀逸な1冊だ。

ナンシー関の目に狂いはなかった

彼女が注意ぶかくウォッチしていたのは、大物タレントやスキャンダラスな人物ばかりではない。

たとえば、引退直後の舞の海に太鼓判を押している(2000年)。その評価は「相撲取りにしては小さいから(たぶん)成功する」というテキトーなものだが……あれから15年もたつというのに、舞の海は細くながく芸能活動をつづけている。

このまえBSフジをながめていたら、どこかの原っぱに集った老人たちに向かって「グルコサなんとか」という錠剤を激プッシュしていた。お面のような笑顔で。

ほかにも、佐藤藍子の「めげない女」っぷりを皮肉まじりに評価している。

 以前「佐藤藍子は "自分が受け入れられる" ということに関して強固な確信を持っている」と書いたが、更に彼女は「自分はおもしろい」ということについても確信を持っているフシがある。方向性に悩んでいる若手のお笑い芸人なんかより、よっぽど強い確信だ。

『小耳100』1998年のコラムから引用)

2015年の佐藤藍子は「馬の世話」をしている。乗馬インストラクターと結婚して、もっぱら馬を育てることにハマっているらしい。このまえテレビに出演しているのを見かけたが、藍子はハイテンションで「馬」について語りつづけ、あげく「馬」にむしゃぶりついてた。

動物とハイテンションでたわむれる。その方向性、唯一神ムツゴロウこと畑正憲くらいしか見当たらない。なるほど、いまの芸能界におけるブルーオーシャンである。しかし本気なのか佐藤藍子。本当にそっちでいいのか。やりとげる自信はあるのか。

(文:忌川タツヤ)

ザ・ベリー・ベスト・オブ「ナンシー関の小耳にはさもう」100

著者:ナンシー関(著)
出版社:朝日新聞出版
2002年6月に急逝した天才コラムニスト&消しゴム版画家ナンシー関。彼女が週刊朝日に連載した全コラムの中から厳選した傑作100本を一挙収録。テレビという窓を通して時代と格闘し続けた足跡を一冊にまとめた、一周忌追悼オリジナル文庫。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事