天才が出る地域は決まっている!?

インドのマドラスの南方にあるクンバコナムという地域は、天才を3人も輩出している。ノーベル物理学賞のラマンとチャンドラセカール、そしてもうひとりは数学者のラマヌジャンである。このエリアに美しい寺院が点在していることに気づいたのは、数学者の藤原正彦さんで、ベストセラーとなった著書『国家の品格』では「美の存在しない土地に天才は、特に数学の天才は生まれません」と明言している。では、先日ノーベル医学生理学賞を受賞した大村智さんはどのような土地に育ったのだろうか。

 

日本人受賞者の出身地

日本人のノーベル賞受賞者は現時点で24人だが、その出身地は、大阪・愛知・京都・奈良……と、西日本が並んでいる。東京出身者は2人しかいない。そして24人の出身大学も受賞時の所属大学も、必ずしも東大や京大ではない。これについては地方のほうがゆっくりと研究できるからだ、などと言われたり、自然に囲まれる環境のほうがいいのではとも言われている。そして今回のノーベル受賞者の大村さんは、山梨県韮崎市出身、東京理科大学大学院卒で、北里大学特別栄誉教授である。

筆者も山梨県出身であり、親戚がいるので韮崎市のことは良く知っている。甲府市よりも北西に位置するこの辺りはゆるやかな上りが続き、道の脇には畑が並ぶ。民家の庭先には柿の木があり、のどかな良くある日本の田舎という環境だ。しかし遠くに目をやると、その美しさと厳しさに圧倒される。四方の山々の存在感がすごいのだ。特に冬場はそびえる南アルプスや八ヶ岳が蒼く凍てつき、冷たい風を吹き付けてくる。そして遠くにある富士山が、神々しい輝きを放っている。甲府出身の私は、韮崎に来ると山の力強さにおそろしさすら感じるほどだった。

偉人を育てた景観

「韮崎の景観は世界に類がない」と大村さん自身も発言している。オーナーを務める温泉施設の案内版も、景観を損ねないよう小さめに作り直したという。韮崎の美しさは、山並みだけではない。小高い場所にある家が多いので、田園風景を見おろせるのだ。春になれば山々の背景の前に桜や桃のピンクと菜の花の黄色、夏には木々の緑と空の青のハーモニーを眺められる。四季で変化していく自然を眺めて暮らすことができる、贅沢なエリアなのだ(韮崎市観光協会にも風光明媚な画像が何枚も載っている)。

大村さんが館長を務め、自身のコレクションを展示している韮崎市の大村美術館のホームページには「これまで科学者として、海外での研究生活や旅を続けてまいりましたが、これらの機会は、同時に故郷の風景のすばらしさを再認識する日々だったように思います」と記している。この韮崎の地には、阪急東宝グループ創業者であり宝塚歌劇団を創った小林十三さんも育っている。サッカーの中田英寿さん(高校の3年間を韮崎市で過ごしている)も、世界を見据えた活動をされている。

自然美が教えてくれること

私も甲府市で、毎日富士山を眺めて育った。不思議だったのだけど、富士山は哀しい時には温かく光り、嬉しい時にはきらきらと輝いて見えた。人の感情によって景色の印象は変わるのだということを身をもって学べたと思うし、それは多分、私の小説の中にも生きている。私は今東京に暮らしているけれど、子ども達をしょっちゅう山梨に連れていく。視界に四季が入る暮らしは、禅的な深みを瞬時に味わえるようなものだと思う。この深みが感性の幅を広げるのかもしれない。

『大村智ものがたり 苦しい道こそ楽しい人生』(馬場錬成・著/毎日新聞出版・刊)は大村さんの半生記で、韮崎市の自然の中で育つ姿も描かれている。大村さんは、山々からの厳しい風を受けながらスポーツに励まれた。幼少期から、たい肥の微生物によって畑の作物が育つさまを見て暮らしたという。微生物の研究者となってからも、この農作業のことをよく思い出したそうだ。自然は言葉には出さないけれど、さまざまなメッセージを送ってくる。それを受け取る感受性を養うことこそが、歴史的発想につながっていくのかもしれない。

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