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メスの意味を知り、泣きました

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できることなら、病院には行きたくない。
誰もがそう思っているだろう。
風邪をひいてクリニックに行くくらいならともかく、大病院に行くのは嫌だし、入院となったら、もうそれだけで「死にたくなっちゃう」と、いう人も多いだろう。
ましてや、手術となったら・・・。
考えるだけで、寒気がしてくる。

病院嫌いの夫だったが・・・

私の夫も大の病院嫌いだった。
腕に奇妙なこぶができているのに、「いいの、大丈夫」と言い張って、検査に行こうとはしなかった。
近所のクリニックで「異常ありません」という診断を受けたことをまるで水戸黄門の印籠のようにかざして見せては、「大丈夫だったら大丈夫」と、ニコニコしていた。
しかし、大丈夫ではなかった。
ほうっておくと、他の部位に転移する可能性がある腫瘍があるとわかり、さあ、それからは大騒ぎだった。
好きも嫌いもない。
大学病院で手術をするしかないという診断を受けたからだ。

病院は新世界?

幸い、手術は成功し、その後も転移は認められず、元気に暮らしている。
しかし、昨年、一年間はほとんど入院しており、私も看病のため、毎日、大学病院に通った。それはまるで新世界を旅するような日々だった。
毎日、毎日、知らなかったことに出会い、驚いてばかり。
泣いたこともあるが、笑ったこともけっこう多い。
そして、私は変わった。

病院はアスリートの仕事場に似ている

今まで、私は病院は嫌なところで、手術室はこわいところ、メスやハサミは人の体を切り刻む恐ろしい道具と思っていた。
しかし、今は違う。
人は誰しも必ず死ぬとわかっていながら、病院のスタッフは、その運命に必死で逆らうと知ったからだ。
手術を終えて運ばれてくる患者に付き添う看護師や医師の美しい顔、そして、しなやかなその動き。スピーディでいながら、水の上をすべるように担架を押す姿は神々しく、輝いていた。
私はそういう場面に何度も遭遇し、そして思った。
鍛え上げられたアスリートのようだ、と。

再建手術は職人芸

再建手術、承ります』(寺尾保信・著/毎日新聞社・刊)には、アスリートのような医師の日常が描かれている。
忙しく、激しく、熱い思いに満たされた医療現場の様子に触れると、私が味わった病院での毎日が蘇ってくるようで、胸がいっぱいになった。
著者は形成外科医として毎日、様々な要望にこたえてきた人だ。
「これはできない」という言葉を使わず、必死で現実に立ち向かう。
癌のため失ってしまった顎や舌や乳房を元通りの形に再建する。
失ってしまった体の一部、たとえばアキレス腱やお尻を再建して、患者が歩いたり、座ったりすることができるようになるまで面倒を看るときもある。
全身をくまなく再建する技術は、まさに職人芸だ。

指をなくした患者さん

号泣してしまったエピソードがある。
ある若い男性の再建を行ったときの話だ。
彼は「やんちゃ」をして、両手の小指を失った人だった。
なんとか人生をやり直そうと考えた彼は、刑務所から病院に直行してきたという。
指を再建し、再就職をするためだ。社会復帰しようと必死だったのだ。
それだけではない。
腕から胸にかけて彫られた刺青を元の皮膚に「再建」して欲しいという願いも持っていた。
難しい仕事である。プレッシャーも半端ではない。
しかし、主治医となった寺尾医師は投げ出さずにメスをふるう。
彼も痛みに耐えて、元通りの体になろうとする。
が、しかし・・・。
向かった結末は、衝撃的なものだった。泣かずにはいられない。

メス、その美しさ

私は夫が手術するとき、「手術室に入れてください、お邪魔はしませんから」と、頼んだ。ダメで元々とお願いだけはしてみたのだ。
怖がりの夫が心細いに違いないと思ったこともある。
しかし、それよりも、いったい、どうやって、腫瘍を切除し、その傷口を埋めるのか知りたくてたまらなかったのだ。
冷たく光るメスの動きをこの目で見ていたかった。
当然のことながら、規則があるのでそれは果たせなかったのだが、今は見るまでもなかったと考えている。
冷たく光るメスが、実は暖かな心がこもったもので、元通りの生活にもどるための道筋を切り開こうとするためのものだとわかったからだ。
もちろん、病院は嬉しいところではないけれど、感動渦巻く場所でもあると、今は思う。

(文:三浦暁子)

再建手術、受け承ります

著者:寺尾保信
出版社:毎日新聞出版
<再建外科とは、癌の切除後や外傷によって失われた組織を再建する外科分野です。(中略)私たち再建外科医は、手術を通して三つの再建を行っています。そのうちの二つは「機能」と「形」です。食べる、話す、持つ、歩く、座るといった機能と、顔貌、指、乳房などの形です。「機能」や「形」を再建することは、患者さんが自分らしさを取り戻し、心身ともに元気になっていただくことにつながります。つまり三つ目の再建は「心」です。(プロローグより)>──すべては患者さんの「自分らしさ」を取り戻すために、顔面、乳房、四肢、そして体幹の再建に挑む、“毎日が臨戦態勢”の熱き外科医のノンフィクション!

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