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魅力的な老婆になるため読本

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ある夜、サスペンスを読んでいたら、鍵を沢山持った不思議な老婆が現れるシーンがあった。その瞬間、子どもの頃に夢中になっていた物語のばあさんが記憶のかなたにうすらぼんやりと浮かび上がってきた。

しかし、何に出てきたばあさんだったか。黒いオーバーに長いスカート。福々しい顔に白髪まじりのお団子ヘア。丸い輪っかに無数の鍵をぶら下げている。そうだ『ふしぎなかぎばあさん』(手島悠介・著、岡本颯子・絵/岩崎書店・刊)だ!

かぎばあさんは、かぎっ子の前に現れるミステリアスなばあさんだ。雪の上を歩いても足跡がつかない。かぎばあさんは、どんな家の扉もどんな金庫も解錠できるだけの鍵を持ち合わせている。

勝手に家に上がり込む。勝手に冷蔵庫や戸棚を開ける。

 

むちゃくちゃ、怖い。

 

が、次第にその恐怖は、ばあさんの圧倒的ぬくもりキャラによってするすると消え去り、誰もいない孤独ながらんとした家の中をワクワクするあたたかな空間に変えてゆく。

ばあさんは料理がむちゃくちゃ上手い。確か「ポークソテー」という料理名を覚えたのは、あの本を読んでからだ。唐揚げやハンバーグ、ステーキというメジャーな肉料理しか知らない子ども心に、それは衝撃だった。

そして、心もおなかもほかほかになった頃、ばあさんはかぎっ子が胸の中にひっそり抱えている悩みを解決するヒントのようなものをそっと残して去って行くのだ。それは明日につながるちょっとした元気の種。

 

わしはいわゆるかぎっ子ではなかったが、忙しい母親はしょっちゅうあちこちに出かけていた。鍵はその都度、植木鉢の下とか、犬小屋の下とかに置いてあった。そのこと自体を寂しいと思ったことはまったくない。それよりも、ありあまるフリーダムな放課後に何をして遊ぶかを考えるのに忙しかった。

 

 

生まれ育った家は、大阪の新興住宅地だった。坂の途中に似たような戸建てが並ぶ「山手」で、それはハイソな山の手を意味する住所ではなく、真裏に文字通り山がそびえていた。裏山を一人で探険し、わざとハイキングコースを外れた獣道を進むうちに、だんだんと日は傾き、目印らしき標識を見つけたと思ったら「ここから奈良県」という県境に至った時は、エベレストで遭難した人の気分になった。なんとか自力で下山しなければ……。枯れ枝でスネに引っかき傷を作りながらも、無事に帰還を果たした時、わしはかぎっ子の味方のばあさんなら「よくやった」と褒めるに違いないと誇らしくなった。

 

夕飯の時間、そんな遭難的冒険をしてきたことは話さなかった。親は宿題や習い事については口うるさかったが、それ以外のことについてはじつに寛容だった。擦りむいた膝を見ても、「つばつけとき。そのうち治るで」という自由奔放、というかほっらかし系だった。

 

それは、少々物足りなさにもつながった。親なら、大人なら、もう少し子どもの自由時間に関心を持つべきではないか? 自由でいたいが、気にはされたいのだ。

 

親の知らない秘密時間

だんだんと秘密の時間はエスカレートしていった。そしてついに、プチ家出を計画するに至った。

隣町に幼稚園時代、大好きだった若くてきれいなH先生が住んでいた。隣町とはいえ、徒歩で行ける距離ではない。通学バスで、先生が降りる場所を毎日見ていたから、道順も家の場所もばっちり覚えている。

 

小学生になったわしが訪ねて行ったら、先生はさぞかし驚き、ちょっとした騒動になるに違いないと思った。親は、知らない間にわしが逞しく成長をしていることに驚異を覚えるだろう。そして八つ当たりのように少し怒るかもしれない。願ったりだ。そんなストーリーを想像した。

 

学校から帰り、ランドセルを居間にぶん投げると家を出た。家出の作法がよくわかっていなかったので手ぶらだった。ただ、近所の人とすれ違い、「これからどこ行くん。気いつけや」と聞かれるたび、これから罪をおかす人のような気分でうろたえた。見知った人がいる町内をようやく抜け、国道に到達した。

 

何度か後ろを振り返った。誰も追ってはこない。国道の歩道は、歩くととても風が強く殺伐としたアスファルトの匂いがした。あともう少し、国道から横道に入ればH先生の住む町だ。

 

ぶんぶんと大きな車が横を過ぎる。家を出てから1時間弱、先生の住む古い木造の戸建ての前に到着した。先生が居なかったらどうしよう、と一瞬思った。また来た道を一人で戻ることは想定していなかった。

 

「せんせーい、Hせんせい〜」

 

扉の前で叫んだ。先生は、玄関を開けるなり「うわあ、よしえちゃん。なんで? どうやって来たん、小学校から来たの? おうちの人は?」

 

わしは胸を張った。

 

「ナイショで一人で来てん」

 

それから数分後、わしは先生の家の茶の間で山盛りのマカロニを前にしていた。食べる用のマカロニではない。茹でる前のかたいやつだ。

「せっかく来てくれたんやもん。これにな、細いペンで絵を描こう」

面食らった。そのあと、胸はワクワクした。

小さなマカロニにひたすら絵を描いた。

家のことは完全に忘れていた。幼稚園時代の憧れの先生を独り占めしている喜びがこみ上げる。

 

先生のうちはシンとしていた。先生以外誰も居なかった。先生も当然のように親きょうだいと一緒に住んでいるとばかり思っていたのだ。ご飯はここで一人で食べるのだろうか。そんなことを思ううち、色んな色に染まったマカロニが片手一杯くらいできると、先生はにこにことヒモを取り出した。

「マカロニの穴にヒモ通すねん。ほしたら、ほら! ネックレスになるやろ」

「わあ……」

あまりの素敵な展開に、わしは胸を打たれなんだか少し息苦しくなった。

ネックレスが出来たあと、しばらくお茶を飲みながら小学校の話をした。何を話しても、先生は「よしえちゃん、相変わらず元気やなあ、おもろいなあ」と笑ってくれた。

大人だって不思議な婆さんを待っている

そして暗くなる前、先生は「ほなそろそろおうち帰ろうか。先生、送ったげる」と言った。いやだとごねるほど物わかりが悪い子どもではなかった。もったいないほどの特別時間を頂戴したのだ。お手間を取らせてはいけない。

そう思いながら、先生の軽自動車の後部座席に乗った。

「マカロニたのしかったあ」

「うん、先生も」

その時、一瞬聞こうかと思ってやめた。

 

先生もかぎばあさん待ってたん?

 

山手の家にはまだ誰も居なかった。だんだんと裏山の後ろから紫がかった夜の空気が覆い被さっていた。

 

「先生ありがとう。これ、もらっていいのん」

 

ちょっとでも先生との時間を引き伸したくて、マカロニネックレスを握って聞くと、「うん。今度はもっと長いの作ろうな」

 

先生の車が見えなくなるまで「ばいばーいばいばーい」と手を振った。

 

その日の夕食の時、少し迷ったがおかんにもおとんにもH先生お宅訪問については黙っていた。話せば、あのきらきら光る秘密時間が台無しになってしまうと思った。カラフルなマカロニだけが冒険の証だった。

(さくらいよしえ)

ふしぎなかぎばあさん

著者:手島悠介・著 、岡本颯子・絵
出版社:岩崎書店
広一はかぎっ子。算数のテストが35点で大ショック。おまけに学校から帰ってきてかぎがないことに気がつきます。そこに……。

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