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「キングダム」の人物学

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日本のマンガには、ストーリーが進行するほど「登場人物の能力値」が「インフレーション」を起こすものがある。商業上の必要から発生するものであり、ある時期の「週刊少年ジャンプ」に掲載されていたマンガによく見受けられた。

現実は異なる。美術・数学・科学・哲学・建築など、時代をさかのぼるほど現代人では達成不可能な業績が残されていることを、わたしたちはよく知っている。史実においては、能力のインフレは逆方向にはたらくようだ。

春秋戦国の歴史は『キングダム』で楽しく学べる

中国の歴史がわかりやすい。たとえば『三国志』では、曹操や呂布や諸葛亮孔明などの超人的な能力をそなえた英雄が大活躍する。しかし、中国の歴史を好む者ならば、かれらを敬愛しつつも、それ以前の時代にもっと高い能力をそなえた英雄たちが存在したことを知っている。それは「春秋戦国時代」の英雄たちのことだ。

春秋戦国(しゅんじゅうせんごく)時代。累計発行部数2000万部超えの漫画『キングダム』(原泰久・著/集英社・刊)はこの時代を描いている。いわゆる『史記』の時代であり、有名な歴史マンガでいえば『封神演義』(藤崎竜・著)と『三国志』(横山光輝・著)のあいだの出来事だ。歴史小説をたしなむ人には『項羽と劉邦』(司馬遼太郎・著)直前の時代といえばわかりやすいだろう。

『キングダム』は、秦(しん)という国が、ほかの6国(韓・趙・燕・魏・楚・斉)を攻めほろぼして、史上初の中国統一王朝を築きあげるまでを描く大長編マンガだ。当然、若い頃の始皇帝(政)も登場するが、あくまでも主人公は「信(しん)」という少年だ。父の急死によって13才で即位せざるをえなかった弱王の「政(せい)」と、低い身分でありながら天下の大将軍を目指す「信」のアツイ友情を描いた成長物語でもある。

王翦と李信

史実では、始皇帝には「信」という仲良しの親友はいなかった。『キングダム』の設定はフィクションだ。しかし、秦には「李信(りしん)」という武将が実在した。

「史記」の人物学』(守屋洋・著/PHP研究所・刊)にわかりやすいエピソードが掲載されているので紹介する。

始皇は若手の李信という将軍を呼んでたずねた。
「楚を平定するには、どれほどの兵力が必要か」
「まず、二十万もあれば十分かと思います」
あらためて王翦を呼んでたずねると、
「相手はなかなかの強敵、どうしても六十万は必要でしょう」
という答えである。

(『「史記」の人物学』から引用)

「二十万もあれば十分」と答えた李信は、このあと大敗を喫する。満を持して王翦(おうせん)が出陣したところ、見事に相手国を滅ぼした。つまり、ほかの武将の引き立て役として登場する人物なのだ。

念のため言っておくが、二十万の軍勢を与えられるくらいだから、もともと李信は実績のある武将だ。けっして無能ではない。王翦がスゴすぎるのだ。信少年は『キングダム』では大活躍しているので、史実のことは忘れたほうが良いのかもしれない。

始皇帝は「商人の子」という説について

呂不韋という大商人がいた。
(中略)
呂不韋は、邯鄲の舞姫のなかでも、ひときわ目につく美女を身請けして邸に囲っていた。女はやがて呂不韋の子をみごもる。
(中略)
女を子楚に譲った。女は身ごもっていることをかくしたまま子楚のもとに移り、予定日から二ヶ月も遅れて子を生んだ。

政と名づけられたこの子こそ、ほかでもない、のちの秦王政、つまり秦の始皇帝なのである。

(『「史記」の人物学』から引用)

呂不韋(りょふい)は商人出身でありながら秦の宰相にまでのぼりつめた男であり、子楚(しそ)というのは始皇帝の前王のことだ。「始皇帝は商人の子」という衝撃的な記録は、司馬遷が著した『史記』の「呂不韋列伝」にも書いてある。

ただし、諸説がある。始皇帝誕生の秘密は「列伝」には明記されているが、一方の「秦始皇本紀」おいては「子楚の子である」と記載されているからだ。おなじ司馬遷の筆によるはずだが、相違があるのはなぜか?

写本や印刷を繰りかえす過程で改変がおこなわれた可能性があるという。司馬遷の『史記』は紀元前90年ごろに成立したものだが、いまのところ南宋時代(西暦1196年)に発行された『史記』の印刷本を参考にするしかない。原本完成から1000年以上も経っていれば、何らかの改変をされていてもおかしくない。(ただし「史記の研究本」の写本は南宋以前のものが現存している)

いいはこつくろう?

歴史は、常に更新されるものだ。1980年生まれのわたしは、中学校では「いいくに(1192)作ろう鎌倉幕府」という語呂合わせで年号を覚えた。だが、最近の学校教科書では「いいはこ(1185)作ろう鎌倉幕府」が主流だという。最新の研究成果が反映されたものらしい。

記憶に残っている事例がある。福山雅治が主演したNHK大河ドラマ『龍馬伝』が放映されていた2010年のことだ。「千葉佐奈という人物が元鳥取藩士と結婚した」という記事が載っている明治時代発行の新聞紙が発見されたのだ。

千葉佐那(さな子)は、千葉道場の師範代をつとめていた女性だ。龍馬が北辰一刀流を学んだ千葉周作の娘であり、通説やフィクションなどでは、龍馬が暗殺されたあとも想いつづけて、ひとり鍼灸院を営みながら生涯を独身で貫いたとされていた。『龍馬伝』では貫地谷しほりが好演していた。

当時の新聞記事(『千葉の名灸』という連載)によれば、明治6年に結婚したという。龍馬の七回忌を終えたあとに求婚を受諾したものの、それを知った父の千葉定吉が「あんなに龍馬のことを好きだって言ってたくせに、おまえ、ウソだったのか、お父さんは許さない、激おこプンプン丸!(意訳)」と激怒するあまり佐那を斬ろうとした……なんていうエピソードもあるらしい。

本題に戻って、2015年9月に出版された『人間・始皇帝』(鶴間和幸・著/岩波書店・刊)にも、始皇帝にまつわるさまざまな新説が紹介されている。たとえば、始皇帝の名は「政」ではなく、当時は「正」という表記だった。始皇帝は「正月」生まれであり、司馬遷が「正」と書いたのに、後世の写本や注釈でいつのまにか「政」になってしまったのではないか……など、とても興味ぶかい内容だ。『キングダム』ファンにもオススメしたい。

(文:忌川タツヤ)

「史記」の人物学

著者:守屋洋
出版社:PHP研究所
中国を代表する歴史大著『史記』。そこに描かれる千年有余にわたる数千もの人間の営みは、一つの壮大なドラマを織りなす。男と男が力の限りを尽した項羽と劉邦の天下取りの対決、権力者の狭間でしたたかにかつ周到に生きた中堅諸将の見事な智恵、そして、ときに時代をも動かした女たちの華やかで冷酷な計略の数々…。そこには先人たちの様々な生きざまが凝縮され、あらゆる人生の起承転結が読みとれる。

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