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ヒトはなぜ殺すのか?

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若いシングルマザーのもとに転がり込んだ男が、連れ子を虐待したあげく殺してしまう。あるいは、仲間内の人間を粛清したり、意見の異なる国や集団の人間をリンチしたり殺戮したりする。人間のこうした暴力性や残虐行為を、われわれはともすれば「ケダモノのような」と表現しがちだ。しかし、本当にそうだろうか?

ヒトは本当に「ケダモノ」なのか

じつは、これは半分正しい。一昔前までは動物行動学者のローレンツが『攻撃』で主張したように、同種間で殺し合いをするのは人間だけだといわれていた。だが、いまではライオンのような哺乳類、チンパンジーやニホンザルなどの霊長類にも子殺しが見られることがわかっている。

一方で「ケダモノのような」という言い方は半分まちがっている。自分たちの集団内の大人を殺す行動と他集団の個体を殺す行動が見られるのは動物の中でもヒトとチンパンジーに限られ、ほかの種ではほとんど見られないからだ。しかも、ヒト(ホモ・サピエンス)はその攻撃性において、チンパンジーをはるかにしのぐ。

暴力王ホモ・サピエンス

20万年ほど前にアフリカで誕生して以来、ホモ・サピエンスは、先住の原人や旧人と入れかわって現存する唯一の人類になった。それはチンパンジーと共通に持っている同種の他集団への攻撃性が、知能の発達や道具の使用によって飛躍的に強化されていったからだ。

同種間の殺戮は、なぜ起きるのか? 動物行動学の視点からすれば、それは自分の遺伝子を残すための手段にほかならない。霊長類の中でもヒトと並んで攻撃性の高いチンパンジーの場合、メスは5~6年の間に60日間程度しか発情しない。そのためメスをめぐるオス同士の争いは熾烈だ。自分の遺伝子を確実に残すためにオスは集団内の赤ん坊を殺して母親の発情を早めたり、他集団のオスを殺して発情中のメスと交尾したりするのだ。

しかし、殺すという行動には、殺す側もまた殺されるかもしれないというリスクが伴う。そこでべつの繁殖戦略を生み出したのがボノボだ。ボノボはチンパンジーとならんで系統的にヒトにもっとも近いが、子殺しや、他集団の個体への攻撃はほとんど見られない。

平和を愛するボノボ

あなたはボノボ、それともチンパンジー?』(古市剛史・著/朝日新聞出版・刊)によると、ボノボのメスは妊娠に結びつかない「ニセの発情」によって、より多くのオスに交尾の機会を与え、抗争を抑制するとともに、集団のイニシアティブをとった。オス中心のチンパンジー社会が抗争や殺戮に彩られた緊張感の高い世界なのに対して、ボノボの社会はメス中心で平和主義的だ。また、メス同士が性器をこすりつけあう「ホカホカ」と呼ばれる行動も特徴である。繁殖を目的としない性行動が緊張の緩和につながっているのである。

では、ヒトはどうなのか。ヒトは逆にメスの発情期をなくすことによって特定のオス(男性)とペアになる仕組みをつくった。さらに性を核家族に閉じ込めるために「愛」という感情を発明した。これによって集団内の男性間の性的競合はある程度抑制された。しかし、現実には冒頭にあげたような子殺しもあれば、浮気もある。他集団への攻撃もなくならない。自国では他の家族の女性に手を出さない兵士が、戦地では豹変したりする。「長年にわたる乱婚的思考をコントロールするにはまだまだ不十分」なのだ。

ヒトの中のチンパンジーとボノボ

古市さんはそれを「ヒトの中のチンパンジー」という言い方で述べている。チンパンジーの繁殖システムである攻撃性や社会的知性をヒトもまた身につけている。それにくわえて知能の進化したヒトは「〈今のここの〉利益だけでなく、〈将来のあそこ〉の利益も想像できるようになっている」。チンパンジー的な攻撃性を遠い国との戦争など「今ここ」に限定されない利益のために発揮してきたのだ。

けれども、同時にヒトの中にはボノボも住んでいる。ゴリラやチンパンジーが大人になるとあまり遊ばなくなるのに対して、ボノボは大人になっても好奇心豊かに遊びつづける。ボノボは他集団と出会っても、メス同士のホカホカやオス同士のマウンティングといった挨拶行動のおかげで緊張が高まらない。戦いで優劣をつけるのではなく、お互い平等ということで和気藹々に収める。こうした平和主義を可能にしているのは、メスが集団のイニシアティブをになっていることと関係していると見られている。

戦争を起こすのはいつも男だといわれるが、霊長類学から見ても、それは正しい。そして、戦争を収める力が、おそらくは女性の行動にかかっていることもまちがいない。

(文:田中真知)

あなたはボノボ、それともチンパンジー? 類人猿に学ぶ融和の処方箋

著者:古市剛史
出版社:朝日新聞出版
系統的にヒトに最も近いチンパンジーとボノボ。チンパンジーは群れの中に激しい競争が存在し、攻撃性も強い。一方、ボノボは群れの内外で争いを避ける平和主義者だ。なぜこんな違いがあるのかの分析を通して、人類の起源と未来を考察する。

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