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マルサよりも怖いリョウチョウ

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「権力とは何か?」と問われたとき、あなたは何と答えるだろうか? わたしは「税金」と答える。たいへんな思いをして稼いだカネを、ただ生きているというだけで毎月欠かさずに奪うことが許されるのだから、それは合法の強制力すなわち権力以外の何ものでもない。

税金の取り立てといえば、映画『マルサの女』を連想する。証拠をつかむために、ときには雨が降っているなかで何日も張り込みをするなど、膨大な時間と労力をついやした内偵によってつかんだ決定的な証拠をもとに、東京国税局の査察官が捜査令状をたずさえて自宅や会社に乗り込んでくる。

脱税者がおそれる「国税局資料調査課」

たしかに査察部(マルサ)は強力だが、マルサといえども脱税の証拠(タマリ)がなければ動けない。ガサ入れ(無予告の強制捜索)は裁判所の令状を前提にしているからだ。あらかじめ内偵をしたにもかかわらず裁判所が認めるような十分な証拠が見つからなかったケースにマルサは対応できない。

東京国税局には、マルサよりも強力な権限をそなえた部署が存在する。たとえ明らかな証拠を残していなくても、どこからともなく脱税のにおいをかぎつけて、疑わしい法人や個人のもとを無予告で訪れて悪事をあばいてしまう。それが東京国税局資料調査課、通称「料調(リョウチョウ)」だ。

「リョウチョウ」は、令状を持たずに突然やってくる。そして、マルサですら手が出せなかった悪質な脱税を暴いてしまう。なぜ「令状なしのガサ入れ」を拒否できないのか? リョウチョウをよく知る著者が書いた『国税局資料調査課』(佐藤弘幸・著/扶桑社・刊)を参考にしながら、おそるべき国税局資料調査課の実態を紹介しよう。

待ち合わせはマクドナルド

朝の8時すぎ。都内のマクドナルドにて、似たようなカバンを手にしたスーツ姿の男たちが集まりはじめる。かれらはリョウチョウの国税実査官たちだ。マクドナルドは都内のどこにでもあり、早朝でも開いているので、ガサ入れの待機所として都合が良いのだという。

朝の9時ちょうどに調査対象者のもとを訪れる。国税通則法に定められている「質問検査権」という権限に基づいて調査にやってきたことを相手に告げる。リョウチョウは裁判所令状を持っていないので「任意調査」だ。任意ということは、相手は従わないこともできる。だが、その場合には懲役1年以下の罰則がある。つまり、実質「強制調査」なのだ。これが「マルサよりも怖い」といわれる理由だ。

「質問検査権」により、徴税吏員の調査や質問にはかならず答えなければならない。答えなかったり、虚偽の回答をした場合には罰せられる。裁判所令状が無いにもかかわらず、リョウチョウは質問検査権を行使することによって、マルサでさえ見つけられなかった証拠を脱税者本人に提出させて、その場で自白させるというわけだ。

落ちやすいタイプ、落ちにくいタイプ

マルサの場合、事前に決定的な証拠をつかんでいるため、ガサ入れ当日にはほとんど仕事が終わっている。一方のリョウチョウにおける正念場は、ガサ入れのときに決定的な証拠を発見して、それをもとに脱税者本人に「手口を供述させる」ことだ。あらかじめおこなった調査や分析によって「確信」を得ているものの、ガサ入れのときに脱税者を「落とす」必要がある。

容疑者に自白させることを「落とす」という。『国税局資料調査課』の著者によれば、おなじ脱税者であっても「インテリ層」と「チンピラ層」では正反対の傾向が見られるという。

落ちやすいタイプとはどんな人物か。それは、インテリ層が該当するように思う。自分で答えを見出す能力がある者は、例えば自分が調査官だったらこうやってああやって証拠を突きつけて、関係者の証言を持ち出し、そして脱税の手口を確認するだろうと、勝手に論理的思考で「答え」を出してしまう。
(中略)
チンピラ層は落ちない。チンピラ層が落ちるのは、関係者がみんな落ちて、自分が最後まで頑張った場合か、首謀者がチンピラに自白を許可した場合だけである。思考が「バレないし、仮にバレたらバレた部分だけ認めればいい」みたいな感じだ。インテリと違ってなかなか落ちない。理屈が通じない困った相手だ。

(『国税局資料調査課』から引用)

マルサですら摘発できない海千山千の脱税者を相手にして、答えやすいように、観念しやすいように質問するのもリョウチョウの腕のみせどころだという。

リョウチョウは失敗をおそれない

マルサの場合、事前に決定的な証拠をつかんでから強制捜索をおこなうため「踏み込んだけれどハズレでした」という失態は許されない。

一方のリョウチョウは、踏みこんだその場で決定的な証拠を発見したり自主的に供述させなければならないため、時には「しくじる」こともあるという。

こういう事態に陥ったとき、東京地検特捜部やマルサならば組織の内外から責任を問われるのがお約束だ。しかし、リョウチョウの場合はあくまでも「任意」の調査であるため、さほど大事には至らない。国税局内においても、リョウチョウに限っては「落とせないリスクがあるのは当然」という共通認識があるという。

リョウチョウが行使する「質問検査権」は間接的な強制をともなうものであるから濫用は許されない。しかしながら、失敗を許容するという運用がなされているからこそ、宗教法人や政治家のようなアンタッチャブルな脱税事案にメスを入れることができる。

悪質な脱税犯にとってはおそるべき相手だが、税の公平性という観点からいえば、リョウチョウは知られざる「庶民の味方」なのだ。

(文:忌川タツヤ)

国税局資料調査課

著者:佐藤弘幸
出版社:扶桑社
マルサでも手出しできない巨悪脱税事件では、ときに国税OBが裏で糸を引いていることもある。それらを調査する国税局資料調査課、通称「コメ」の真実を初めて明らかにする

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