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常識にとらわれない森博嗣さん。犬を「ちやほや」する

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森博嗣が書いた自己啓発本を読んでいると無性に腹が立ってくる。激おこプンプン丸だ。書いてあることがいちいち腑に落ちるぶんだけ、今までそれを実行しなかった、思考停止していた、のろまな自分が恥ずかしくなる。

常識と良識は似ているが良心とはかけ離れている

常識にとらわれない100の講義』(森博嗣・著/大和書房・刊)によれば、「常識を疑わない人は、つまり素直でないからできる」のだという。

意表を突かれた。ふつうは「素直な人ほど世間の常識を疑わずにしたがう」印象があったからだ。

子供は常識は知らないし、常識外れのことをする。これは素直だからである。

(『常識にとらわれない100の講義』から引用)

たしかに、不良や犯罪者などが非常識なおこないに及ぶのは「欲望や感情のおもむくままに行動する」からであり、じぶんの気持ちに素直であるからだ。

世間において非常識と見なされれば「仲間はずれ」や「刑罰」の報いを受ける。それはイヤだから、わたしたちはなおさら常識にしたがおうとする。わたしたちは権力や暴力に対しては素直(従順)なくせに、自分の気持ちには素直ではない。

手ごたえのある仕事という幻想

「今よりもやりがいのある仕事がしたい」「もっと手ごたえのある仕事がしたい」というのは、迷える社会人の常套句だ。

森先生いわく「切れない刃物ほど手ごたえは大きい」。ここでいう「切れない刃物」というのは、低能ならびに無能な人間のことをあらわす比喩表現だ。計画の甘さや能力不足によって徹夜やサービス残業をしたあとの達成感は、たしかに「手ごたえ」を感じるかもしれない。だが、それは単なる「間に合わせ」にすぎない。耳が痛い。

良い仕事というのは、切れ味の鋭い刃物でさっと仕上げたものであり、これがプロの手際というものだ。

(『常識にとらわれない100の講義』から引用)

つまり、手ごたえがないほうが良い仕事であり、なるべく手ごたえがないように改善していくべきだ。包丁と食材の関係ならば多くの人にとって自明の理なのに、仕事となると正反対に思い込んでしまうのは、人間心理の妙といえる。

森先生いわく、真の意味で手ごたえを感じる仕事というのは、プロの知見と能力をもってしてもさっと仕上げることができない「簡単には終わらない、ちょっとした苦労がある仕事」をいう。

興味があれば、森先生の『「やりがいのある仕事」という幻想』という著書をとりあげたコラムのバックナンバーがあるので読んでいただきたい。

年収を30倍にしたビジネスパーソンが語る、本当の「やりがい」とは?(http://fum2.jp/1110/)

もしも、いまの仕事に「やりがい」とか「手ごたえ」がないと感じているならば、それはあなたの能力に分相応のちょうどいい仕事なのだ。無理に背伸びをしなくても良いのではないだろうか。もしも、自覚もなくそれ以上のことをやろうとすれば、望みどおり手ごたえは得られるかもしれないが、満足な仕上がりの成果を出せるかどうかはあやしい。

犬を「ちやほや」することは可能か?

「ちやほや」という言葉は、辞書によれば「さかんに褒めるさま」「相手の機嫌をとろうとするさま」という意味であり、ふつうは人間相手にしか使わない。常識にとらわれない森先生は、犬にも「ちやほや」を使えないかという考察をおこなっている。

たとえば、犬に顔を甞められるのは、ちやほやされているのだろうか。犬は褒めていないが、少なくとも人間の機嫌をとろうとしている。しかし、犬にちやほやされるという表現はあまり聞いたことがない。

(『常識にとらわれない100の講義』から引用)

だが、人間が犬を「ちやほや」することは可能なのではないかと考察する。

犬が命令をきいたら、頭や躰を撫でてやるけれど、あれはちやほやしてやった気がする。やはり、犬には「ちやほや」が使えるように思われる。

(『常識にとらわれない100の講義』から引用)

行間からは犬への隠しきれない親愛がにじみでている。読者としては萌える。つぎに紹介するエピソードも、含蓄があるのに萌えもあるという一節だ。

落花生の茶色の皮をむかずに食べてみる

思い込みというのは、人を不自由にするものだ。五十年以上、僕はピーナッツの茶色の皮を剝かないと食べられないと思っていた。でも、剝かないという人に会って、自分も試してみたら、ほとんど同じ味だった。

(『常識にとらわれない100の講義』から引用)

茶色の皮つきピーナッツは、日本国内では「落花生」という商品名で売られていることもある。たかがピーナッツにも思いこみがあるのだから、わたしたちの身の回りには、ほかにも先入観からなる常識にとらわれていることがたくさんありそうだ。

(文:忌川タツヤ)

常識にとらわれない100の講義

著者:森博嗣
出版社:大和書房
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