【祝】鬼畜マンガ『四丁目の夕日』が無修正で電子書籍になった!

いまでこそ、自作のイラストや漫画をインターネット上で労力もなく発表できる時代だ。だが、わずか15年ほど前の20世紀末までは、漫画誌を発行している商業出版社に持ちこんで、実力を認めてもらわなければ自作のオリジナル漫画を多くの人にを読んでもらうことはできなかった。

たとえ画力やストーリーが水準を超えていても、一般的な読者に受け入れられないと判断されてしまうような「異端」「規格外」の作風の持ち主は、商業漫画誌から疎外されがちでデビューが難しかった。

ガロ系漫画の浸透と拡散

かつて「月刊漫画ガロ」という漫画誌があった。元はといえば白土三平の『カムイ伝』を掲載するための媒体だった。発行元の青林堂が「面白ければ何でもOK」という編集方針を掲げたことにより、実売が数千部の雑誌でありながら、これまで数えきれないほど多くのすぐれた漫画家たちを輩出してきた。

白土三平や水木しげるは別格としても、わたしたちがよく知っている漫画やイラストには、ガロ系といわれている作者が少なくない。

たとえば、ロッテのキャンディー『小梅』における「小梅ちゃん」イラストをデザインしたのは林静一であり、ガロ誌上で漫画家デビューした人物だ。何度もドラマ化された『南くんの恋人』(内田春菊・著)は、ガロ誌上で連載されていた漫画だ。

原作コミックの発行部数が100万部を超えている『孤独のグルメ』の原作者である久住昌之も、じつはガロ誌上で見出された漫画家だ。

そして、かつて「月刊漫画ガロ」や後継誌『アックス』誌上に掲載されていた名作が、大手出版社から再販(復刻)されているのをご存じだろうか。

  • 林静一『赤色エレジー』 (小学館)
  • つげ義春『ねじ式』(小学館・筑摩書房)
  • 花輪和一『刑務所の中』(講談社)
  • 福満しげゆき『生活』(講談社)
  • 内田春菊『南くんの恋人』(文藝春秋)
  • 久住昌之『かっこいいスキヤキ(「夜行」所収)』(扶桑社)
  • 山野一『四丁目の夕日』(扶桑社)……etc

いずれも絶版になっておらず、2016年現在においても町の書店でも購入することができる。かつては異端として扱われていたが、じつは時代の流行にとらわれない普遍性をそなえた作品であったことを証明している。特に異彩を放っているのは、山野一という「鬼畜系特殊漫画家」だ。

山野一という特異な存在

『四丁目の夕日』(山野一・著/扶桑社・刊)は、タイトルが危なっかしい。その「おふざけ感」だけを理由にして絶版になってもおかしくないマンガだ。

ネタ元である『三丁目の夕日』は、昭和30~40年代における社会全体の貧しさや庶民の悲喜こもごもを肯定的に描いたマンガであり、わたしたち読者はノスタルジーを堪能できる。しかし、たった一丁目ちがうだけで、貧しい人々を不幸の連鎖によって絶望のドン底へと叩き落とすストーリーに変わってしまう。

『四丁目の夕日』というマンガは、残酷で醜悪なシーンが多くて見苦しく、例外なく登場人物たちは救われない末路をたどる。本家『三丁目』とは似ても似つかない、本当にろくでもない内容のマンガだ。(ほめ言葉)

作者である山野一の作風は、けっして一般受けするものではない。デビューしてから「山野一」名義で出版された7タイトルのうち『四丁目の夕日』以外の6冊は、町の新刊書店で購入することができない。ほとんどが絶版(品切れ重版未定)になっているからだ。

文庫版『四丁目の夕日』の発行元である扶桑社は、フジテレビでおなじみフジサンケイグループの一角を占める有名出版社だ。商業出版社が絶版にしないということは、残酷で醜悪なシーン満載であるにもかかわらず、いまでも売れ続けているということだ。時代や流行にかかわりなく、どこからか評判を聞きつけてきた新たな読者があとを絶たないことを意味する。

なぜ『四丁目の夕日』のようなキワドイ内容のマンガが、1986年に出版されてから30年以上の長きにわたって新しい読者に恵まれ続けているのだろうか?

山野一という漫画家のことを知りたくても、ほとんどの単行本が絶版であるため、いざ入手しようとしても手間がかかる。このたび、思いきって古書店やネットオークションなどを利用して、山野一の絶版になっている単行本を取り寄せた。かんたんに紹介したい。

※以下、見出しのカッコ内は単行本の発行年。

夢の島で逢いましょう(1985)

初単行本。第一短編集。発行は青林堂。絶版。収録作は「月刊漫画ガロ」に掲載されたものであり、デビュー当初の山野一は、狂気にとらわれた人物が登場するSFやバイオスリラーを描いていた。

しかし、デビューからまもなくして発表された『蓄膿三代』では、われわれ読者と地続きである「現実」や「社会」における目をそむけたくなるような事象を描くようになっていく。作りものであるからこそ安心して眺められる「映画(フィクション)」ではなく、あたかも「実録(ドキュメンタリー)」のような作風へと変わっていった。

四丁目の夕日(1986)

記念すべき長編第一作。発行は青林堂(のちに扶桑社文庫で再版)。発売中。月刊漫画ガロで1985年7月号から1年間にわたって連載していた。著者によれば、このときのガロは経営状態が思わしくなかったようで、1円たりとも原稿料がもらえなかったという。それでも漫画を描いているときは幸せだったというのだから、世間からは異端と見なされながらも、ガロに投稿していた漫画家たちのモチベーションの高さが並大抵のものではないことがわかる。

山野一は1961年(昭和36年)に生まれた。まさに『三丁目の夕日』の時代に育った人であるから、そのパロディである『四丁目の夕日』を描く資質を十分にそなえている。

『四丁目の夕日』のあらすじ。時代は昭和中期。高度経済成長期の日本。下町で生まれた貧しいけれど努力家の高校生である「別所たけし」の転落人生を描いた長編マンガだ。

ひとり息子である「たけし」を大学進学させるために、昼も夜もなく働いていた印刷工の父親が不注意によって輪転機にまきこまれて事故死する。「たけし」は大学進学を断念して、父が経営していた印刷所を継ぐのだが、結局うまくいかず路頭に迷うことになる。「たけし」と弟妹たちは、現実に起こりうるさまざまな不運のスパイラルに巻きこまれたのち、きわめて悲惨な結末むかえることになる。

貧困魔境伝ヒヤパカ(1989)

第二短編集。発行は青林堂。絶版。前作『四丁目の夕日』には多くの反響があったようで、山野一は「鬼畜系特殊漫画家」としての地位を確立する。

『ヒヤパカ』に収録されている作品の多くは、「漫画スカット」(みのり書房・刊)という漫画誌に掲載されていたものだ。精神障害者や知的障害者などを扱っている作品が目立つ。

ほかにも、悪意ある肉体労働者によって「知識労働者」たちが監禁状態にされていじめぬかれるパターンが見られる。山野一作品において顕著である「社会的地位や評価の高い職業人、あるいは、恵まれた家庭で育った子女などを徹底的におとしめる手法」は、のちに発表する『どぶさらい劇場』にも応用されている。

ねこぢる誕生

「女性漫画家ねこぢる」との共作名義の第一作品集『ねこぢるうどん』(絶版)は、1992年に青林堂から発行された。1990年、月刊漫画ガロに初掲載。「原作&原案:女性漫画家ねこぢる」+「作画:山野一」=共同ペンネーム「ねこぢる」というわけだ。ふたりは、実生活において婚姻関係にあった。

山野一が作画を担当したものの、『ねこぢるうどん』で描かれたのはあくまでも「女性漫画家ねこぢる」が指定したファンシーな絵柄だった。(世界観や作風は、山野一の作品と近接しており、いわば「二丁目の夕日」あるいは「五丁目の夕日」と言ってもよい)

まもなくして、世間では「ねこぢるブーム」が到来。原稿依頼が殺到して、続編やたくさんの関連グッズが製作販売されることになる。グロテスクで物騒なストーリーとは裏腹に、主人公である「にゃーこ」と「にゃっ太」のキャラクターデザインは愛らしいものだった。共作ではあったが、(限られた一部分とはいえ)鬼畜系特殊漫画家が書いたものが小さな子供や若い女性たちにも受け入れられたのだから感慨ぶかい。

混沌大陸パンゲア(1993)

第三短編集。発行は青林堂。絶版。秋田書店の「グランドチャンピオン」という雑誌に掲載さたマンガを収録している。ついに四大漫画誌ブランドへの足がかりを得た山野一は、誌上でオムニバス短編『断末魔境伝カリユガ』を発表する。その内容は……あいかわらず低所得者や底辺労働者が努力もむなしく不幸のドン底に突き落とされるものや、生命の尊さに鈍感な産廃業者がシャブ漬けになったことで天使に導かれてダムに化学廃液を垂れ流しにする話などだ。救いようがない。

『パンゲア』には、ビデオ出版発行のアダルト雑誌「月刊HEN」「月刊FRANK」掲載の読み切りマンガも多数収録している。『脳梅三代』では、梅毒に感染した祖父とその娘と孫娘による罪ぶかい行為が描かれている。『工員』では、工場につとめる低学歴の男性従業員が、同僚である聴覚障がい者の若い女性の自宅に押し入って、これまた地獄絵図を繰り広げるという鬼畜マンガだ。

ほかにも、生まれつきの結合双生児である美女が、交際相手に恵まれずに性的欲求不満を抱えたまま悶々とする様子を描いた『むしゃむしゃむソーセージ』は、くしくも、山野一の後半生への伏線となる。のちほど言及したい。

ウオの目くん(1994)

長編第二作。発行はリイド社。発売中。山野一にしてはめずらしく、エログロ要素が(比較的には)すくないサラリーマン漫画だ。周囲の人々とは異なった独特の美意識をそなえたグータラな男性会社員が主人公であり、なぜか後輩の女性社員に慕われている。ほかにも社長令嬢がしつこく言い寄ってきたり。

食べものにまつわるエピソードが多いことから、『美味しんぼ』(雁屋哲・原作/花咲アキラ・作画)を連想させなくもない。主人公である「魚の目鯖男」の風貌は、なんとなく山岡士郎に似ていなくもない。読み進めるうちに、おもなヒロインたちが栗田ゆう子や二木まり子に見えて仕方がなかった。なにせ『四丁目の夕日』などというタイトルの作品を上梓している漫画家なのだから、もしかすると……。

ちなみに、この『ウオの目君』は、「山野一」名義の既刊ではめずらしく現在でも入手可能なタイトルだ。ただし、電子書籍ストア専売であり、すべての単行本収録作品が電子化されているわけではないようだ。

ねこぢる逝去

1998年、「女性漫画家ねこぢる」が自宅で首を吊っているのを発見される。

翌年の1999年には、元は青林堂から発行されていた『四丁目の夕日』が文庫化したのち、扶桑社から発売されることになった。いまだに版を重ね続けており、電子書籍ストアでも入手可能だ。電子化にあたっても、過激な描写にはいっさいの修正はおこなわれていない。

どぶさらい劇場(1999)

長編第三作。発行はスコラ社(のちに青林堂で再版)。絶版。「コミックスコラ」誌上での連載開始は1994年。名作『四丁目の夕日』の路線を引き継いだ、山野ワールド全開の一冊だ。

傲慢な社長令嬢が、みずからが運転する高級車で人身事故を起こしてしまう。相手は低所得者の男性工員だった。本来ならば保険を適用して示談で事無きを得るものだが、あろうことか、令嬢が乗りまわしていた高級車の任意保険は「期限切れ」だった。

さらに追い打ちをかけるように、社長令嬢の父親が経営していた会社が倒産する。かくして、慰謝料7千万円を支払えない「元・社長令嬢」は、人身事故によって大ケガを負わせてしまった低所得者の家庭で飼い殺しされることになる。

……というような転落人生を、254ページにわたってネチネチと描いたものだ。主人公である「元・社長令嬢」は、くみ取り式便所に突き落とされ、糞尿まみれになっていくうちに「解脱」する。それをきっかけにして新興宗教団体にスカウトされ、わたしたち読者の想像をはるかに凌駕した数奇な運命をたどることになる。

この『どぶさらい劇場』を刊行後、15年間にわたって「山野一」名義による新作の発表が途絶える。その代わりに、単独ペンネームである「ねこぢるy」名義でいくつも本を出版しているが、本題からは外れるため、当コラムではくわしく言及しない。

そせじ(2014)

15年ぶりの「山野一」名義の単行本。個人出版(自費出版ではない)。書きおろしであり、Amazonの個人出版システムであるKDP(キンドル・ダイレクト・パブリッシング)を利用して、電子書籍ストアで販売中だ。

鬼畜系特殊漫画家による待望の新作マンガ『そせじ』の内容は……意外なことに「育児コミックエッセイ」であった。じつは山野一は、双子つまり二児の父になっていたのだ。

2006年に再婚。2008年には2人の女の子が誕生する。かつて、女性の結合双生児を描いたエログロ漫画家が、その十数年後に双子を授かった……言葉を選ぶべきだとはいうものの、あたかも虚構を現実が模倣したかのようであり、因果のようなものを感じる。

育児マンガである『そせじ』は読んでいて楽しい。だが、往年の作風や世界観も恋しい。しかし、もうこのまま昔のような漫画を描かないような気がする。ご本人がツイッターでつぶやいている内容を読んでいると、人の親としての道をしっかり歩んでおられる印象を受けるからだ。

たとえファンであっても、ふたたび「鬼畜道」に引き返して欲しいなんて言えるわけがない。

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