ハウツーが満載のコラム
文字サイズを変更する

今さらだけど、じいちゃんに聞きたいことがある。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

あれは演技だったのか? “素”だったのか? それとも渾身のボケ、だったのか?

今も日本海の港町で暮らしていたじいちゃんの晩年の様子を思い出すと混沌とする。そのあと、なんとなく半笑いになる。

じいちゃんの思い出は、そう多くはない。生まれも育ちも大阪で、日本海に帰省するのは盆暮れ正月だけだったからだ。

当方が物心ついた時には、六十代にしてすでに老人の風格を漂わせていたじいちゃんだったが、体はムダにデカかった。彼とわしの最初の交流は生後間もない頃らしい。

掘りごたつの横でおくるみに包まれすやすやと眠っていた赤ん坊のわし。それが視界に入らなかったじいちゃんは、うっかりわしにつまずいて蹴り飛ばしそうになり、「こがなとこに寝かすやつがおるか! 踏んでしまうよるところやった!」と烈火のごとく怒り家中は騒然となったそうだ。

これは、間一髪で救われたわしの運の良さ、じいちゃんのとっさの運動神経、そして不器用ながら孫を想う祖父の愛というストーリーで一応語り継がれているが、この事件が言外に物語っているのはただ一つ、じいちゃんが信じられないほどの大足だったということだ。小柄の可愛い老人なら誰も震撼しない。ひと踏みで赤子の命を危険にさらす大男だったことが、この逸話の核である。

 

よく、故人は声から忘れるというが、じいちゃんの和音のような独特な声は今もって耳の奥にこびりついている。大抵怒っていた。寝過ぎだと言って怒り、トロッコに乗るぞ!と言って怒り、ばあさんゴハン!と呼びながら怒っていた。

でも十人以上いる孫が、小熊が群れるようにたわむれ遊んでいると、「うへへへへ」と気味の悪い声で機嫌良く笑った。それを見て孫一同もうへへへと笑った。

 

ヘルプマン!! 介護蘇生編 Vol.1 』(くさか里樹・著/朝日新聞出版・刊)は、恩田百太郎という介護士がフリーで老人のホームヘルパーをする話。売り文句は、『1、介護保険じゃやってくれないこともできます!! 2、どんなじじばばもたちどころに笑顔にします!!』。1はともかく、「笑顔にする」などと言ってのけるところは、一緒に暮らしたらさぞかしうざったい典型的な底抜けポジティブ男である。女としては絶対つき合いたくない。

しかし、身内に認知症や寝たきりの高齢者を抱えたり、介護する当の家族がガンを患っていたり、予断を許さない状況で0か100の選択をせまられている時に、メーターが完全に振り切れたバカ誠実な百太郎のような男が現れたら、賭けてみようと思うかもしれない。わしならきっと賭ける。

 じいちゃんの境界線

日本海のじいちゃんは、病気で医者にかかる以外は、大家族だったせいもあり施設に入所することなく慣れ親しんだ家で過ごして息を引き取った。

しかし、そこに至るまでにはゆるやかにあの世とこの世を行ったり来たりしていた。だんだんと怒らなくなった。その代わりうへへへ笑いの回数が増えた。昼寝を好むようになった。そのうちお年玉が、見た事もない国のコインになった(韓国や中国が好きだったので旅行に行った際の残り銭だ)。

この頃になると「おとうちゃんはすっかりボケとんなるだけ」と伯父や伯母がしたり顔で言うのに、孫らはみんなちょっと傷ついた顔で黙った。

でも……本当かしら。遠隔地に住んでいるわしはじいちゃんの「変化」には、冷静でドライだった。お年玉が韓国銭(日本円にして10円くらい)なのは、あれは絶対“ボケ”ではない。皆、じいちゃんが昔からドケチだったのを忘れたのか? こっそりお札で小遣いをくれるのはいつだってばあちゃんだった。むしろ、己の寿命をそろそろ察知し、本分である吝嗇を存分に発揮してやろうというパフォーマンスではないか?

 

しかし、時の流れとともにじいちゃんが「あの世」に近づいている感じはリアルになった。どういうわけか足音がしなくなり、家がきしむような気配がすると、ふすまの向こうに老いた大男が立っていたりするのに驚いた。

トイレで用を足すのもうまくいかなくなった。いよいよ、どこまでが子どもで、どこからが孫かの見極めも怪しくなった。

ここに至ると、クールを気取るわしも人間の老いというものに静かにおののき、それはいつか自分の親が、そしていつか自分自身がそうなるのだという生きたサンプルを否応なく提示されているようでゆううつだった。

築百年の日本家屋にじいちゃん用の手すりがつけられ、布団ではなくベッドが導入されてしばらくたった頃。当方はすっかり社会人になり、里帰りよりも仕事優先の毎日だった。たまに帰っても、もはや「大阪の孫」と認識している様子はなく、わかったとして学生、あるいは小学生の時代のまま時が止まっているに違いなかった。

久しぶりの日本海を味わい、東京に戻るという前日か前々日。「おじーちゃーん、よしえはもうすぐ帰るからねー。元気でね。また来るよー」と型通りの挨拶をベッドで寝ているじいちゃんの耳の上でして荷造りをしていた。

 

演技だとしても。素だとしても。

その瞬間だった。痰が絡むような音がした。振り返ると、目やにでくっついたまぶたはそのままに、ブラックホールのような大きな口が動いた。

「仕事ばっかりじゃあいけんだで。むこさんを、ちゃあんともらわないけん。おまえも、もうええ年だでな」

ここ数年聞いたことのない明朗な口調でだった。思いがけず心臓をふわっとさわってくるような和音の声だった。

「え? ええええ!」

わしはもうクールではなかった。次は何をしゃべるんだ?とじいちゃんのよだれが白く固まった唇を覗き込んだが、再び眠りの谷にもぐりこんだようで、ケダモノのようないびきをかきはじめた。

それが、じいちゃんと交わした最後の会話になった。

 

じいちゃんがあの世の人になり、年月が過ぎるにつれて思うのは、じいちゃんは、最後までボケてなどいなかったのではないかというささやかな思い。もし半分は芝居だったとしたら、とてもオモシロい役者である。

そう、これはなんのヘルプもしなかった、それを少しだけ悔やんでいる孫の希望的観測だ。じいちゃんの最後の言葉から15年後、「大阪の孫」はなんとか嫁に行くことが出来ました。

(さくらいよしえ)

ヘルプマン!! 介護蘇生編 Vol.1

著者:くさか里樹
出版社:朝日新聞出版
認知症高齢者から生きる意欲を無自覚にはぎとる家族。 咀嚼する力も気力も奪い 高齢者を廃人にした主因「胃ろう」を外すべく、 無資格、無所属の若き熱血介護士が挑む。 2003年から11年間、講談社青年漫画誌にて連載してきた 介護漫画の金字塔「ヘルプマン!」。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事