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【トリビア】『人を動かす』のカーネギーは、鉄鋼王とは別人

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新年の抱負を定めるにあたって、参考になるかもしれない話題をひとつ。

自己啓発の古典『人を動かす』の著者であるカーネギーは、アメリカ鉄鋼王のカーネギーとは別人だ。血縁関係もない。大企業の経営者ですらなかった「カーネギー」の書いた本が、なぜ全世界で1500万部以上も売れたのだろうか?

鉄鋼王ではない「カーネギー」の正体

『人を動かす』や『道は開ける』を読んだことがある人にとっては常識なのだろう。わたしは読んだことがなかったので、つい最近まで知らなかった。書店で見かけたとき、なんとなく「音楽堂のカーネギーホールやカーネギーメロン大学を慈善事業として建設したアメリカの大富豪が書いた言行録」であると思いこんでいた。

大富豪のほうは、アンドリュー・カーネギー(Carnegie)だ。そして、世界的ベストセラー『人を動かす』や『道は開ける』の著者は、デール・カーネギー(Carnagey)という。姓(ラストネーム)の末尾が異なっているだけでなく、遠い親戚ですらない。

松下電器産業(現・パナソニック)創業者である松下幸之助の著書に『道をひらく』という題名の本があるので、余計にややこしい。こちらは正真正銘のすぐれた経営者であり、こういう人が自己啓発書を出版するのならば納得できる。しかし、鉄鋼王じゃないほうのカーネギーの経歴といえば、職場を転々とした元セールスマンであり挫折した俳優志望の男にすぎない。

そうはいっても『人を動かす』は日本だけでも400万部以上も売れているのだから、デタラメが書いてあるわけではなさそうだ。では、デール・カーネギーとは何者なのだろうか? 『デール・カーネギー』(スディーブン・ワッツ・著/河出書房新社・刊)を参考にして、「成功を説くことで成功した男」の生涯を紹介しよう。

移り気で中途半端だった無名時代

デール・カーネギーは、1888年にアメリカ合衆国のミズーリ州で生まれた。貧しい自営農家の父親と信心ぶかい母親に愛されて育った。

貧しいながらも大学進学を果たしたが、寮費を払えなかったので、自宅から馬に乗って通学せざるをえなかった。ボロ布のような服しか持っていなかったので異性にはモテなかったそうだ。このときに受けた屈辱によって、カーネギーは成功への憧れを強くしていった。

大学卒業後、カーネギーは通信教育販売や精肉会社のセールスマンとして働いていた。その後、都会への憧れを抑えきれなくなり、ニューヨークの俳優養成スクールに入学する。だが「演劇がカネにならない」ことを悟ると、すぐに中古自動車のセールスマンへと転身した。結局、うまくいかなかった。

挫折してばかりのカーネギーが行き着いたのは、YMCA(キリスト青年協会)夜間講座の講師だった。大学時代に「雄弁術」を習得していたカーネギーによる「話し方講座」は評判が良かった。

お察しのとおり、ここからカーネギーのサクセスストーリーが始まる。

戦争、大恐慌、不正の告発……苦難の前半生

……と見せかけて、まだまだ苦難の道のりは続く。1917年にアメリカ合衆国がドイツ帝国に宣戦布告する。第一次世界大戦の時勢に「話し方講座」を学ぼうという者は少なかった。そして、カーネギーも20代の青年であったから徴兵に応じなければならなかった。

2年の兵役を終えたカーネギーは、ふたたび「話し方講座」を再開したが、過去に発表した「成功事例エピソード」が虚偽であることを次々と暴露されて、アメリカ国内で面目を失ってしまう。

生き急ぎすぎたことを反省したカーネギーは、7年ほどをヨーロッパ各地で過ごした。そして、1929年にふたたびアメリカに帰ってくる。

じつは、この時に本名である「Carnagey」を、本や名刺などに表記するときだけ「Carnegie」に変えている。すなわち、大富豪であるアンドリュー・カーネギーとおなじ姓を名乗ることにしたわけだ。活動拠点も「カーネギー・ビル」の一角を借りたというから徹底している。

1926年。37歳をむかえたカーネギーは、お得意のハッタリじみた雄弁術を抑制して、過去を反省して、誠実な「ビジネス・スピーキング・トレーナー」として活動をはじめる。そして、1929年の世界大恐慌が、デール・カーネギーにとって大きな転機になったといわれている。破産や失職によって不安に襲われたビジネスパーソンたちが、カーネギーの講座に殺到したからだ。大企業の社長や幹部も参加していたという。

1933年には、ニューヨークで放送されていた有名ラジオ番組のパーソナリティに抜擢される。当時のラジオによるブランディング効果は絶大であり、このときに知名度が向上したことで、1936年に出版された『人を動かす』の大ヒットにつながった。

古くて新しい不朽の自己啓発書

『人を動かす』は、刊行してから3週間で7万部が売れた。翌年には65万部に達して、やがて100万部を記録した。10年で500万部を超えたのち、80年間ずっと売れ続けている。聖職者から高級売春宿の経営者まで、幅広い職業人からの注文があったという。

同時代の自己啓発書では、ナポレオン・ヒル『思考は現実化する』を挙げることができる。共通するのは、「ポジティブ思考」や「応用心理学」だ。当時の自己啓発書といえば「偉人列伝」のようなものばかりで、科学的な裏付けがなかった。当時流行していた「応用心理学」と「自己啓発」を結びつけたことが、成功の要因だと言われている。

道は開ける 新装版』(D・カーネギー・著/創元社・刊)は、題名だけを見れば単なるポジティブ思考を説いたものに思える。実際に読んでみると、最近の社会心理学ベースの自己啓発書にひけをとらないほど、実用的な内容なのだ。

鉄鋼王じゃないけれど、いいね!

悩みに関する基本事項
悩みを分析する基礎技術
悩みの習慣を早期に断つ方法
平和と幸福をもたらす精神状態を養う
悩みを完全に克服する方法
批判を気にしない方法
疲労と悩みを予防して心身を充実させる方法
私はいかにして悩みを克服したか

(『道は開ける 新装版』目次)

『道は開ける』は、1冊まるごとをつかって「悩み」にかかわる分析や対処法を説いている。

生きていれば誰でも問題を抱えているものだが、カーネギーはそれらを「悩み」という一言でひとまとめにする。悩みの種類は人それぞれだが、「何かを気に病んでいる状態」を予防したり解消するテクニックを身に付けることで、この世のさまざまな「悩み」をゼロに限りなく近づけようというわけだ。

本書で紹介されているテクニックや思考方法は、数十種類におよぶ。わたしが読んでいて気に入ったのは「心の中から悩みを追い出すには」という章だ。

チャーチルは、責任の重大さに頭を痛めることはないかと質問された際に、こう答えた。

「私は忙しすぎる。悩んだりするひまがない」

(『道は開ける 新装版』から引用)

ウィンストン・チャーチルは、イギリスの宰相だ。勢いづくナチスドイツに押し切られそうだった第二次世界大戦時のヨーロッパ戦線において、様々なすぐれた機転と決断によって沈みかけていたイギリスのみならず連合国を勝利に導いた。

大英帝国が滅亡するかもしれないという史上最大の「悩み」をかかえたまま、1日18時間の執務によって乗り切った人物が言うだけあって説得力がある。

我が身を思い起こせば、たしかに忙しいときは「悩み」だけでなく「空腹感」すら忘れてしまう。仕事の期限や締め切りが迫っているとき、間に合わせる以外のことは考えられない。もちろん過労死するほどの多忙には気をつけなければならない。

ちなみに、『人を動かす』の原題は『How to Win Friends and Influence People』という。「友達を作り、人々に影響を与える方法」という意味で、そもそも経営者ぶっているわけでもなければ、上から目線な題名でもない。

(文:忌川タツヤ)

道は開ける 新装版

著者:D・カーネギー
出版社:創元社
ストレスに悩む現代人に、悩みを解決する方法を教える古典的名著。具体的な技法の奥に、人間の弱さをあたたかくつつみこみながら、心の持ち方、人生への姿勢を語って、読者に自己変革への勇気を与える本書は、これまで無数の読者から感謝をもって迎えられ、いまなお世界各国でベストセラーを続ける驚異の書である。

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