ハウツーが満載のコラム
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そこに誰かがいたからこそ、怖くて、いとおしい

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かつて、私たち家族は、頻繁に東南アジアを旅行していた。まだ幼い息子をおいていくのが忍びなくて、一緒に連れて行った。息子は家でのんびりしていたかったと思うが、有無を言わさず、引っ張っていった。今、思うと、両親に預けても良かったのだが、どうしてもそれができなかった。はっきり言って、親の勝手である。
哀れな息子は暑さに負け、慣れない食べ物でお腹をこわし、友達や家を恋しがっていた。
しかし、息子の周囲を見る目は確かで、驚くべきものがあった。

息子の質問

私と夫は、本で学んだ知識や、ガイドブックの情報に振り回される。しかし、息子には知識も情報も、ついでに言えば旅先の町に興味もなかった。それでも、無垢な目で眺める世界は、親の私たちには気づかない卓越したものであった。
息子は時に、なんと答えるべきかわからない質問をして、私を困らせた。
「ママ、この建物は、作ってるの?それとも壊してるの?」
見ると、確かに、さびた鉄骨をむき出しにしたまま、寂しく朽ち果てている建造物がある。ガイドブックを見ても、もちろん、記載はない。
何か大きな建物がそこにあったようでもあり、建てている途中に資金難などの理由で、捨て置かれたようにも見える。
早い話、それがいったい何なのかわからないままに、廃墟のような状態に甘んじているのだ。

私の答え

「うーむ」
答えに窮して、私が「何だろうねぇ」と、答えると、息子は言った。
「誰もいないからわかんないね」
そう、東南アジアにはこうした廃墟のような、建築途中で中断したままのような、わけのわからない建物をがたくさんあった。
そんなことを繰り返すうち、私たち母子はちょっとした「廃墟おたく」になった。
ジャングルの中に廃墟となったお城があると聞き、わざわざ車をチャーターして観に行ったこともある。 かつてイギリス人がゴムの栽培で大金を儲け、お城のような大邸宅を建てたものの、途中で建築が中止され、そのまま廃墟となったのだという。

廃墟は記憶で成り立っているのか?

廃墟のキオク』(木村ジュン・著/学研プラス・刊)を読んで、ゴム林の真ん中で見たお城より、もっと怖く、ぞっとする建物が、日本にはたくさんあると知った。
著者の木村ジュンは言う。

僕がまだ若いころ、暇を持て余していた友人たちと一緒に、毎週のように心霊スポット巡りに行っていた時期があった
(『廃墟のキオク』より抜粋)

そして、彼は山の中にある廃病院を見て、次のような結論に達する。

そこは、居るべき人が居なくなった空間。
そこは、人が居た痕跡が強烈に残る空間。
そこは、寂しいけれど、なつかしい空間。
そこは、悲しいけれど、うつくしい空間。
(『廃墟のキオク』より抜粋)

人を感じる場所

確かに、そうなのだ。
私たちが廃墟にひかれるのは、そこに人がいたと知っているからだ。実際に目に見えなくても、かつては必ずそこに誰かがいた。会うことはできなくても、どこかの誰かが、傷ついた心と体を抱えて、それでも必死で生きようとしていた。その確信が、私たちを知らない世界へ解き放ってくれる。
建築途中の朽ちた建物より、放棄された建物により惹かれるのは、そこに人間の気配が色濃く残っているからだろう。
『廃墟のキオク』で扱われるのは、工場や廃校、放棄された病院やホテル、そして観覧車や棺桶工場まで、様々だ。
「よくぞここまで、廃墟巡りをしてくださいましたね」と、会ったこともない著者に話しかけたくなる。
ぞっとするような写真もあるし、何かの臭いが漂ってきそうで、息苦しくなる写真もあった。
しかし、そこにあるのは、かつてそこにいた人への強烈な思いである。
今はどんなにさびれていても、たとえ捨て置かれ、錆びだらけになっていようとも、かつてそこには、確かに人がいた。そこでもがきつつ、生きようとしていた。
だからこそ、廃墟は何かの光を放つのだろう。
怖いけれど、いとおしい。そんな思いで心が満たされる1冊、それが『廃墟のキオク』だった。

(文:三浦暁子)

廃墟のキオク

著者:木村ジュン
出版社名:学研プラス
廃墟ー人々のキオクから忘れ去られた場所。足を踏み入れる人も絶えた非日常の世界。 そこには秘密基地を探検するようなわくわく感、在りし日を偲ぶ考古学的ロマンがあります。 見るものの想像をかきたて惹きつける魅惑の廃墟ワールド、貴方ものぞいてみませんか?

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