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近代都市東京と江戸時代をつなぐ道?坂道探訪のすすめ。

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かつて日本の昼の顔といえば、思い浮かぶのはやはりタモリだろう。缶コーヒーのCMではないが『笑っていいとも!』の復活を待望する声も多い。
さて、彼に別の顔があることはご存知だろうか。じつは坂道愛好家としても知られていて、「日本坂道学会」というマイナーな学会の副会長を務めている。この会、なんと会員は会長とタモリの2名だけで、年末に年次総会を開き、その年の活動報告をしているそう。今回ご紹介したいのは、その「日本坂道学会」の会長を務める山野勝の著書『大江戸坂道探訪』だ。

江戸の町人の感性によって付けられた坂の名前

東京は坂道が多いと感じたことはないだろうか? それもそのはず、東京は丘と谷が複雑に入り組んだ、世界的にみても坂道が多い市街地のひとつなのである。さらに、坂道には名前が付いていることが多く、「道玄坂」「神楽坂」「宮益坂」など江戸時代や明治時代に命名された坂が約600以上も存在する。坂の命名は、行政(幕府)によるものではなく、江戸の町人が勝手に呼び習わしたものが、次第に定着していったと伝えられる。つまり、その時代の、その人々の感性よってさまざまな坂の名前が誕生していったのだ。

坂の名前から過去を探ろう

例えば「幽霊坂」。かつて幽霊が往来していたのかと思うような、少々ドキッとしてしまうような名前だが、墓地脇にある坂は、このように呼ばれている。おそらく、人通りも少なく、淋しい道であったのでこのような名前がついたのだろう。もし、「幽霊坂」と呼ばれる坂が近所にあるなら、その周辺は昔、墓地だったのかもしれない。『大江戸坂道探訪』には、東京の坂の成り立ちといわれについて、有名な坂から知られざる坂まで、100本が紹介されている。

かつて「おいはぎ」が出没した場所

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ためしに、『大江戸坂道探訪』に掲載されている「おいはぎ坂」に足を運んでみた。場所は都営浅草線の西馬込駅から東に徒歩5分くらい。一風変わった坂の名前だが、ここは、かつて通行人がたびたびおいはぎの被害にあったことからこう呼ばれるようになったといわれている。現地は、道幅は狭く、曲がりくねっていて、坂の右手には出世稲荷神社という小さな神社があり、樹木が坂道までせり出している。さらに、その奥には墓地があり、そのせいか、独特の雰囲気を醸し出している。この坂脇からおいはぎが出没したのかもしれない、と想像してしまう。

坂道探訪から江戸の雰囲気を感じ取ろう

東京の街は大改造・大開発により巨大ビルや交通網が張り巡り、その姿を大きく変えてしまったが、本書を読んで坂道を訪れると、150年前のかすかに残る江戸の雰囲気を感じることができる。ぜひ、散歩がてらに坂道探訪に出かけてみてはいかがだろうか。近代都市東京と江戸時代をつなぐ坂道が、きっと、あなたを江戸の世に誘ってくれることだろう。

(文・学研BookBeyond店長 酒井)

大江戸坂道探訪 東京の坂にひそむ歴史の謎と不思議に迫る

著者:山野勝(著)
出版社:朝日新聞出版
東京の坂の成り立ちといわれ、周辺の名所や旧跡などを紹介した坂道ガイドブック。有名な坂から知られざる坂まで、100本を紹介。詳細なイラストマップつきで見ながら歩ける。タモリによる推薦コメントと解説文も収録。

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