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タクシー運転手が「この人は1万円超える」と確信する客とは?

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タクシードライバーが客をつかまえる2つの方法

車が行き交う通りに向かって手を挙げてタクシーを捕まえるとき、こちらはただ単にたまたま通りかかったタクシーを捕まえたと思っているけれど、実はそのタクシーは、あなたに選ばれやすいようにタクシーを走らせていたかもしれない。

タクシードライバーの客の待ち方は「流し」と「着け待ち」の2つに分かれる。「流し」とは、空車の状態で街を走らせ、偶然に手を挙げたお客さんを拾う方法だ。距離の長い客を見込めるかわりに、いつ拾えるかは分からず、バクチ的である。一方の「着け待ち」とは、駅やホテルなどの特定の場所に車を寄せて、確実にお客を得る方法。安定的にお客さんを拾えるものの、押し並べて距離は短い。都内の駅のロータリーに着けたとすれば、そこからタクシーを利用する客は、隣接する駅よりも短い距離であることが大半だから、何度も何度も駅に戻っては細かくお客さんを乗せなければいけない。

万収(=1万円以上乗ってくれる人)を探し出すために

タクシー運転手の悲喜こもごもの人生に迫ったノンフィクション、山田清機『東京タクシードライバー』は、ドライバーそれぞれの人生の変転を味わうことのできる作品だが、一般人が知らないタクシー業界の知識を知る上でも読み応えのある一冊になっている。

「流し」で稼ぐ、日本交通のあるドライバーは、万収(=1万円以上乗ってくれる人を指す業界用語)を探し出すために、あえて4番手を走るという。前に2種類の個人タクシー、その後に中小のタクシー、そのあとをつける。2種類の個人タクシーを先に行かせるのは、それを見送ったことで「現金客ではなくタクシー券を持った客だが、個人タクシーのチケットは持っていない」ことがわかるから。次に中小のタクシーも見送ったことがわかると「タクシー券を持った客であり、しかも中小ではなく、四社券(大手四社のタクシーが使用できるチケット)か日本交通単独のタクシー券を持っている可能性が高い」という。こうして万収を得る。あたかも、小魚を餌撒きして、大物を釣り上げる釣り師のようだ。

疲労困憊した雰囲気を漂わせているサラリーマンを狙え

タクシーを探す客との接点を作るために、常に左回りを基本としている、というのも興味深い。私たちはタクシーを拾う場合、大抵、交差点のある場所まで出て拾おうとする。常に左回り、左折を繰り返していれば「直進方向と左折方向の二辺で客を乗せることができる」。なるほど。逆に右折では「右折する方向(右斜め前方)で客が手を挙げているのが見えても、先に左折していくタクシーにその客を取られてしまう可能性が高い」そうだ。

上客の見つけ方も興味深い。素人考えでは、金目に糸目を付けなさそうな人を探すのが一番だと思うのだが、そういう客は、おおよそ都内のマンションに住んでおり、決して上客ではない。タクシー運転手いわく、本物の上客は「ヨレヨレのスーツを着て、いかにも疲労困憊した雰囲気を漂わせているサラリーマン」だそう。「ローンを組んで千葉や埼玉の郊外にやっとマイホームを建てたサラリーマンである可能性が高い」「接待で疲れ果てて、会社から支給されたタクシー券を使って遠方にある自宅までお帰りになる。そういうお客様こそ、われわれにとって一番の上客」と語る。

「人間は強くなんてなれない。強くなるんじゃなくて、人格を変えるんですよ」

本書に登場するタクシードライバーはそれぞれに、実に温かい人情を持った人々だ。その人情は、一朝一夕に刻まれたわけではない。倒産、解雇、離縁、病い、裏切り……人生の流転を経た上で辿り着いたタクシードライバーだからこそ。そんな彼らは、タクシーに乗りこむ人間をじっくりと見定めている。ぶっきらぼうな態度で接してくる若いビジネスマンを見ては、「強くなれ強くなれと言う人がいるけれど、人間は強くなんてなれない。強くなるんじゃなくて、人格を変えるんですよ」と、その人の行く先を危ぶむ。地道に働いてきた東京のタクシー運転手にじっくりと寄り添ったこのノンフィクションは、浮ついた東京の行き着く先すら導き出すような温かみに帯びている。

(文・武田砂鉄)

東京タクシードライバー

著者:山田清機(著)
出版社:朝日新聞出版
タクシードライバーの人生を描くノンフィクション。いじめられっ子がみつけた居場所。ホームレスから生きる希望を見つけた男性。連れ子のために奮闘するドライバー……。 現代日本ノンフィクション。事実は小説よりせつなく、少しだけあたたかい。

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