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空き家をさがして三千里。この「田舎暮らし実録マンガ」がすごい

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人生が不調なとき、田畑を耕して自給自足する生活を夢見てしまう。「地方では空き家が余っている」「限界集落が移住者を求めている」という話を聞くと心誘われる。でも、そんな都合のいい話が本当にあるのだろうか。

避難先としての「田舎暮らし」

一般的に「田舎暮らし」というとき、都市の住民が人口5万人にも満たない地方の「町」や「村」に生活拠点を移すことを指す。

ひとむかし前の「田舎暮らし」や「自給自足生活」というものは、たいてい定年間際の人が夢見たり計画するものだった。50歳~60歳まで休みなく働いて現役を引退した人たちが、退職金と手厚い年金をよりどころに第二の人生として実現するものだった。「ごほうび」であり「道楽」の要素が色濃い。

しかし現代では、定年間際の労働者にかぎらず、働きざかりの20代~40代の労働者が、全国各地の「町」や「村」を避難先のようにとらえて移住をおこないたいとする機運がある。都市での生活維持が困難であったり、将来の見通しが立たないせいだ。

つまり現代日本における「田舎暮らし」とは、あらゆる世代の労働者にとって「都落ち」や「生存をかけた戦略」を意味するようになった。

たとえ休耕地や空き家があったとしても……

田舎暮らしや地方移住は「お気軽」ではない。移住先で収入を得られる見通しが立たなければ実現できないからだ。

たしかに全国各地では築年数を重ねた空き家が余っているし、働きざかりの移住者を求めてはいる。だが、奥深い里山や限界集落に働き口があるとはかぎらない。いちどは新しい生活に胸踊らせた「田舎暮らし」希望者が、地方移住を断念せざるをえない理由のひとつだ。

未来を知りたければ、同時代に生きる芸術家に注目すればいい。かれらはどこでも仕事ができる。どこに住んでいても収入が得られる。だから恐れを知らず、身軽であるがゆえに行動が大胆だ。かれらは、常識にとらわれない生き方を体現してみせる。

現代日本において注目すべきは「漫画家」だ。2011年の東日本大震災をきっかけに、田舎暮らしや地方移住を題材にしたコミックエッセイが出版されている。移住の理由は、かならずしも福島原発事故による放射能被曝を恐れるだけではないようだ。

連載打ち切りの常連だった「おひとりさま男子」漫画家

漫画家の多くは、出版社のお膝元である東京周辺に住んでいる。しかし近年、漫画家たちが原稿料を得るための「漫画誌」が次々と休刊しており、ますます掲載枠が減っているそうだ。既刊コミックを出しても売れず、イス取り競争に負けた漫画家たちは、廃業もしくは都落ちする選択を迫られているらしい。

市橋俊介という漫画家がいる。1990年代にデビューしてからというもの、連載打ち切りや掲載誌の相次ぐ休刊を経験してきた(市橋さんの報われない人生については、双葉社のコミック単行本『漫画家失格』に詳しい。掲載誌が1年で休刊になり、事実上の打ち切り作品になった)。

そんな不遇の時代を経て、市橋さんは『週刊SPA!』で連載マンガを担当するようになった。全国の書店はもちろんのこと、コンビニにも置いてある有名雑誌だ。かつては『ゴーマニズム宣言』『だめんず・うぉ~か~』(200万部)などのベストセラー漫画が掲載されていた人気雑誌であり、当時の市橋さんの知名度からすれば『週刊SPA!』への起用は大抜擢である。

じつは、これには裏事情があった。市原さんの起用は、元AV女優でおなじみの漫画家・峰なゆかさんの指名によるものだった。

アラサーちゃんとアラフォーくん

峰なゆかさんは『恋のから騒ぎ』卒業生であり、それから10年以上を経て、シリーズ累計50万部の人気マンガ『アラサーちゃん』の作者へと転身した驚くべき才能の持ち主だ。

当時の事情はこうだ。『週刊SPA!』編集部が峰さんにマンガ連載を依頼した。『アラサーちゃん』はモテ女子を自虐的に描いたものなので、それとは対照的な「非モテ男子マンガ」を合わせて掲載したいという意向だった。そのときに峰さんが、非モテ漫画家として注目していた市橋俊介さんの名前を挙げたという(扶桑社のコミック単行本『アラサーちゃん 無修正1』の巻末マンガを参照)。

こうして、性的ではない意味で直接のご指名を受けた市橋さんは、『アラサーちゃん』と同時スタートという形で『アラだらけ君』というギャグ四コマ漫画を連載することになった。そして『アラだらけ君』は打ち切りになった。

奇跡が起きる。ふたたび『週刊SPA!』で市橋さんの新連載がはじまったのだ。作品名は『ぼっち村』(市橋俊介・著/扶桑社・刊)。漫画家・市橋俊介が「漫画家を廃業したあとに備えて孤高の自給自足生活を模索する」という内容の、実録コミックエッセイである。

市橋さんは40代を目前にして、東京で暮らし続けるための先行きがあやしくなった。2年制の美大を卒業してからイラストや漫画の仕事にすべてを賭けてきた孤独なアラフォー男子が生き残るためには、田畑つきの空き家を見つけて自給自足生活をする道しか残されていなかった。

『ザ!鉄腕!DASH!!』を1人で再現しようとする男

市橋さんは、どうせ田舎暮らしをするならば美しい風景を眺められる場所を望み、富士山周辺の空き家を探すことにした。

市橋さんいわく、各自治体がインターネット上で公開している「空き家バンク」は参考にならなかったという。ろくに管理されていない場合が多く、すでに売約済みの物件が掲載されたままになっていたからだ。空き家探しは、現地の役場に出向くのがもっとも確実だという。

『ぼっち村』は、現在も連載中だ(2015年11月時点)。第1巻には、2013年から2年間にわたって自給自足生活に挑戦した記録をエッセイコミック形式で読める。じつをいえば、2年のあいだに市橋さんは3つの空き家を転々としている。「大家とのトラブル」や「農耕地として欠点がある」などの理由によって退去せざるえない状況におちいったからだ。

市橋さんと『週刊SPA!』編集部が、多大なる時間と労力、そして数百万円の資金を費やしたのちに遭遇したリアルな事例集であり、これから空き家や限界集落への転居を考えている読者にとっては、これほど参考になる本はないと思う。

このあいだまで都市生活者だった市橋さんが、木の根や石ころだらけの荒れ地を耕して多種多様な野菜や果物を収穫する姿には感動をおぼえる。はじめての収穫を待つあいだに、マムシを丸焼きにして食べたり落ちていた銀杏を年齢の数(当時38歳)だけ食べて空腹を満たすなど、非モテ男子こと市橋さんの「肉食」ぶりにも惚れそうになった。

(文:忌川タツヤ)

ぼっち村

著者:市橋俊介
出版社:扶桑社
廃業の危機に瀕した漫画家が最後の悪あがきに選んだのは「田舎暮らし」。富士山周辺へのドライブが好きなだけの農業未経験軟弱アラフォー男は、たった一人で奇跡を起こせるのか?

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