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彼岸花を見るたびに思い出すのは山口百恵

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山口百恵。1973年に14歳でデビュー。歌だけでなく、ドラマ、映画、舞台などで大活躍し、1980年に引退。俳優・三浦友和と結婚し、その後は芸能界の表舞台に現れることはない。

僕は1971年生まれなので、山口百恵がデビューしたときは2歳。もちろん記憶にはない。しかし、「イミテーション・ゴールド」「プレイバックPart2」「ロックンロール・ウィドウ」といった曲はテレビで見ていた記憶がある。この頃になると、僕は小学校に上がっているはずだから、多少記憶にも残っているのだろう。

いわゆる百恵ちゃん世代ではないが、彼女がどれくらい人気アイドルであったかは知っている。そして、今は曲がかっこいいと思い、たまに思い出して聞いている。

山口百恵に対する違和感

しかし、聞くのは後期の曲が多い。簡単にいえば作詞に阿木燿子、作曲に宇崎竜童が参加し始めた頃からの曲だ。1976年の「横須賀ストーリー」以降の曲だ。大学時代にはバンドで「ロックンロール・ウィドウ」を演奏したこともある。

逆に、デビュー当時の「としごろ」「ひと夏の経験」といった曲には、あまり印象がない。僕が物心がついていなかったということもあるが、今聞いてもあまりピンと来ない。

もっといえば、僕が思っている山口百恵像との乖離が激しいと言ってもいい。なんだか違和感があるのだ。

その原因はなんなのだろうと思っていたが、『山口百恵 赤と青とイミテイション・ゴールドと』(朝日新聞出版・刊/中川右介・著)を読んでいたら、なんとなくその答えがわかった気がする。

それは「歌詞」だ。もっといえば、「作詞者」の問題なのだ。

女性が描く女性のリアリティ

デビュー当初の作詞者は千家和也。「としごろ」から「愛に走って/赤い運命」まで12曲のシングルを担当。そして13枚目の「横須賀ストーリー」で阿木燿子が作詞を担当。その後は千家和也は2曲シングルを担当するが、阿木燿子の出番が一気に増えている。

千家和也と阿木燿子の大きな違いは「性別」だ。千家和也も阿木燿子も、山口百恵が歌うことを前提に歌詞を書いている。故に、女性が主人公の歌詞だ。

しかし、内容は大きく異なる。千家和也の詞は、男性が想像して書いた少女。一方阿木燿子は、女性が想像して書いた少女。同じフィクションでも、リアリティは明らかに後者だろう。

また、デビュー当初の山口百恵は「少女が大人の恋に憧れている」ような雰囲気の歌詞が多い。悪くいえば、何も知らない女の子にちょっと大人な内容の歌を歌わせているという感じだ。

一方、阿木燿子が歌詞を手掛けるようになってからは、主人公が「少女」から「女性」になっている。もちろん山口百恵自身が成長しているということもあるが、阿木燿子が書けば、「男性が望む女性像」ではなく「女性そのもの」となる。やはり、リアリティのレベルが段違いだ。

しかも、「ロックンロール・ウィドウ」にいたっては、独身の山口百恵が未亡人になっている。そういう歌詞を書く阿木燿子もすごいが、それを歌いこなす山口百恵もすごい。

頭から離れない「曼珠紗華」

僕は、リアルタイムで山口百恵をあまり感じたことはない。結構おとなになってからCDで曲を聞いて「いい曲だな」と思う程度だ。ただ、明らかに他の同世代のアイドルたちとは違うということはわかる。

山口百恵のアイドルっぽくない歌い方、声。そして宇崎竜童のロックテイストが見え隠れする(時にはロックそのものの)曲に、生の女性を描く阿木燿子の歌詞。この組み合わせでしか起こらない化学反応のようなもの。それが、1976年以降の山口百恵の歌なのだろう。

ちなみに、僕が山口百恵で一番好きな曲は「曼珠沙華」だ。何か、怖さを感じる歌詞だ。特にサビ。メロディも迫力がある。これはもう、山口百恵しか歌えない曲ではないだろうか。

マンジューシャカ、マンジューシャカ。

街なかに咲いている曼珠紗華(彼岸花)を見るたびに、頭に流れるのはこのフレーズだ。僕は、しらずしらずのうちに山口百恵に侵食されているみたいだ。

(文:三浦一紀)

山口百恵 赤と青とイミテイション・ゴールドと

著者:中川右介
出版社:朝日新聞出版
無数のアイドルが生まれては消えゆくなか、なぜ私たちは、彼女だけは忘れられないのか――。芸能界デビューから40年。膨大な文献と資料から、本人と関係者の発言を徹底収集。「伝統」と「革命」を同時に達成した、歌謡史上の奇跡「山口百恵」とその時代を活写した画期的評伝!

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