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伊藤計劃が書いた『WXIII 機動警察パトレイバー』評を読む

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伊藤計劃は、SF作家としてデビューする以前から、読みごたえのある映画評の書き手として知られていた。かれがブログやウェブサイトに掲載していた熱のこもった評論は、多くの映画ファンたちに愛読されていたという。

伊藤計劃と映画

伊藤計劃は故人だ。2007年に小説家としてデビューを果たし、2009年に永眠した。10年以上にもおよぶ体調不良と闘病生活の果ての、34歳という早すぎる死だった。わたしたちは、伊藤計劃によって書き起こされた新たな映画評をもう読むことができない。

映画が好きで、観たあとに感想をインターネットで探すことがある人なら「伊藤計劃:第弐位相」というブログにたどりついたことがあるかもしれない。かれがデビューする以前、つまり会社員時代から運営していたブログだ。

伊藤計劃:第弐位相
(http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/)

徒然なること、闘病生活のこと、映画評などを読むことができる。死の直前である2009年1月7日を最期に更新が止まっているが、いまもアクセスは可能だ。このブログの内容は、2010年と2011年に『伊藤計劃記録』『伊藤計劃記録 第弐位相』(早川書房・刊)という単行本にまとめられた。

ブログ「第弐位相」をはじめた2004年以前にも、伊藤計劃はインターネット上で映画評を発表していた。いまは閉鎖(削除)ずみだが、ありがたいことに『Cinematrix伊藤計劃映画時評集2』(伊藤計劃・著/早川書房・刊)という文庫に再録される運びとなった。いずれも2013年に刊行。

この2冊には、単行本に未収録だった映画評も掲載されている。新規収録分のうち、わたしのお目当ては『WXIII 機動警察パトレイバー』の映画評だった。

ときどき、こういう非常に困る映画があるのだ。
といっても、別にこの映画が嫌いなわけじゃなく、むしろ好きなのだけれど、ものすごい好きなわけでもなく、「うーん、なんか好きなんだよね」という無茶苦茶曖昧なことしか言えない映画、ということで、どこか凄いとか説明しにくく、別に特別なスタイルをとっているわけでもない。ストイックでフツーな映画のことだ。

(『Cinematrix―伊藤計劃映画時評集2』から引用)

伊藤計劃とパトレイバーと押井守

読者としてのわたしが、はじめて伊藤計劃に共感を覚えるに至ったのは『虐殺器官』や『ハーモニー』などの小説作品ではない。かれの映画評における劇場版パトレイバーや押井守への言及だった。

わたしのもっとも古い伊藤計劃体験は、映画『ダークナイト』の感想をインターネットで探していたときだった。

それまで『バットマン』シリーズに特別な思い入れもなかったわたしが、この映画を観たあとにえらく感動してしまった。しかし、何が面白かったかと自問自答しても、よくわからない。うまく説明できない。だから、ググった。そして、伊藤計劃の映画評にたどり着いた。上記リンク先を読んでいただければわかるように、やたら『劇場版パトレイバー2』を引き合いに出している。

「パトレイバー2」以来だろうか。
これほど自分の魂にぴったりくる映画は。

(伊藤計劃:第弐位相「ダークナイトの奇跡」)から引用

「そうかそうか。このブログを書いている伊藤計劃っていう人は、わたしと同じで『劇パト』が好きなのか~。仲間だ。仲間由紀恵だ。ナカーマだ」と思ったわたしは、ブログ「伊藤計劃:第弐位相」の愛読者になった。さかのぼって過去記事を読んでみると、劇パト以外にも『イノセンス』などの押井守作品にまつわる考察もあった。そして「ダークナイトの奇跡」を書いた1年前に『虐殺器官』で小説家デビューしたばかりであったことを、あとで知った。

劇パト3の検索結果に「つまらない」と表示される

わたしは『劇場版パトレイバー』が好きだ。すくなくとも、1年に3度は観る。「劇パトを観なくては生きていけない」ぐらいの切迫したテンションで鑑賞する。ただし、第1作目と第2作目に限った話であり、シリーズ第3作目については飢餓感はない。18か月に1度くらいでかまわない。

劇パト3検索結果

上の画像は、Googleで「パトレイバー3」をウェブ検索したときの画面キャプチャだ。

「パトレイバー3 つまらない」

観客やネットユーザーの総意ではないものの、なんとな~く『WXIII 機動警察パトレイバー(劇場版パトレイバー3)』のイメージというか風評のようなものをズバリ可視化していると思う。しかし、実際の『劇パト3』は良い映画だ。日本人が作ったモンスターパニック映画としては、おそらく「一級品」の部類に属するのではないだろうか。

誰だ、『劇パト3』を「つまらない」と言っているのは。けしからん。なぜだ。分析してみよう。

劇パト3をほめている人を見かけることは少ない

わたしに言わせれば、『劇パト3』の唯一の不満は、特車二課メンバーや後藤隊長が活躍(もしくは暗躍)するシーンが少ないことだ。ほかに思い当たることといえば……

【監督が異なる】

『機動警察パトレイバー the Movie』と『機動警察パトレイバー2 the Movie』の監督は、押井守だ。一方の『WXIII 機動警察パトレイバー』の監督は、押井守ではない。ガンダムでもクレヨンしんちゃんであっても、たとえ原作が同じでも監督が異なれば、作品の雰囲気はガラリと変わる。

【原作が異なる】

パトレイバーといえば、「週刊少年サンデー」で連載していたゆうきまさみの漫画を連想するかもしれない。だが『パトレイバー』シリーズの旗艦は、じつは映像の方だ。本丸の『パトレイバーOVA(オリジナルビデオアニメーション)版』の監督は押井守であり、ゆうきまさみ版は「応援まんが」という位置づけだった。おたがいに補完しあう、いわゆるメディアミックス戦略だ。(押井守メインで始動したのではない。原作グループの実態はもっと複雑だが、ここでは割愛する)

押井守の『劇パト』2作品の設定は、ゆうきまさみ版とはかけ離れており、あえて言うならば、押井守自身が手がけたOVA版に準拠してる。

一方のテレビアニメ版や『WXIII 機動警察パトレイバー』は、ゆうきまさみのコミック版のエピソードを下敷き(原作)にしている。『劇パト2』で別部署に異動していた特車二課の面々が、『劇パト3』では当然のようにして特車二課で通常業務をおこなっていることからも、押井版の劇パトとは地続きでないことがわかる。

おなじ『劇パト』であっても、監督と原作(世界観)が異なるため、押井守カラーに染まった前2作のパトレイバーを好きだった観客が、第3作目と向かいあったときに「パトレイバー映画」としての違和感をおぼえるのも無理はない。

【時期を逸した】

『劇パト2』における後藤隊長のセリフではないけれど、『劇パト3』は「遅すぎた」。OVAやコミックや劇場アニメが発表されていたのは1988年~1993年だ。一方の『WXIII 機動警察パトレイバー』が劇場公開されたのは2002年。ファンが忘れた頃に公開された映画なのだ。

前作から9年も経ってしまったのには事情がある。2002年の劇場公開と同時期に発売されたムック『WXIII(ウェイステッド・サーティーン)機動警察パトレイバーMANIAXX』(角川書店・刊)によれば、監督や脚本家たちが作業を始めたのは1994年末だったという。それから阪神大震災などをはじめとした様々なトラブルがあったそうだ。ちなみに本ムックは充実したスタッフ対談集であり設定資料集であり、隠れた「怪獣アニメ評論」の良書でもあるので、アニメファンや特撮ファンの皆さんにも一読をオススメする。

ちなみに『WXIII 機動警察パトレイバー』の時代設定は、劇中では昭和75年だ。元号が昭和のままということは、つまり昭和64年に悲しいことが起こらなかったわけで、1901年生まれの陛下は99歳ということになる。

伊藤計劃が劇パト3で涙しそうになった理由

そんな地味なこの映画にあって、ぼくがほとんど涙しそうになったカットがあったのを思い出した。
(中略)
正直、ぼくはこの映画で少しウルウルしてしまったのだ。最近あまり映画で泣くことはなかったのだけれど(人生のほうでいろいろありまして〔笑〕)、クライマックス、というか、最後の対決、であの少女の声が響き渡り、ベートーベンが流れ始めたとき、

(『Cinematrix―伊藤計劃映画時評集2』から引用)

とにかく、いろいろケチをつけようと思えばつけられるが、わたしは『劇パト3』を良い映画だと思うし、伊藤計劃も良い映画だと書いている。引用内の「人生のほうでいろいろありまして」というのは、かれにとっては1度目の長期入院のことであり、手術によって「ある大切なもの」を永遠に失った体験をほのめかしたものだ。

伊藤計劃による『WXIII 機動警察パトレイバー』評は、わたしにとってだけではなく、かれの愛読者にとっても読み返さずにはいられない内容であると思う。

(文:忌川タツヤ)

Cinematrix伊藤計劃映画時評集2

著者:伊藤計劃
出版社:早川書房
「アヴァロン」「ハンニバル」「ブラックホーク・ダウン」「ボーン・アイデンティティー」「マトリックス リローデッド」「イノセンス」――デビュー以前に運営していたホームページ「スプークテール」で書き続けられていた映画時評を完全集成する第2巻。どんな「困った」作品にも、おもわず涙をこぼしてしまいそうになる作品にも、変わらず注がれる伊藤計劃の映画への愛情が、さらなる深化を見せる全24本を収録。

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