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「○○世代」という定義にイライラする

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なにかと「○○世代」「○○女子」などと括りを設けては、人様の動きに傾向を見つけ出す連鎖が止まらない。次々と生まれるそれらについつい納得しかけるが、いざ自分が指差される側になると、たちまち憤ってしまう。

「世代」でマジにジャッジしてしまう人々

田中稲『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社・刊)は大正時代から現代までに生まれた「○○世代」を100個も羅列し、考察する一冊だ。茶化しながらもとことん考えてみるという取組みが、次々と生まれてきた「○○世代」に対するアンチテーゼとしても機能していて面白い。「キレる17歳」と言われているからこの世代は危ないのだ、とワイドショーを見ながら真顔で警戒する人々、「ゆとり世代」と言われている彼らに仕事を任せるときには傷つかないように慎重にしなきゃと、どこかで読んだ安直なビジネス本を信じ込む人々……、「世代」でマジにジャッジしてしまう面々にご一読いただきたい一冊となっている。

付け焼き刃的に作られている「○○世代」がいつの間にか浸透していく様はなかなか滑稽だが、そこから確かなビジネスが発生してきたりもする。ファッションが毎年「今年の流行色」を用意するのは、それを設定することで新しい服を購入してもらおうと目論むからだが、昨今の「○○世代」にも同様の臭いがする。今年は青が流行っていると知らされて素直に青色の服を買ってしまう人がいるように、粗造された「○○世代」を素直に引き受けて、趣味嗜好を揺さぶられてしまうのだ。

「お腹いっぱいだから残す」と言ってはいけない世代

たとえば学生時代のクラスを思い出してみれば分かるが、1つのクラスが、或いはその学年が、ある1つの傾向で語れるはずなどなかったはず。数十名のクラスには、すさまじいバラエティがあって、それらが折り重なって一群が形成されていたわけだ。世代論はこういうバラエティを一掃してしまう。既存の「世代」に詰まらなさを覚えてきたはずの著者は、「団塊の世代」「バブル世代」「ゆとり世代」といったありきたりな「世代」を豪快に踏み外していく。

例えば戦前・戦中世代には「根性で岩を割れる世代」とのネーミングを用いる。男が女の上に立つのは当然、困難が起きようとも気合いで乗り越えられると何かと精神論をかましてくる、若者にとっては厄介な世代だ。規定した世代ごとにそれぞれ傾向と対策が練られているのだが、たとえば彼らの口癖は「女コドモは黙ってろ」「命を懸けろ!」、絶対にこの世代の前で言ってはいけない「炎上言葉」は、「ロートル」「退屈」「お腹いっぱいだから残す」。「頭で整理整頓する前に暴言が出る」との傾向を持つこの世代の代表格として石原慎太郎の名前が挙げられているのを確認しては、妙に納得してしまう。

「先生に髪切られた世代」「就活40件超え余裕っすよ世代」

その他にも、「先生に髪切られた世代」「カラスの勝手でしょ世代」「学校サボってインベーダーゲーム世代」「ドンペリで洗顔時代」「就活40件超え余裕っすよ世代」「ただのラノベには興味ありません世代」など、力技で世代化させたネーミングが次々と紹介される。著者は最後の最後で、自虐的に「これ、何の役にたつのん……!?」と記しているが、こうやって茶化しながら設定した世代であっても、いつのまにか一定の説得力を持ち始めてくる事実が、その都度メディアに用意される「○○世代」の脆弱さを明らかにしているとも言える。

血液型や星座を人物査定に取り込んだら、さぞかし批難を浴びる事だろう。ある傾向で人をジャッジすることの稚拙さを誰しも理解しているはずなのだが、なぜか「○○世代」については、なんだかんだで許容してしまう。本書は、世代論を無理やり網羅しまくることで、逆説的に世代論のあやふやさを浮き彫りにさせてくれる。

(文:武田砂鉄)

そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。

著者:田中稲
出版社:青月社
札束でタクシーを止めるあの人は、きっと「ドンペリで洗顔世代」?。大正時代から現代までの日本人を100の世代に分類して徹底解説。まさに世代あるあるの総集編!診断チャートも付いているので、自分が何世代なのかも一発でわかります!

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