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孤独のグルメ「大山町ハンバーグランチ暴行事件」を検証する

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18年ぶりに『孤独のグルメ』の続刊(第2巻)が発売された。食事にまつわるユニークな独白を楽しめるマンガだが、空腹のときだけ身勝手になってしまう五郎が、じつは暴行事件の容疑者であることをご存じだろうか?

空腹のとき身勝手になって暴行した井之頭五郎容疑者

旧版・文庫版・新装版の累計発行部数が「80万部」を突破しているという大人気マンガ『孤独のグルメ』。

半年に1度くらいは読み直すのだが、読むたびに噛めば噛むほど味が出るスルメのようなマンガであり、そのたびに腹がへってしまうから困る。大好きな作品だが、あるエピソードに目を通したあとには気分がモヤモヤしてしまう。

わたしが気になっているエピソードとは『孤独のグルメ【新装版】』(久住昌之、谷口ジロー著/扶桑社・刊)に収録されている「第12話 東京都板橋区大山町のハンバーグ・ランチ」だ。主人公の井之頭五郎(いのがしら・ごろう)が、他人に暴力をふるうシーンがある。

食いしん坊で善良な市民にすぎない五郎が「ハンバーグ・ランチ」のときに限っては豹変するのだ。なぜか。作者の筆がすべってしまったのだろうか。少なくない読者を困惑させた「大山町ハンバーグランチ暴行事件」を何度も読み直すことで、わたしなりの結論に達したので、この場を借りて発表したいと思う。

「大山町ハンバーグランチ暴行事件」の概要

大山町の線路沿いにある洋食店。空腹の井之頭五郎はハンバーグランチを求めてやってきた。言葉がカタコトの外国人留学生らしき男性店員が、五郎にお冷を差し出す。しかし、グラスに「洗剤の泡」が付着しているのを見とがめた店主が、留学生店員をしかりつける。

店主の口からは「昼営業が終わる10分前に看板を引っ込めろと命じておいたのに、なぜやっていないのだ」という言葉も出た。さっき五郎が入ってきたときに、店主が浮かない顔をしていたのはそのせいだった。従業員を叱りつけるのにかこつけて、遠回しにイヤミを言われたようにもとらえることができる。五郎はすぐに退店しようとしたが、店主に「いいんですよ、まだ」と引き留められたので、オススメだというハンバーグランチを注文する。

留学生店員は、働きはじめて日が浅いせいなのか仕事の段取りがぎこちない。店主にたびたび叱られている。ランチが出来上がるまでのあいだに店内を観察していると、額装してある大判写真が目についた。空手着の男性が積み重ねられた瓦をチョップで叩き割っている写真だ。店主によく似ている。この洋食店が雑誌や新聞で取り上げられたときの「切り抜き」も掲示されていた。

出前の電話があった。店主が「ジャンボ3つ」の注文を受けたことを留学生店員に告げると「しかし……時間」と口ごもるように言葉を漏らした。おそらく昼営業の終了が、アルバイトである留学生店員にとっての終業時間なのかもしれない。だが、そんなことはおかまいなしに店主は「ジャンボ」と呼ばれるメニューの準備にとりかかるよう、留学生店員に有無をいわさず命じる。

五郎が内心穏やかではなさそうな表情を浮かべていると、店主がハンバーグランチを完成させたので、留学生店員がハンバーグランチを届けてくれた。五郎は「ハイ どうも」などと、普段では考えられない愛想をふりまいてランチ一式を受け取ってみせた。犬馬のように使役されている留学生店員を「いたわってやりたい」という気持ちのあらわれかもしれない。

大山ハンバーグランチ550円。鉄板皿に所せましと様々な具材が盛りつけられている。半熟の目玉焼きが乗った大きなハンバーグ。ケチャップベースのソース。添え物は、カレー味のスパゲティとポテトフライ。味噌汁と平皿に盛り付けられたライス。「ほー いいじゃないか こういうのでいいんだよ こういうので」。五郎にとって、さきほどまでの不快な雰囲気を吹き飛ばすに十分な内容だった。

五郎がランチを堪能しているあいだにも、厨房のやりとりがいやでも耳に入ってくる。どうやら、先ほど出前注文を受けた「ジャンボ」に関して不手際が発覚したようだ。留学生店員が「豆腐が一丁の半分しかない」というようなことを告げると、店主は烈火のごとく怒りだした。どうやら「ジャンボ」というメニューには豆腐が不可欠らしい。

留学生店員に対する叱責はそれだけでは済まず、あえて留学生の「母国」に言及したりするなど、他の客や五郎がランチを食べているのも構わずに、店主はネチネチとイヤミを垂れ流していた。そして、ひたすら恐縮する留学生店員に対して店主が「チョップ」で体罰を加えるという肉体的制裁がおこなわれたあたりで、ついに五郎の堪忍袋の緒が切れてしまう。

五郎は席から立ち上がり、店主に向かって「とても空腹だったのに、あなたが騒いでいたせいで、ハンバーグランチがぜんぜん喉を通らなかった」と訴えてみせる。客の反逆にひるまず、店主は「うるさい。知ったことではない。お代はいらないから帰ってくれ」と応戦する。

それを聞いた五郎は、切なげな表情を浮かべながら「孤独な空腹者のポエム」を声に出して朗読しはじめる。

あなたは客の
気持ちを全然
まるでわかって
いない!

モノを食べる時はね
誰にも邪魔されず
自由で なんというか
救われてなきゃあ
ダメなんだ

独りで静かで
豊かで……

(『孤独のグルメ【新装版】』から引用)

うつろな表情を浮かべてポエムを朗読しはじめた一見サラリーマン風にみえる中年男性(五郎)を目の当たりにして、困惑した店主は「なにをわけのわからないことを言ってやがる 出て行け」と言って、五郎の肩を小突いた、その瞬間! 五郎はすさまじい速さで店主に「アームロック」をキメる。暴漢を制圧するときにも使われる、格闘技由来の関節技だ。

肩とヒジと手首をねじ曲げられた店主は「痛っイイ お…折れるう~~」と悲痛なおたけびをあげる。そのとき、MASTERキートンかと見まがう荒ぶる五郎のことを「それ以上 いけない」とたしなめたのは、あの留学生店員だった。

横柄な店主へのアームロックを解除した五郎は、店をあとにする。ふと気がつけば、空腹は満たされないままだ。店主への仇討ちをあえて制止するように言った留学生店員の「目つき」に釈然としない思いをかかえながら、さきほどの振る舞いを悔みつつ、五郎は大山町を去っていった。

五郎の「アームロック」は過剰防衛か?

「事件の概要」によれば、店主は肩を小突いたにすぎない。それなのに、五郎は「アームロック」という相手に激痛を与える暴行でもってやり返した。これは正当防衛の域を超えてしまっているように思える。なぜ五郎は、そのような仕儀におよんだのか。

結論としては、いじめられていた留学生店員に感じた「義憤」によるものだろう。留学生店員からランチ鉄板を受け取るとき、五郎は「ハイ どうも」などと作り笑いを浮かべてまで、彼のことをねぎらって見せている。いつもの五郎ならば考えられない愛想をふりまいているのだ。「アームロック」は、外国人留学生を苦役させる日本人資本家への「制裁」の意味を読み取ることができる。

五郎がおこなったのは「私刑」だ。日本の法律では禁じられている。もしも店主が警察に被害届を出せば、五郎はただでは済まない。客観的にみて過剰な反撃であり、一方的な暴力であり、当該シーンで眉をひそめた読者は少なくないだろう。

わたしは五郎を擁護したい。『孤独のグルメ』を熟読玩味することによって、かならずしも五郎が「考えなしの行動」をおこなったのではないことが判明したからだ。

じつは、五郎は「店主の身体的能力」を見極めたうえで、アームロックを仕掛けている。入店した直後と、アームロックをする直前に、店内に掲示してあった「店主らしき男が瓦割りをしている写真」を五郎が見つめている描写があるのだ。

『孤独のグルメ【新装版】』123ページにおいて、五郎が空腹ポエムを朗読したあと、店主が「出て行け」と言って五郎の肩を小突くコマがある。作者たち(原作:久住昌之 作画:谷口ジロー)は、当該シーンの店主の背景描写に、あえて「瓦割り写真」を写り込ませているのだ。計算されたコマ割りといえる。

つまり「瓦割りができるくらい肉体に自信があることを恥ずかしげもなく誇示するような男」なのだから、空腹を満たすことを妨害され、外国人留学生の人権を侵害していることに対して警告を与えるために、程度をわきまえたアームロックくらいは許されるのではないか……という、『孤独のグルメ』作者からのメッセージであるとも解釈できる。

以上のことから、「大山町ハンバーグランチ暴行事件」における井之頭五郎はノット・ギルティ、すなわち「無罪」であると結論づけたいッッッッ!……ただ1コマがそこに存在するだけで。『孤独のグルメ』ファンはこの程度の推理が可能です。……いかがでしょうか、皆様方。

なぜ豆腐ごときで店主は激しく怒りだしたのか?

ご清聴ありがとうございました。ところで、暴行事件のきっかけである「ジャンボ」というメニューについて補足説明をしておきたい。

キーワードは「豆腐」だ。「ハンバーグ・ランチ」を初めて読んだときには、小鉢に必要なのかと思っていた。ミニ冷奴とか。たしかに小鉢の材料が不足していれば、ジャンボの出前を受けることはできない。

そうは言っても、小鉢くらいならば代替品で済ませられるのではないか。なぜ店主はその程度のことで留学生店員を叱りつけたのか。やはり人種差別的なアレではないか。……などと、ますます店主へのアームロック制裁が正当なものであると考えがちになるが、あれほど激高するのには理由があった。大山町にある洋食屋にとって、ジャンボは大量の豆腐がなければ成立しないメニューなのだ。

『孤独のグルメ』原作本ではいっさい言及されていないが、「第12話 東京都板橋区大山町のハンバーグ・ランチ」にはモデルになった店がある。じつをいうと「ジャンボ」とは「ジャンボ肉豆腐定食」の略称だった。以下のリンクに詳しい。

【参考リンク】
【孤独のグルメ】元祖こういうのでいいんだよ!大山の洋食屋「洋庖丁」のハンバーグステーキランチ&ジャンボ焼ランチ - 己【おれ】

リンク先のブログ記事で紹介されている「ジャンボ」の写真を見るかぎり、木綿豆腐を一丁まるまる使っているように見える。豚肉といっしょに炒めて、甘辛いタレで仕上げてあるそうで、ハンバーグランチのどちらを食べようか迷ってしまうであろう垂涎の洋食メニューだ。『孤独のグルメ』ファンとしては、生きているうちに絶対に一度は食べたい!

(文:忌川タツヤ)

孤独のグルメ【新装版】

著者:久住昌之(著) 谷口ジロー(著)
出版社:扶桑社
個人で輸入雑貨商を営む主人公・井之頭五郎が一人で食事をするシチュエーションを淡々と描くハードボイルド・グルメマンガ。井之頭五郎は、食べる。それも、よくある街角の定食屋やラーメン屋で、ひたすら食べる。時間や社会にとらわれず、幸福に空腹を満たすとき、彼はつかの間自分勝手になり、「自由」になる。孤独のグルメ―。それは、誰にも邪魔されず、気を使わずものを食べるという孤高の行為だ。そして、この行為こそが現代人に平等に与えられた、最高の「癒し」といえるのである。

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