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文学通を気取りたい!

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文学とはいったいなんだろうか。単なる娯楽だろうか。人生を豊かにしてくれるものだろうか。人の生きる道筋を教えてくれるものだろうか。

……なんていうゴタクはさておき、文学(的な作品)はなんとなくたくさん読んでおいた方がよいというような印象が漠然とある。また、たくさん読んでおいた方がなんとなくかっこいいような気がするのも確かだ。しかし、実はそれほど多くの読書体験があるわけではなく、文学作品にもそれほどたくさん触れてきていないという人も多いのではないか。実際、読書が苦手という人も少なくないだろう。

そんな反省も踏まえ、さあ読書してみようと思っても、現代人には時間がない。大人になってからむさぼるように文学作品に没頭するという生活を送ることができる人はほとんどいないはずだ。もちろん、小さいころからもっと本を読んでおくべきだったと思っても、過ぎ去った時間は返ってこない。

しかし、文学には憧れる。会話や生活のちょっとした場面で文学的な引用をしてみたい。最近でこそ某匿名掲示板で有名になったが、夏目漱石が「I love you.」を「月が綺麗ですね」と訳したとか、そんなウンチクをさりげなく披露したい。または、そこまで望まなくても基本的な素養として、名作のあらすじくらいは知っておいた方がいいような気もする。

――と、前置きが長くなったが、そんな文学通を気取りたいあなたにオススメなのが、清水義範著『早わかり世界の文学――パスティーシュ読書術』だ。本書にはそれこそ『聖書』から『電車男』まで、古今東西の文学作品63作品が俎上に上げられ、清水らしいユーモアで解説されていく。

“パスティーシュの名手”による文学ガイド

著者の清水を評してよく“パスティーシュの名手(あるいは旗手、使い手、第一人者など)”という言い方をする。「パスティーシュ」とは、「模造品」「模倣」というような意味合いを持つフランス語だが、絵画でも文学でも、元となる作品の作風や特徴などを真似たりなぞったりすることやしたものを「パスティーシュ」と呼ぶようである。平たく言うと、物真似やパロディの一種と言っていい。ところが、日本では「パスティーシュ文学」というものが確立されているのかというとそうではなく、「パスティーシュ作家」と呼ばれている小説家も、日本には自分以外には誰もいないと、清水自身が本書の中で言及している。ほとんど清水の独壇場と言っていい。

たとえば、清水が司馬遼太郎の文体で『猿蟹合戦』を著した『猿蟹の賦』(『蕎麦ときしめん』他に収録)がパスティーシュの代表例だが、模倣するのは、何も有名な作家や名作ばかりではない。清水の代表作『国語入試問題必勝法』では、そのものずばり、国語の入試問題ってこんな感じだよね、というものを提示し、それに対してさもありなんという必勝法(もちろんデタラメなのだが)を、生徒と家庭教師の会話の中で表現している。つまり、受験界に広く流通している国語入試問題とその対策のようなものを、模倣することで茶化しているのだ。そのほかにも、「英語の語源は日本語」というトンデモ説を唱える学術論文の、版を重ねる度に書き改められる序文ばかりを集めたという体裁で書かれた『序文』(『蕎麦ときしめん』他に収録)や、英語の教科書に出てきた二人が50歳になって再会し、英語の教科書そのままの不自然な会話を展開するという『永遠のジャック&ベティ』(『永遠のジャック&ベティ』他に収録)など、模倣する対象は多岐にわたっている。

そうした、小説に限らず様々な文章をモチーフに模倣しまくってきた清水が、世界中の文学作品を読みまくっていて、それが発想の豊かさや奇抜さを支える背景になっているであろうことは想像に難くない。そんな清水による文学ガイドが本書なのである。

有名作品を学びながら文学や読書の面白さも学ぶ

本書は、清水が高校生・大学生向けに実際に行った文学にまつわる3つの講演(若者向けだが、大人にももちろん役立つ)と、ページの埋め草のために書き下ろされた3編の文学にまつわるエッセイで構成されている。元ネタが知られているほどパロディは成立しやすいため、『聖書』はパロディの宝庫であることなど、文学とパロディの関係性を分かりやすく解説した「講義1 パロディで文学はつながっている」、『次郎物語』や『坊っちゃん』の書かれた時代背景や作者と作品の関係性を解説して、名作の理解をより深めることで文学の面白さを語る「講義2 読書で学べること」、清水が独断と偏見で選ぶ「補講2 私が決める世界十大小説」など、文学の面白さ、読書の面白さを再発見するのに役立つ6編だ。

清水義範という人は、その膨大な読書量からも分かるように博覧強記の人だ。たとえば、最近では伊坂幸太郎なども取り入れている、ある小説の登場人物が全く別の小説にも登場する、「人物再登場」の手法を発明したのは19世紀のフランスの作家バルザックだということなど、文学好きにはうれしいちょっとしたウンチクや小ネタがちりばめられているのも本書の特徴だ。

最後にちょっと余談。発想の奇抜さや突飛な設定などばかりがとかく取りざたされがちな清水だが、愛知教育大学の出身で、国語の先生の免許を持っているということもあり、その文章の美しさ、分かりやすさ、読みやすさは特筆に値する。また、名古屋出身ということもあって、名古屋の歴史的特性・地理的特性などから導かれた文化的特徴を論文風に描いた『蕎麦ときしめん』(『蕎麦ときしめん』他に収録)など、清水には「名古屋もの」と呼ばれる一連の作品群があり、名古屋の人や土地、風習などを時には誇り高く、時には自虐風に、面白おかしく愛情たっぷりに描写している。本書以外にも、郷土を愛する名古屋出身の人たちにぜひもっと読んでもらいたい作家だ。

(文・芥川順哉)

早わかり世界の文学 ――パスティーシュ読書術

著者:清水義範
出版社:筑摩書房
作家・清水義範の小説スタイルは「パスティーシュ(模倣芸術)」と呼ばれてきた。さかのぼれば、『旧約聖書』の「ノアの方舟」の話は『ギルガメシュ叙事詩』からの引用だと言われる。スタインベック『エデンの東』は『旧約聖書』のカインとアベルの物語から作られた。また、デフォーの『ロビンソン・クルーソー』に腹を立てて生まれたのがスウィフトの『ガリヴァー旅行記』である。世界の文学はつながっている。膨大な読書体験と創作の方法をひもとくことで、それがそのまま文学案内となる面白くて便利な一冊。

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