ハウツーが満載のコラム
文字サイズを変更する

どこまでも暴走する「ネット私刑」とは

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

おぞましい事件が発生すると、インターネットの住人が、極めて不確かな情報を継ぎ接ぎして、大急ぎで犯人を特定、その家族構成や写真まで流布させていく。結果的に誤っていた情報であっても、そのまま残り続けてしまう「ネット私刑」。 

「どうせ何かしらやましいことがあったんだろ」

安田浩一『ネット私刑』(扶桑社・刊)は、川崎中1殺人事件や大津いじめ事件などの具体的な事件を追いながら、ネットに蔓延る罵詈雑言と、その罵詈雑言の動機にある歪んだ正義感を問う一冊である。悪いことをしたんだからどこまでも探られて当然だろう、という思考は、少年法などの法規を自由気ままに飛び越えてしまう。安田はこれらの行為を「貧者の核兵器」と表現しているが、その「核兵器」の乱射には誤爆も多い。誤爆したとしても、誰かが謝りに出向くわけではない。そのまま放っておかれる。

川崎の事件では、被害者の少年と付き合いのあった者たちの名前が一斉に晒された。ある女子中学生は「犯人の彼女」とされ、実名、写真、家族構成がネット上にバラまかれる。拡散されたそれらを、後から一つ一つ消してもらうのは不可能。いつまでも晒される情報は、事実が確定しても、「どうせ何かしらやましいことがあったんだろ。だからこんな情報が出てくるに違いない」と、曖昧な印象論のくせしてどこまでも凶暴に広まっていく。

警察は「よくあることなんですよ」と冷たい

大津の事件では、事件にまったく関係のない女性が加害者の親だと断定され、フルネームが晒された上で、「殺人鬼を産んだ責任を取れ」などの書き込みが相次いだ。彼女が勤める事務所の勤務先の名前や電話番号まで特定され、「屑の親の遺伝子から屑の子ができたんだな」などの書き込みが日に日に増幅していった。女性が警察に相談しても「よくあることなんですよ」と話を聞いてくれる気配はなく、「ブログ削除の手続きは自分自身でやるしかない」と冷たい。

勤務先には電話が殺到、不在を知らせると「殺人鬼をかくまったらただじゃおかないぞ!」と怒鳴り散らす。脅迫状のような封書や手紙も大量に届いたという。自殺した少年が通っていた中学校には、謝罪しなければ爆破するという内容の封書が届き、その翌日は休校を余儀なくされた。大津市役所では教育長がハンマーを持った大学生に襲われる事件が起きる。大学生は「ネットで行政がいじめ問題を隠ぺいしようとしていることを知った」と供述したが、この事件について、ネットの掲示板では「天誅! よくやった」と、大学生を褒め讃える書き込みが並んだ。

安直で陳腐だからこそ

著者は、こういったネット発のリンチを「娯楽・レジャー」だとする。「先行き不安な荒涼とした時代にあって、もっともお気軽な『団結と連帯』を求めることのできる場所がネットにある」のだ。とにかく躊躇がない。「その瞬間に抱いた感情や思いついた言葉を、咀嚼する時間を与えない」のだ。相手のプライバシーをどこまでも暴く一方で、暴く側の匿名性は約束されている。攻撃力がこれだけ高くて、それでいて自分は安全。そんな好条件の中で、ネット私刑はレジャーと化す。

自分たちは正しいことをしているのだ、だからこそ、苦しめてしまって構わない、と出来合いの正義が暴走する。その発想は安直で陳腐だからこそ、歯止めをかけるのが難しい。「だって、ネットに書いてあるじゃないですか」を唯一の理由に、膨らむバッシング。この憎悪の連鎖を止める手段はない。

(文:武田砂鉄)

ネット私刑(リンチ)

著者:安田浩一
出版社:扶桑社
インターネットで事件の加害者の名前をさらし、その家族の個人情報までも、その真偽に関係なく拡散していく――。これを今、「ネット私刑(リンチ)」と呼んでいます。このネット私刑(リンチ)は、ここ最近、どんどん過激になっていて、顕著な例が「川崎の中1殺害事件」である。同事件では事件発覚の数日後には、容疑者の名前が暴露され、被疑者の家族や恋人の個人情報までも、その真偽に関係なくさらされています。ネットでさらす人のほとんどは、「正義」を大義名分にしています。しかし、それは「正義」をはき違えている感があります。本書は「在特会」をはじめ、ネット右翼に関しての取材を行っている気鋭のジャーナリストで、第46回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した安田浩一氏が、さらす人、さらされる人の実態に迫りました。安田氏が川崎の事件だけでなく、大津市で起きたいじめ自殺の現場を徹底取材。さらには、あの「ドローン少年」の親にも直撃しました。最終章にはネットで殺人事件の犯人にされた「誤爆」被害者のスマイリーキクチのインタビューも収録しています。今、ネットで起きている「闇の実態」が明らかになります!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事