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代理出産で裕福な生活を得ようとするインドの現実

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代理出産、安楽死・尊厳死、出生前診断、デザイナーベビー……「生命倫理」を巡る議論が、個々人ととても密接な問題になってきた。そのための技術が革新されるにつれ、「命の格差」も広がりつつある。

出産の「商品化」が加速している

日比野由利『ルポ 生殖ビジネス』(朝日新聞出版・刊)はサブタイトルの「世界で『出産』はどう商品化されているのか」が刺激的に響く。出産が商品化されている、とはいかなる事態なのか。代理出産とは、子を持ちたいと望む女性が生殖医療の技術を用いて出産を他の女性に依頼し、生まれた子を引き取ることをいう。一般的に、依頼者カップルの卵子と精子で作られた受精卵を代理母の子宮に移植し、代理母が妊娠・出産を代行する。代理母が卵子を提供する場合もある。代理出産は日本では原則として行なわれていないが、諸外国で徐々に広がりを見せている。

著者は書く。「古今東西のあらゆる社会において、子どもを産むという女性の生殖機能は尊重され、崇拝の対象にすらされてきた」が、「体外受精型の代理出産が登場し、産む女性と子どもとの遺伝的関係が切り離されたことにより、商品化の動きが加速されることにもなった」。人はあらゆる所作を何かに代行してビジネスにしてきたわけだが、「産む」という行為はこれまで「商品」とはかけ離れているものだった。しかし、「産む」も商品の仲間入りをしつつある。

11回も卵子を提供した女性

その現状を教えてくれるのが、本書で紹介されるインドでの事例だ。インドでは商業的代理出産が合法化されており、「最初は恐る恐るでも、1回やって大丈夫だとわかると、何度もやる女性」がおり、多い人では「11回も卵子を提供した女性がいた」とのこと。なぜ繰り返し行うのかといえば、やはり得られる報酬が大きいから。とりわけ、依頼者が外国から来た富裕層である場合、通常の報酬に加えてチップが跳ね上がることもある。

あくまでも特例なのだが、ある種のシンデレラストーリーのように「富裕層の子を代理出産=裕福な生活」が仲間内で語られていく。代理出産をして金銭的な成功を収めた人達はその後も裕福な生活を維持できたのかどうか。実際のところは、本書の中に出てくるケアテーカーの証言によれば「8割の女性の人生は変化しない。商売などを始めれば2割の人は生活がよくなることもある」程度だという。

裕福な発注側と貧しい受注側

インドの代理出産、その依頼人の中にはもちろん日本人もいる。「日本人向けのエージェントが現れてから、年を追うごとに増加してきた」という。そして、インドへ代理出産を依頼しにきた日本人の多くが、「虚偽の出生証明書を提出し、乳児を伴って帰国していることは、一部の日本政府職員の間では、周知の事実となっている」ことには驚く。

生命倫理を巡る議論に最適解を求めることはとても難儀だが、しかしながら、このインドの事例を知ると明らかにパワーバランスがおかしいように思える。著者が指摘するところの「商品化」は、必ずしも双方の満足を得る結果には至らず、トラブルが起きることも少なくない。いざトラブルが生じてしまえば、黙り込まざるを得ないのは、裕福な発注側ではなく貧しい受注側である。「生殖」が〝持ち金〟に依拠しているのは健全ではない。

家族が多様化すれば、婚姻の形も多様化するように、同じようにして出産の形も多様化する。そこへ新たな技術が投じられることで選択肢が増え、悩める人への光となる。可能性が広がることは有益に違いないが、革新の度に、問題が浮上することをないがしろにしてはいけない。本書は「商品化」の裏側にある問題の在り処を教えてくれる。

(文:武田砂鉄)

ルポ 生殖ビジネス 世界で「出産」はどう商品化されているか

著者:日比野由利
出版社:朝日新聞出版
生殖技術の進展により、不妊カップルだけでなく、独身者、同性愛カップルまでが「子ども」を持てる時代になった。代理母先進地のインド、タイ、ベトナムで当事者や関係者にインタビューした著者が、代理出産の今と将来を描き出す。

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